「なぜ、どのように『モバイルな人びと』を研究するのか!」

 そんな問いを正面から掲げた入門・実践書が、2025年7月31日に明石書店から刊行される。

 『モビリティーズ研究のはじめかた——移動する人びとから社会を考える』(伊藤将人・鍋倉咲希・野村実・吉沢直・金磐石・鈴木修斗 編著)。

 A5判・208ページ、定価2,600円+税(電子書籍も同額)。

「移動を追う」という新しい社会の見方

 スマートフォン、シェアサイクル、電動キックボード、ゲストハウス——。

 私たちの日常はいま、あらゆるところでモバイルな経験と仕掛けに満ちている。エネルギーが流れ、情報が国境を越え、キャッシュレス決済でお金さえも「動く」。

 だとすれば、「移動」を通して世界を見なければ、目の前の状況を正しく理解できない時代を生きている、ともいえる。

 本書の序章はこう宣言する。移動への関心は学問にとどまらず、政策やビジネスなど多くの分野で高まっている。そして「移動(モビリティ)」とは、交通や自動車だけに限らない。人の移動はもちろん、文化、モノ、資本、サービス、ウイルス、情報、アイデアにまで及ぶ包括的な概念なのだ。

「移動論的転回」とは何か——固定した世界観をアップデートする試み

 モビリティーズ研究の基盤となるのが「移動論的転回(new mobilities paradigm)」という概念だ。

 簡単にいえば、「モビリティを出発点に、人びとや社会の活動・関係をもっと動きのあるものとして捉えよう」「移動というレンズを通して、これまで世界を固定的に見てきた学術研究をアップデートしていこう」という一連の主張と転換である。

 欧米では1990年代から2000年代にかけて盛んになったこの潮流も、日本ではなかなか浸透しなかった。

 そこに本書の意義がある。

 英語文献へのアクセスや費用の壁、そして刊行から10年以上が経過した既存の文献では踏まえきれていない、スマートフォンの普及やコロナ禍以降の変化——。そうした課題を乗り越え、2020年代現在の最新事例をもとに、モバイルな人びとを調査・分析する方法をわかりやすく示すことを、本書は目指している。

「一見、主体的に見える移動も社会的で政治的なものだ」

 本書の核心にあるのは、この視点だ。

 コロナ禍を機に地方移住する人びとは、「都市的な価値観にサヨナラを告げた先駆者」「テレワークで主体的に働き方を選択するモデルケース」として語られることが多い。

 しかし実際には、感染症という社会的事象、移住とテレワークの制度化という政治的動向、働き方を変えられる職場環境、手軽な移動を実現する技術革新や交通インフラが複雑に絡み合って、移住という「個人的な決断」は成り立っている。

 地方移住は、個人の主体性や自発性のみに還元できるものではない。移動は、社会的で政治的なものなのである——。

 この問いかけが、全11章を貫く通奏低音だ。

「創る」「暮らす」「遊ぶ」——3部構成で広がる移動の世界

 本書は3部に分かれ、多彩な執筆陣が現場からの知見を持ち寄っている。

 第1部「創る」では、移動が政策や技術、社会によっていかに「創られる」かを問う4本の論考を収録。

 地方移住者が「救世主」として期待される経緯を政策文書から歴史的に分析した伊藤将人論文、公共交通の危機と「再・公共移動化」の可能性を論じた野村実論文、大学生の74%が「移動に困った経験がある」というデータを起点に島根県浜田市でのアクションリサーチを報告した田中輝美論文、フランスの環境都市でエスノグラフィーを行い環境配慮型の移動を可能にする地理的・社会的要因を明らかにした吉沢直論文——。

 第2部「暮らす」では、住まいや生活とモビリティの関係を3本の論考で深掘りする。

 長野県軽井沢町を舞台に、新幹線開通やリモートワークを背景とした「モビリティのパラドックス」を描く鈴木修斗論文、韓国南海郡の若年移住者たちが構造的な不安定の中で移動を生存戦略として活用する様子を捉えた金磐石論文、定額住み放題サービスを使って移動生活を送る人びとの日記を分析した住吉康大論文が並ぶ。

 第3部「遊ぶ」では、観光とモビリティの交差点に4本の論考が集まる。

 東京圏を訪れる外国人観光客の鉄道移動をモバイル・エスノグラフィーで捉えた安ウンビョル論文、オンライン上の旅行記をビッグデータとして活用し中国での日本人バックパッカーの行動変化を分析した澁谷和樹論文、ゲストハウスでの流動的な人の結びつきを観察した鍋倉咲希論文、そして戦後沖縄における観光とセクシュアリティの関係をジェンダーの視点から批判的に検討した小川実紗論文——。

 各章には研究の舞台裏を語る「コラム」も付されており、実際に学部・大学院でレポートや学位論文を書く際にも参考になる構成となっている。

執筆陣プロフィール

 伊藤将人(いとう まさと)〔編著者〕

 国際大学グローバル・コミュニケーション・センター研究員・講師。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了(博士:社会学)。専門は地域社会学・地域政策学。立命館大学衣笠総合研究機構、武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所、NTT地域循環型ミライ研究所にて客員研究員を務める。著書に『移動と階級』(講談社、2025)、『数字とファクトから読み解く地方移住プロモーション』(学芸出版社、2024)など。

 鍋倉咲希(なべくら さき)〔編著者〕

 和歌山大学観光学部講師・和歌山大学国際観光学研究センター研究員。立教大学大学院観光学研究科博士課程後期課程修了(博士:観光学)。専門は観光社会学・モビリティーズ・スタディーズ。著書に『止まり木としてのゲストハウス——モビリティと時限的つながりの社会学』(晃洋書房、2024)など。

 野村実(のむら みのる)〔編著者〕

 大谷大学社会学部コミュニティデザイン学科講師。立命館大学大学院社会学研究科博士課程後期課程修了(博士:社会学)。専門は地域交通政策・社会学。丹波篠山市・大山崎町各地域公共交通会議会長、和歌山県地域生活交通確保支援事業アドバイザーなども務める。著書に『クルマ社会の地域公共交通』(晃洋書房、2019)など。

 吉沢直(よしざわ なお)〔編著者〕

 北海道大学大学院国際広報メディア観光学院講師。筑波大学大学院生命環境科学研究科後期博士課程修了(博士:理学)。グルノーブルアルプ大学にてフランス政府奨学生として第2修士(観光学)を取得。専門は観光地理・山岳ツーリズム・ツーリズムのエコな形態へのトランジション。

 金磐石(きむ ばんそく)〔編著者〕

 東京大学大学院人文社会系研究科博士後期課程在学(社会学)。ソウル大学大学院社会学科修士課程修了(修士:社会学)、東京大学大学院人文社会系研究科修士課程修了(修士:社会学)。専門は地域社会学・文化社会学・モビリティーズ・スタディーズ。

 鈴木修斗(すずき しゅうと)〔編著者〕

 東海大学教養学部人間環境学科特任助教。筑波大学大学院生命環境科学研究科博士後期課程修了(博士:理学)。専門は人文地理学(観光地理学・環境地理学)。

 安ウンビョル(あん うんびょる)〔著者〕

 東京大学大学院学際情報学府助教。東京大学大学院学際情報学府博士後期課程修了(博士:学際情報学)。専門はモビリティーズ・スタディーズ・メディア研究。立教大学観光学部兼任講師、高崎経済大学地域政策学部非常勤講師なども務める。

 小川実紗(おがわ みさ)〔著者〕

 立命館大学衣笠総合研究機構専門研究員。立命館大学大学院社会学研究科博士課程後期課程修了(博士:社会学)。専門は歴史社会学・観光研究・メディア研究。著書に『観光と「性」——迎合と抵抗の沖縄戦後史』(創元社、2023)など。

 澁谷和樹(しぶや かずき)〔著者〕

 常葉大学経営学部講師。立教大学大学院観光学研究科博士課程後期課程修了(博士:観光学)。専門は観光学・観光地理学・観光行動研究。

 住吉康大(すみよし こうだい)〔著者〕

 東京大学大学院総合文化研究科助教。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(博士:学術)。日本学術振興会特別研究員(DC2)を経て現職。専門は人文地理学。

 田中輝美(たなか てるみ)〔著者〕

 島根県立大学地域政策学部准教授。大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了(博士:人間科学)。山陰中央新報記者などを経て現職。専門は関係人口論。著書に『関係人口の社会学——人口減少時代の地域再生』(大阪大学出版、2021)など。

学際性こそが、モビリティーズ研究の強みだ

 執筆陣の専門分野は、社会学、地理学、観光学、政策学、人類学など多岐にわたる。

 モビリティーズ研究が一貫して強調してきたのは「学際性」の重要性だ。モバイルな人びとの経験と実践は多様で複雑であり、従来の縦割りの人文社会科学の知では全容に迫りにくくなっているからである。その意味で、本書自体がモビリティをめぐる学際性の重要性を体現した、実験的なプロジェクトでもある。

 「この本には、モビリティーズ研究の楽しさを広く伝え、モビリティに関心を持つ人、研究する人が増えてほしいという願いも込められている」——序章に記されたこの言葉が、本書全体のトーンを象徴している。

 移動するとはどういうことか。なぜ、ある人は自由に動けて、ある人は動けないのか。

 その問いにワクワクしたあなたにこそ、本書を手に取ってほしい!

 『モビリティーズ研究のはじめかた——移動する人びとから社会を考える』はA5判208ページ、定価2,600円+税(電子書籍も同額)。2025年7月31日、明石書店より刊行。ISBN:978-4-7503-5968-7。

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