2026年05月09日 22時00分
創作

ミア・バラード氏が自費出版したホラー小説『Shy Girl(シャイ・ガール)』は、大手出版社のアシェット・ブック・グループによってアメリカでの出版が予定されていました。ところが、執筆に生成AIが使われたという疑惑が持ち上がったことを受け、アシェット・ブック・グループは出版を中止。この騒動がAIと出版業界にもたらした意味について、リバプール大学の英文学博士課程に在籍するナタリー・ウォール氏が解説しました。
A popular horror novel was pulled over AI concerns – here’s what it means for publishing
https://theconversation.com/a-popular-horror-novel-was-pulled-over-ai-concerns-heres-what-it-means-for-publishing-279714
『Shy Girl』は2025年2月にバラード氏が自費出版したホラー小説であり、強迫性障害を患うジアという女性に対し、ネイサンという男性が「自分のペットになれば借金を肩代わりする」と申し出るところから始まる物語です。ジアは動物のような生活を送ることで、まるで自分が動物になりつつあるかのように感じていきます。
自費出版した電子書籍が好評だったことを受けて、アシェット・ブック・グループは『Shy Girl』の出版権を獲得。2025年11月にはイギリスで書籍が発売され、2026年にはアメリカでの出版が予定されていました。
そんな中で、書籍編集者を名乗る人物が海外掲示板のRedditに「『Shy Girl』はAIによって生成された可能性がある」と投稿しました。これをきっかけに『Shy Girl』にまつわる議論が巻き起こり、複数のユーザーから「ほぼすべての名詞の前に形容詞が付いている」「行動が頻繁に直喩で描写される」「描写が3つずつ羅列される文章が多い」「特定の単語が過剰に使用されている」など、生成AIの兆候が指摘されました。

この議論はTikTokのBookTokコミュニティやInstagram、YouTubeなどの他のプラットフォームにも広がり、最終的に出版社はアメリカでの出版を取りやめると発表。イギリスでの出版も中止される事態となっています。
大手日刊紙のニューヨーク・タイムズの取材に対し、バラード氏は自分自身が小説の執筆にAIを使ったことはないと主張しています。しかし、「『Shy Girl』の自費出版したバージョンを執筆するために雇った知人」がAIツールを使用したことは認めました。
バラード氏はスキャンダルを受けて公の場から姿を消し、ソーシャルメディアのアカウントも削除しました。また、アシェット・ブック・グループはオンラインメディアのThe Independentに対し、「私たちは独創的な表現と物語の保護に引き続き尽力していきます」とコメントしましたが、疑惑について明確な声明は出していません。
出版社や読者は長年にわたり、「AIが書籍の執筆や出版文化に与える影響」について抽象的な議論を行ってきましたが、2026年はこれらの議論が現実の問題となりつつあります。日本でも2026年3月、SF系の短編小説賞である星新一賞で受賞した4作品のうち、3作品が創作過程でAIを活用していたことが話題となりました。
AIの利用は創作を含むさまざまな分野に広がっており、ロマンス作家のコーラル・ハート氏はAIを利用して、2025年だけで200冊ものロマンス小説を自費出版しています。しかしウォール氏は、「AIによる執筆という発想自体が、多くの読者に強い嫌悪感を抱かせることは明らかです」と述べ、出版や読書界はAIの利用に対して敵対的な環境だと指摘しています。
AIで年間200冊のロマンス小説を執筆する作家がAI執筆について語る、約3分の1の作家が執筆に生成AIを利用しているが大半は読者に隠しているとの調査結果も – GIGAZINE

ウォール氏はこうした状況下で、出版社は作家の執筆におけるAIの使用について、オープンかつ明確な情報公開を行うべきだと考えています。すでにイギリス最大の作家組合であるThe Society of Authorsは、生成AIではなく「人間が執筆した書籍」を識別するためのロゴを発表しています。こうした取り組みは、消費者が自分のお金で何を買っているのかを知るための一歩となります。
また、生成AIによる執筆は著作権法の問題も引き起こします。アメリカでは「AIが生成した芸術作品は著作権で保護できない」とされており、これがアシェット・ブック・グループが『Shy Girl』の出版を取りやめた一因になったとも考えられます。一方のイギリスでは、「コンピューター生成作品」にも著作権上の保護が与えられており、AIが生成または支援した小説も一定の法的保護が受けられます。
しかし、イギリスの著作権法でもAI生成の作品は人間が創作した作品と同等の保護が受けられるわけではなく、「曖昧な領域」が存在します。ウォール氏によると、AI生成作品は人間の著作者に認められている「著作者として表示される権利」「著作者が精神的に傷つけられないようにする著作者人格権」などが認められないとのこと。
ウォール氏は、「AIと出版業界を取り巻く状況は間違いなく深刻であり、事態は刻一刻と変化し続けています。近い将来、残念ながらバラード氏のような作家が処罰されるケースが増える一方、裏ではさらに多くの作家がAIを気付かれないまま利用している可能性があります」と述べました。
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