エルヴィス・プレスリーの没入型映像作品「EPiC/エピック エルヴィス・プレスリー・イン・コンサート」のIMAX先行上映が5月15日より行われ、22日からは2D(通常版)が全国ロードショーされる。
同作では1970年代初頭のラスベガスコンサートおよび全米ツアーの象徴的なライヴ・パフォーマンスを中心に、リハーサル、記者会見といった貴重な映像が楽しめる。「ロミオ+ジュリエット」「華麗なるギャツビー」などを手がけた映画監督バズ・ラーマンが、2022年公開作「エルヴィス」の制作過程で見つかった59時間にも及ぶ未公開フィルムを再構築し、最新の技術を使ってエルヴィスを高精細な映像でよみがえらせた。
映画ナタリーでは同作の公開を記念して、批評家 / YouTubeチャンネル「てけしゅん音楽情報」運営者の伏見瞬によるレビューをお届け。「EPiC/エピック エルヴィス・プレスリー・イン・コンサート」に刻まれたエルヴィスの人となりやパフォーマンスの魅力、そして同作を、映画館で今観るべき理由をつづってもらった。
文 / 伏見瞬
映画「EPiC/エピック エルヴィス・プレスリー・イン・コンサート」予告編公開中
「EPiC/エピック エルヴィス・プレスリー・イン・コンサート」とは?
バズ・ラーマンらは、2022年公開作「エルヴィス」の制作過程において“存在がうわさされていた、エルヴィス・プレスリーにまつわる未公開映像の調査”を行った。すると目にしたことのないショットやシーン、パフォーマンスが数多く含まれた未公開のフィルムやスーパー8フィルムを見つけ、それらを最先端のレストア / リマスター技術を駆使しながら、2年以上の歳月を費やして復元。「EPiC/エピック エルヴィス・プレスリー・イン・コンサート」として、現代だからこそ可能な高クオリティでの上映を実現した。観客は、まるでエルヴィスのレジデンシー公演(※長期間にわたって同じ会場で行われる定期公演)が“日本にやって来た”かのような臨場感を、映画館の大きなスクリーンで堪能することができる。

全米では2月20日に封切られ、映画ランキングの5位(2月27日~3月2日時点)に堂々ランクイン。レビューサイトRotten Tomatoesでは、4月末の時点で批評家スコア97%、観客スコア98%の高評価を記録している。
伏見瞬 レビュー
ザ・ビートルズ、マイケル・ジャクソンに並ぶ「史上最も売れた歌手」
エルヴィス・プレスリーは、日本においてとても曖昧な存在に留まっている。一般的にももちろんそうだが、音楽に詳しい人々の間でさえ、エルヴィスは薄霧のように曖昧な対象なのだ。

ザ・ビートルズ、マイケル・ジャクソンに並ぶ「史上最も売れた歌手」。白人的なカントリーと黒人的なR&Bを融合させ、ロックンロールを巨大なムーブメントに押し上げた伝説のミュージシャン。ジョン・レノン、フレディ・マーキュリー、ボノをはじめ、ありとあらゆる音楽家に深い影響を与えている偉大なシンガー。キング・オブ・ロックンロール。大げさな言説は流布しているものの、いまいち馴染みが持てないし、彼の凄みも実感できない。そのように感じる人は多いのではないか。かくいう私もその一人で、エルヴィス・プレスリーをすごく遠い存在として感じていた。1960年代に巨大な文化的インパクトを与え、世界を塗り替えたリヴァプール出身の4人組には親しみを持てるのに、1950年代にロックンロールを全身で体現して世界を変えた、彼等と5~6歳しか年の変わらないはずのミシシッピ州生まれの男は、遙か昔の時代の歴史上の人物に思えたのだ。
エルヴィスと私たちの距離を、グッと近付けてくれる
この映画は、エルヴィスと現代の私たちとの距離を、グッと近付けてくれる。エルヴィスという人物の人柄が伝わる映画だからだ。
「EPiC/エピック エルヴィス・プレスリー・イン・コンサート」は、2022年に伝記映画「エルヴィス」を監督したバズ・ラーマンを中心に作られた。「エルヴィス」の制作過程において発掘された59時間に及ぶエルヴィスの未公開フィルムを元に、ドキュメンタリーでもコンサート・フィルムでもない、エルヴィスがその場でライヴしているような映画を生み出した。
「僕が歌手になったわけを話そう / 僕から語るのは初めてだね」。そのようなエルヴィスのモノローグから始まる本作は、一つのライヴ体験であると同時に、エルヴィスの人生を再体験するものでもある。1935年、アメリカの貧しい田舎町で生まれたこと。幼少期から音楽が好きで、ゴスペルに親しんだこと。10歳の時に父親からギターを買ってもらったこと。学生時代は目立たない存在で、女性にもモテなかったこと。あの「エルヴィス・プレスリー」になる前のヒストリーが、彼の言葉と共に語られてゆく。

1954年、メンフィスにあるサン・レコードからシングル「ザッツ・オールライト」でデビュー。1956年にテレビ出演が話題を呼び、RCAに移籍してのファーストシングル「ハートブレイク・ホテル」が全米1位ヒット。腰を振り回して踊る姿はセンセーションとなり、若い女性の熱狂と、大人からの顰蹙と批判を同時に生み出した。しかし、エルヴィス本人はいう。「僕はただ音楽を聴くと体が動いちゃうだけなんだ。音楽がどうやって誰かを両親に反抗させるんだい? 僕はママが好きだよ」。彼の言葉に、いかなる皮肉も韜晦も感じ取れない。彼は率直な若者であり、素直な働き者なのだ。私たちは、エルヴィスのその実直さに胸を打たれる。
大成功を収めるが、1958年には徴兵へ。1960年に満期除隊し、彼は映画出演に本腰を入れる。しかし、量産される作品のほとんどはお手軽なミュージカル風映画で、本格的な映画には関わらせてもらえない(ただし、「燃える平原児」のような例外的な傑作もある)。それでもエルヴィスは真面目に働くが、やがて興味が削がれていく。このあたりでは、主演映画のフッテージのコラージュによって、エルヴィスの人生を物語っていく。
1968年に音楽界へのカムバックを果たしたエルヴィス。そして、今回の映画の中心、ラスベガスへと舞台は移る。
1969年7月、エルヴィスはラスベガスのインターナショナル・ホテルの舞台に立った。1日2公演、週7日間を4週連続で行うレジデンシー公演。チケットは完売し、商業的に大成功。このレジデンシー公演は1969年から1976年まで続けられ、合計1100本以上のコンサートを行った。働き過ぎである。エルヴィスにもそれ相応のストレスがあったに違いない。事実、1977年8月16日に、彼は突然命を落とす。公式には処方薬の誤用による不整脈と発表されている。様々な憶測もあるが、いずれにせよ、オーバーワークが心身を疲弊させたことは確かだ。

エルヴィスは、兵役の勤務(西ドイツにある米軍基地)を除いて、米国の外にでることはなかった。ヨーロッパや日本でライヴしたいと語ったインタビューも残っているが、生涯すべての公演がアメリカ国内とカナダで行われている。彼が幽閉されるかのように、ラスベガスでコンサートを続けたこと。ストレスで少しずつ体重を増したこと。そして、結果的に42歳で亡くなったこと。そのような事実の蓄積から、1970年代のエルヴィスは不遇なものとしてずっと扱われていた。少なくとも、そうした言説は多く耳目に入った。
しかし、当のラスベガス公演の映像を見ると、そのイメージは覆される。今作は1970年初頭のラスベガス公演および全米ツアー、リハーサル、記者会見を中心に一本のライヴを構成するのだが、そこでのエルヴィスはこの上なくチャーミングなのだ。
リハーサルではサングラス越しに笑みを浮かべながら冗談を語り、ザ・ビートルズやサイモン&ガーファンクルなど後輩達の楽曲を、楽しげに歌っている。いざステージに立てば、情熱的な歌とダンスで、観客へ最高のパフォーマンスを届ける。ここにいるのは、ショーマンシップを重んじ、誰よりもショーへの矜持を持って揺るがない、エルヴィス・プレスリーの姿だ。

同一楽曲を複数の異なる演奏シーンでシームレスに編集し、リップシンクの細部にもこだわって再構成。エルヴィスがどのようにバンドメンバーと関わり、どのようにオーディエンスと熱を共有するか。アナモルフィック・レンズによって撮影された大画面で、彼の仕草や視線、そして汗の一粒一粒が鮮明になる。ライヴというより、ひとりの人間としてのエルヴィスを間近で感じ取る、濃密な体験だ。
おそらく、エルヴィスは自らを束縛する呪いを自覚していたはずだ。彼はある意味とても空虚だ。エルヴィス・プレスリーとは、歌と踊りをつめこむための、アメリカの理想と欲望をつめこむための、とっておきの入れ物なのだ。エルヴィスは自分で曲を作らなかった。エルヴィス名義のヒット曲にも、ボブ・ディランやレイ・チャールズのカバーにも、主体的なメッセージは感じられない。むしろ、受動的な存在としてのエルヴィスを際立たせている。
しかし、そんなことはエルヴィス本人もわかっているのだ。彼は、愚か者ではない。自らの役割を、十二分に理解している。だからこそ、彼は一切のエゴを示さない。ジェントルに、情熱的に、ステージに立ち続ける。多くのファンと、マウストゥマウスで口づけをかわす。その姿を目の前で目撃する私たちは、時間を超えて心を動かされる。

彼の1970年代は、虚しいノスタルジーの残骸なんかじゃなかった。時代遅れのスターの晩年なんかじゃなかった。あるひとつの身体が全身をもって引き受けた、覚悟の証しなのだ。
もっとも生々しく、美しく、ゴージャスな映像と音響がふさわしい
この映画は、有名人の人生の概要がわかるお勉強的なドキュメンタリーではない。音楽史的な重要性を学ぶライヴ映画でもない。エルヴィスの実存に目の前で触れる、特別なコミュニケーションの時間なのだ。すでにエルヴィスはこの世を去って50年近く経っている。しかし、エルヴィスは生きている。この映画の上映中は、たしかに生きている。

「EPiC/エピック エルヴィス・プレスリー・イン・コンサート」は、大きなスクリーンで観るべきだ。スマートフォンの画面で観ても、この映画の特別さは伝わらない。もっとも生々しく、もっとも美しく、もっともゴージャスな映像と音響が、ショーマンシップに実存を捧げた男、エルヴィス・アーロン・プレスリーにはふさわしい。
