類書10年分を渉猟し論評

 本が売れなくなった。だが書店に行けば、文庫・新書・四六判・B5版など手ごろな価格の自己啓発本の多さに圧倒される。色とりどりのカバーと魅惑的なタイトルで読者の購買心を掻き立てんとしている。

 本書は題名に「自己啓発本」と入っていても、その種の本とは趣向が異なる。アメリカ文学・文化が専門の大学教授が、2013年に初めて自己啓発本を購読して以来、10年間ほど類書を読み漁って、自己啓発本の故事来歴を探り、その社会的歴史的な背景を考察し、各種書籍の内容を分類し、体系的に整理して論評した本なのである。

 何しろ「本研究はJSPS科研費20K00387(『アメリカ及び日本における自己啓発本出版史の研究』)の助成を受け」たと断り書きがあるとおり、関係する年表や多くの自己啓発本の一覧が付された本格的なアメリカ大衆文化研究の一環となっている。

 実際、読むと、自己啓発本をめぐる世の流れが絵解きされており、「なるほどそうかもしれないなぁ」と妙に納得でき面白かった。

 著者によれば、自己啓発は社会の流動性と関係し、対象となる人口動態の影響を受ける。「努力系」と「念じ系」に大別され、①自己努力系(向上心+勤勉努力)、②引き寄せ系(目標・願いごと成就)、③金儲け系(金を儲けたい)、④父から息子への手紙系(手紙の形で説教)、⑤日めくり式(1日1話などの形式で格言・説教)、⑥スポーツ・コーチング系(ジョギング・ヨガ・瞑想からビジネスコーチングへの流れ)などと分類のうえ、論じられる。

 要するに、自己啓発本とは、自分をとりまく状況を何とかもっと良い方向に変えたいと願う人が、人生の「指南書」として読むものであるらしい。

 時代や社会が変わり、先行きが不透明になったり、自分の未来が模索されるようになればなるほど、これに対処して現状を改善したり、大きく変革したりするために頼られ、人びとを奮起させる役割を果たそうとする流れを生む。ビジネスや仕事にマニュアル(手引き)が求められるのと同様に、人生においても「○○大全」といった先達や識者の知恵を参考にしたくなるのである。

 そこで、以前ほど本や雑誌を読む人が多くはなくなったにしても、見方次第では情報伝達のメディアが変わっただけかもしれないと推測される。出版業界では指南系漫画が出てきたし、オーディオブックも増えている。インターネット上には指南動画や指南記事、指南ブログなどが溢れんばかりだ。

 自己啓発につながるものをすべて挙げれば、かなりのメディア情報は多かれ少なかれ、自己啓発系となり得る。人によっては、小説や映画、動画から生き方や身の処し方を学ぶこともあろう。

 形式と実質を考えれば、自己啓発系の定義付けや線引きは簡単でなさそうだ。

 現に、経営者の間で一世を風靡したピーター・ドラッカー、投資家に神様扱いされるウォーレン・バフェット、若者の視線が熱いスティーブ・ジョブズなどの伝記は、本書の参考文献一覧には記されていない。

(尾崎 俊介 著、平凡社 刊、税込3080円)

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法政大学 名誉教授 諏訪 康雄 氏

選者:法政大学 名誉教授 諏訪 康雄

 同欄では諏訪康雄さん、濱口桂一郎さん、能町みね子さん、塚越健司さん、大矢博子さん、そしてスペシャルゲスト――が毎週おすすめの書籍を紹介します。

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