『マンガ 赤と青のガウン 第1巻』(原作・彬子女王、漫画・池辺葵、新潮社)の刊行を記念して、彬子女王殿下と原作エッセーの愛読者でもある文芸評論家の三宅香帆さんのトークイベントが、ジュンク堂池袋本店で開催されました。トークイベントの模様を紹介するレポート2回目は、単行本から文庫、漫画へと広がる『赤と青のガウン』の読者層や、彬子女王殿下ご自身の読書習慣や文章を書くときに心がけていることなどにも話が及びました。

三笠宮彬子女王殿下(左)と文芸評論家の三宅香帆さん(右)

三笠宮彬子女王殿下(左)と文芸評論家の三宅香帆さん(右)

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大量の読書経験が文章力の土台に

文芸評論家 三宅香帆さん(以下、三宅) 今回、彬子さまに伺いたいのは文章についてです。私が言うのもおこがましいのですが、すごく文章がお上手ですよね。どのように文章を学ばれて、書かれているのか、ぜひ伺いたいと思っていました。

彬子女王殿下(以下、彬子女王) 特に何かを学んだわけではないのですが、やはり子どもの頃から活字中毒だったので、すごい量の本を読んできたおかげだと思います。

三宅 どんなジャンルの本がお好きですか?

彬子女王 時代小説です。実は現代小説はちょっと苦手です。現代小説は基本的につくられたお話ですよね。でも、時代小説は歴史的な事実を踏まえて、そこから新たに考えないといけません。

三宅 私の友達は司馬遼太郎さんの小説をたくさん読んでいて、史学科に入ったら「歴史と全然違った」と言っていました。

彬子女王 結局、歴史は勝者によって書き残されてきたものなんですよね。例えば、壬申の乱も大海人皇子(後の天武天皇)からすれば正義のための戦いです。でも、大友皇子(天智天皇の皇子、明治3年に弘文天皇の号を贈られた)からすれば、ただのクーデター。大海人皇子が勝ったことによって「壬申の乱は正しかった」となりましたけれども、大友皇子が勝てばまったく違う話になります。時代小説は、歴史に関わった人たちがどんな思いで最終地点に到達したのかを作家や漫画家の方が想像されて書いているので、「もしかしたら、本当にそんなことがあったのかもしれない」とワクワクします。だから、つい手に取ってしまうのかもしれません。

彬子女王(あきこじょおう)

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彬子女王(あきこじょおう)

1981年、故寛仁親王殿下の第一女子として生まれる。学習院大学在学中及び卒業後に、英国オックスフォード大学マートン・コレッジに留学し、女性皇族として初めて博士号を取得(専攻は日本美術)。京都産業大学日本文化研究所特別教授、一般社団法人心游舎総裁などを務める。著書に『赤と青のガウン オックスフォード留学記』『飼い犬に腹を噛まれる』(ともにPHP研究所)、『京都 ものがたりの道』(毎日新聞出版)、『日本美のこころ イノリノカタチ』(小学館)などがある。

三宅 どのあたりの時代がお好きですか。

彬子女王 どの時代の小説も読んでいますが、古代の話は分からないことが多い分、より想像を膨らませることができ、つねに新しい知見を得られる気がします。

 そういえば、私の中等科(学習院中等科)の歴史の先生がマニアックで、画家でもあったので、授業で文化史にかける時間がすごく長かったのです。寝殿造りや茅葺き屋根の仕組み、大仏の建立方法を何時間もかけて学び、本来2年間で終わるはずの授業が全然終わらなくて。中3で公民の授業を削って、やっと鎌倉幕府が成立しました。そして高1の日本史の授業でいきなり戊辰戦争が始まり、「この間に何があったの?」って(笑)。空白の時代を埋めるために、戦国時代や江戸時代の小説を読むことがあります。

三宅 歴史の授業で教わらなかった時代を小説で補完されているのですね。よく読まれている作家の影響や、その人の文章がご自身の文章に入っていると思われることはありますか。

彬子女王 そんなに影響は受けていないかもしれません。『
日本美のこころ
』(彬子女王著、小学館文庫)を執筆したときは取材でたくさん面白いお話を聞き、「絶対に入れよう」と思っていたのに入れられなかったり、「こんな展開にするつもりじゃなかった」「こんなところに話が落ちた」と思ったりすることがありました。だから、最初の一文だけはちゃんと考えるようにしています。
やっぱり、一文目が面白くないと、読み進めようと思ってもらえません。でも、書き終わってみると「想像していたものと違う話になった」ということはよくあります。

三宅香帆(みやけかほ)

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三宅香帆(みやけかほ)
文芸評論家。京都市立芸術大学非常勤講師

1994年高知県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程中退。リクルート社を経て独立。主に文芸評論、社会批評などの分野で幅広く活動。YouTubeやPodcastでも積極的に発信を続ける。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)、『「好き」を言語化する技術』(ディスカヴァー携書)、『考察する若者たち』(PHP新書)など著書多数。

三宅 『日本美のこころ』ではさまざまな職人が登場して、その描写がユーモラスです。実在の人物を書く難しさはありますか。

彬子女王 なるべくその方の良さを文章の中で表現したいと思います。大学で学生にエッセーを書かせるときは「印象に残った言葉を一文でも入れると、読者もその人のことをリアルに感じられるよ」と言っています。「この人はこういう言葉でしゃべる人なんだ」と分かれば共感してもらいやすくなると思うので、私自身も印象に残った一言や人となり、ビジュアルはなるべく表現するようにしています。

『日本美のこころ』(彬子女王著、小学館文庫)/画像クリックでAmazonページへ

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海外での研究が導いた日本美の再発見

海外での研究が導いた日本美の再発見

三宅 『
赤と青のガウン オックスフォード留学記
』(PHP文庫)には研究や学びを通じ、リスペクトし合いながら海外の人と交流することの素晴らしさも書かれていますね。

彬子女王 そうですね。私は日本では史学科(学習院大学文学部史学科)で学び、あまり他学科の人と出会う機会がなかったので、オックスフォードでは自転車愛好会に入っていました。

三宅 自転車に乗られるんですか。

彬子女王 はい。先日、モナコで元自転車ロードレース選手のペーター・サガンさんにお会いしたんですけど、私はレースにはあまり興味がないので存じ上げなくて。部活の先輩に「ペーターさんという方に会いました」と言ったら、「えっ? ペーターって、もしかしてペーター・サガン? 世界選手権を3連覇したすごい人だよ」と驚かれました。彼の戦績を説明してくれ、「このスプリントがすごい」とビデオクリップも送られてきました。

 オックスフォードでは学科の友達はもちろん、大学内で物理や化学、法律、音楽、医学…と、さまざまな専攻をしている人と話せて、刺激を受けることが多かったですね。

 そういえば、オックスフォードで学友から「これは何? 祖母が持っているのだけど、日本のものだからアキコなら分かるだろう」と源氏香(げんじこう)の図柄が描かれた手鏡を見せられたことがありました。そこで私が「これは源氏香という遊び。5種類の香木を5包ずつ、計25包用意して、そのうちの5包を選んでたき、香りを聞き分ける。52通りの結果を『源氏香図』という図柄で表し、手鏡に描かれているのはその図柄だよ」と説明したことがありました。

 すると、それを聞いていた理系の学生たちが「5種類の香を5包ずつ用意し、そこから5包選ぶなら、52通りでは千何百何通りになるはずだ」「いや何万通りにもなるはずだ」と議論を始めました。私は理系ではないので、何を言っているかよく分からなかったんですけれども(笑)、源氏香でも香りではなく、違うことがディスカッションのテーマになるんだ、とすごく面白かったですね。

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三宅 『赤と青のガウン』で、教授から「論文だとしてもある程度は専門外の人が分かるように書いたほうがいい」と指導されたと書いていらっしゃったのが意外でした。

彬子女王 日本ではどうしても重箱の隅をつつくというか、専門家同士が防衛線を張っているイメージがあります。私も日本に残っていたら史学と哲学のどっちつかずの研究をしていたと思いますが、海外で学んだことで「ジャパニーズケーススタディ」という大きなくくりの中で研究することができました。美術史、史学、歴史、人類学といった観点からアプローチできたのは、すごく良い経験でした。

 海外で無事に博士号を取得し、評価していただいたことで少しは新しいジャンルを切り開けたのかなと思います。

三宅 海外で学んでいる方、学びたい方への大きなエールになりますね。漫画版の『赤と青のガウン』でも「それが新しいものをつくっていくことになるんだ」と描かれていて、印象的でした。

 そう言えば『
マンガ 赤と青のガウン 第1巻
』では1話ごとのタイトルが「烏羽色のはじまり」「桜色の幼少期」と色にちなんでいます。こちらは何か意図があったのですか。

彬子女王 本のタイトルが『赤と青のガウン』だったので、もう少し色を使いたいなと思いました。英国での留学記だけれども、日本の色の名前にすることで日本とのつながりを感じてもらったり、色でイメージしてもらいやすくなったりするのではとも考えました。

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三宅 「茄子紺のコレッジ」というタイトルは言葉としても美しいですね。こんな色の名前があったんだ、と新しい発見があります。

彬子女王 大学では色をテーマにした授業を行うことがあります。英語では青は「ペルシャンブルー」「コバルトブルー」「スカイブルー」「ネイビーブルー」と何か説明する語句をつけないと「ブルー」だと分からないのですが、日本では「柳色」と言っただけで緑色だと分かります。「○○ブルー」と言わなくても浅葱(あさぎ)色、青磁色と言えば伝わりますし、日本人が色を大切にしてきたことの表れだと思います。日本語の奥深さを知るきっかけになったので、使ってみたいと思いました。

三宅 十二ひとえも色を重ねて、自分を表現しますね。

彬子女王 私は『源氏物語』の衣配り(きぬくばり=年末に親しい人に正月用の衣装を贈った習わし)のシーンが好きで、「源氏はこの色がこの人に合うと思っているんだな」と分かると、その人たちへの思いも伝わってくるように感じます。そういう文化ってすてきですよね。色の名前を知って源氏物語を読むとカラーで想像できるし、物語の一歩奥へ踏み込めます。

 『赤と青のガウン』も雑誌連載時のタイトルは違いましたが、単行本化するときにこのタイトルになりました。

 単行本化してしばらくしたら、ある日突然「バズってますよ」という連絡が来たんです。ドイツ在住の日本人の方がTwitter(現:X)でつぶやいてくださったみたいで、「なぜ、このタイミング?」「ドイツで?」と不思議でしたが、そのおかげで文庫化がかないました。一昨年にその方とお目にかかったのですが、ツイートしてくださった方と対面するという、夢物語のようなことを体験させていただきました。

三宅 今度は文庫本から漫画になって、また新たな読み手が生まれるのは面白い現象ですよね。

彬子女王 書店の方に伺うと
『赤と青のガウン』の文庫本
を買って行かれるのは40~50代の女性が多いそうです。漫画化すると対象年齢が10歳下がるそうなので、若い世代の方に読んでいただけたらうれしいですね。

 もしかしたら、今は海外に出ることをためらう人もいるかもしれません。日本にいてもアプリで英語学習はできますが、やはり海外で学んで、実際にたくさんの人たちと交流する経験はアプリからは得られないものです。留学しよう、海外で学ぼうと思う人が増えてくれたら、うれしいです。

三宅 オンラインが発達して、どこでも何でも学べるけれど、海外に行って、その経験を失敗も含めて書かれているのが、こちらのエッセーの素晴らしいところです。

彬子女王 日本人は「失敗したくない」という気持ちが強いと思いますが、失敗は成功のもと。失敗してみないと成功にはつながりません。

 『赤と青のガウン』は私の学生時代の思い出を書き記したものですが、今回は漫画という形になり、また新たな展開が生まれたことをうれしく思っています。漫画と相互に補完する形でぜひ、単行本、文庫本も手に取っていただけるとうれしいです。

三宅 ありがとうございました。

取材・文/三浦香代子 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/後藤麻由香

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