テレビ東京の祖父江里奈

テレビ東京の祖父江里奈

PROFILE: 祖父江里奈/テレビ東京 配信ビジネス局ドラマビジネス部

PROFILE: (そぶえ・りな)2008年一橋大学社会学部卒業、テレビ東京入社。「モヤモヤさまあ〜ず2」「YOUは何しに日本へ?」などのバラエティー番組を担当後、2018年制作局ドラマ部門に異動。「来世ではちゃんとします」「だから私はメイクする」「38歳バツイチ独身女がマッチングアプリをやってみた結果日記」「共演NG」などのプロデューサー。現在は配信ビジネス局ドラマビジネス部に所属し、ドラマのプロデュースを担当する。

テレビ東京でドラマプロデューサーとして活躍する祖父江里奈。2008年に新卒でテレビ東京へ入社、バラエティー番組の制作部で10年間を過ごしたあと、18年より念願だったドラマの制作部に配属。これまでに、プロデューサーとして「来世ではちゃんとします」、「だから私はメイクする」、「38歳バツイチ独身女がマッチングアプリをやってみた結果日記」、「生きるとか死ぬとか父親とか」ほか、「夫の家庭を壊すまで」や「40までにしたい10のこと」などを手がけてきた。今回のインタビューでは、テレビドラマ制作の実情から、自身のキャリアを踏まえた仕事論、そしてこの先の展望まで、じっくり語ってもらった。

クイズ好きの小学生から
クイズ研究会と高校演劇へ

テレビ東京の祖父江里奈

テレビ東京の祖父江里奈

——まずは原体験となるようなお話から聞かせてください。出身は岐阜県ですよね。

祖父江里奈(以下、祖父江):はい。岐阜県羽島市の出身です。岐阜羽島駅には新幹線のひかりも止まります。といっても、田んぼの中にある駅ですが。

——その当時、好きだったものは?

祖父江:小学校に上がる前から、「アメリカ横断ウルトラクイズ」などのクイズ番組が好きでした。ほかにも「クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!」とか「マジカル頭脳パワー!!」とか。いま思い返すと、すべて日本テレビ系の番組なんですよね。テレビ東京だと「クイズ赤恥青恥」も見てました。あとは、CBCテレビの「天才クイズ」というローカル番組。中部地方では有名なクイズ番組で、小・中学生の視聴者参加型クイズがあって大好きでした。私も小学2年生の時に出て、初めてのテレビ出演は「天才クイズ」です。

——幼い頃からクイズが好きで、高校ではクイズ研究会に入っていたと。

祖父江:よくご存知で。岐阜高校クイズ研究会です。Gifu High school Quizで「GHQ」と呼ばれていました。「全国高等学校クイズ選手権」の全国大会で優勝チームを輩出した年もあります。

——クイズの流れで、中学時代を飛ばしてしまいました。

祖父江:中学時代は……地味でしたね。

——中学生の頃は「地味」の2文字でいいですか?

祖父江:まぁいいです。飛ばしていただいて。

——クイズ研究会では「全国高等学校クイズ選手権」の出場を目標に?

祖父江:基本的な活動はそうですね。全国大会には出場できなかったのですが、その代わりというか、GHQのメンバーで「クイズタイムショック」に出たことがあります。

——二度目のテレビ出演。クイズと並行して、高校演劇もやっていたんですよね。

祖父江:演劇部にも入ってました。先輩の台本を受け継いだり、顧問の先生が用意した台本を演じたり。自分でも台本を書きましたし、演じる人がいないので自分で演じたりもしつつ、照明から衣装から何でもやりました。

——そんな高校時代の経験が、やがてテレビ局を志望するベースになった?

祖父江:ベースにはなったと思います。「クイズタイムショック」に出た時に、初めて東京の大きなテレビ局の中に入って、テレビを作っている人たちを間近で見て、なんてキラキラした楽しそうな世界なんだって、感動したんです。出演しているタレントさんよりも、私はスタッフさんのほうに惹かれて。そのくらいから、ショービジネスやエンターテインメントに関わる仕事を少しずつ意識するようになったような気がします。

ポツドールに影響を受けた
卒業公演から今につながる連続性

テレビ東京の祖父江里奈

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——高校卒業後は、一橋大学に進学。大学でも演劇は続けていたんですよね。

祖父江:どこかの劇団に入ったりはしてなくて、演劇の授業は真面目に受けたり、自分では公演ごとにユニットみたいなのを作って、たまに公演を打ったりとか。演劇のほかに、大学では映画サークルにも入っていたんです。「映創会」というサークルで、映画「ケイコ 目を澄ませて」や「夜明けのすべて」を監督した三宅唱が同期にいました。

——大学演劇だと、その集大成として卒業公演を打ったりしますよね。

祖父江:私もやりました。卒業公演というほどではないですが、大学生活の最後に、自分で劇を作りました。「私のおへや」というタイトルで、3人の女子大生が主人公の群像劇。

——いいですね、ぜひあらすじを教えてください。

祖父江:一人はおじさんと不倫している子、一人は性に奔放な子、もう一人がものすごい真面目な子。で、最後は真面目な子が部屋で自慰をして終わる、という。

——なるほど……それは、当時の時代性も考えると、ポツドール(2006年に『愛の渦』で岸田國士戯曲賞を受賞した三浦大輔が主宰する劇団)の影響がありそうな。

祖父江:あ、やっぱり、分かる人には分かりますよね。ええ、まさに。おっしゃる通りです。2008年のことですから、思いっきり影響を受けてます。私だけじゃなく、ポツドールの影響を受けた劇団がいっぱいいた時代。ほんとにいっぱいいて、そして、そのほとんどがいなくなりました……。

——祖父江さんは作・演出だけでなく、演者もやったのですか?

祖父江:私は不倫する子の役をやりました。この公演を作っている時にはテレビ東京の内定が出ていたので、テレビ局に就職したら、しばらくは自分の好きなものは作れないだろうなと思い、やりたい放題やってやろうと思ってやりました。いい思い出です。

——でも、設定を聞いただけではありますが、祖父江さんが作るドラマとの連続性は感じられますよ。

祖父江:いや、そうなんですよ。振り返ると、この当時からあんまり変わってないなと自分でも思います。

——祖父江さんが最初にドラマプロデューサーとして手がけた「来世ではちゃんとします」(2020年)につながる流れが見えました。

祖父江:その「来世ではちゃんとします」で脚本をお願いしたのが、ブス会*という演劇ユニットを主宰しているペヤンヌマキさんと、劇団ガレキの太鼓を主宰する舘そらみさん。大学を卒業してから12年と、だいぶ時間は経っていましたが、いまだに演劇からの影響は大きいですね。

——それこそ、ペヤンヌマキさんはポツドールの旗揚げメンバーですからね。

祖父江:大学時代の演劇と今とのつながりでいうと、大学の先輩だった河西裕介さんが主宰の国分寺大人倶楽部という劇団があって、影響も受けましたし、彼自身もポツドールの舞台に役者として出演したり、先ほどお話しした「私のおへや」の演出としても手伝ってくれた人で。その国分寺大人倶楽部の劇団員で、大学時代によく観ていたのが、「来世ではちゃんとします」で林勝役をやっていただいた後藤剛範さんです。

バラエティーの現場に10年
拭えなかった苦手意識

テレビ東京の祖父江里奈

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——学生時代の就職活動では、テレビ局以外も受けたのですか?

祖父江:真っ先に受けたのがテレビ局で、テレビ東京以外はすべて一次で落ちました。あとは映画会社と制作会社、ゲーム会社も受けましたが、テレビ東京は内定が早かったので、決まった時点で就職活動は終わりに。そういえば、大学時代は日本テレビのシナリオライタースクールにも通ってましたね。

——祖父江さんの入社が2008年ということは、当時のテレビ東京は深夜ドラマの枠を立ち上げて間もない頃。24時台に「ドラマ24」という名前がついたのが2005年です。

祖父江:のちに「ドラマ24」は深夜ドラマの代表的な枠になりましたが、当時はまだ今ほど定着していなくて。私にとってのテレビ東京は「開運!なんでも鑑定団」と「TVチャンピオン」が看板番組で、旅をして、お風呂に入って、ご飯を食べる、そういうイメージでしたね。ドラマといえば、お正月の12時間ドラマ(新春ワイド時代劇)くらい。

——そして、入社後はバラエティー番組の制作部に。

祖父江:もちろん私はドラマを作りたいと思って入社しましたが、会社として1年目からドラマに行く道はなくて、しばらくバラエティーで修行をすることになりました。その「しばらく」が、まさか10年も続くとは思いませんでしたが……。

——修行としてのバラエティー番組の制作現場は、いかがでしたか。

祖父江:長かった。よく頑張った。ただ、心ではずっと、私はドラマを作るんだと思い続けていました。毎年毎年、異動願いを出し続けて。だから、バラエティー番組で個性を出して結果を残すとかは、正直あんまり思えなくて。バラエティーの企画書は10年間で1本も通ったことがありません。

——よく10年間、持ちこたえましたね。

祖父江:勉強になったことはたくさんあります。ディレクターとして、目の前のVTRをおもしろくする技術とか。それに、うちの局はタレントさんではない、一般の方々に出ていただく番組も多いので、貴重な出会いもいっぱいありました。もし新卒でテレビ局に入って、芸能界の人とだけ仕事していたら、市井の感覚からどんどんずれていくだけだったと思います。自分も地方出身者だから言えるのですが、テレビ局の人間は、気づかないうちに東京の価値観や、身のまわりの価値観だけで番組を作ってしまいがちなんですよね。言うまでもなく、テレビを見ている人は日本中にいて、世代も子どもからお年寄りまで、いろいろな価値観を持つ人々に楽しんでいただけるエンタメを作らないといけない。それはバラエティーの現場にいたからこそ学べたことです。

——バラエティーの番組作りを楽しめていた部分も、あるにはあった?

祖父江:もちろん楽しかったです。でもやっぱり、根底にあった苦手意識は拭えなかったですね。当時はまだ男性目線で作られている番組も多かったですし、何より私は、番組に協力してくださった一般の方々を笑う演出があまり得意ではないんです。街頭インタビューも散々やりましたけど、いきなり街の人に声をかけて、バラエティー番組に対応したパンチのある一言を言える人なんて、そうそういるわけないんですよ。だからバラエティーの制作者たちは、街頭で盛り上げて盛り上げて、相手のテンションを上げまくった結果、やっと出た際どい一言だけをオンエアで使う。最近はそういう演出はかなり減ったと思いますが、当時はなんて罪深いことをしているんだろうって、ずっと思っていました。もちろん、うまくやっている人もいるとは思うのですが。

——もともとテレビに出るつもりがなかった人を出して、笑いのネタにしたり、あるいは感動のネタにすることには、どうしたって暴力的な側面がありますよね。

祖父江:だったら全部フィクションでいいのにって、ずっと思ってました。そういう意味でも、ドラマは基本的に自ら出る意思がある人しかいないので、それだけでもすっごく楽になりましたね。当然、バラエティーとは違った苦労もありますが。

女性向けにしたことで当たった
配信でエッチなドラマが見られる

テレビ東京の祖父江里奈

テレビ東京の祖父江里奈

——そして2018年、ようやくドラマ制作の部署へ異動となりました。

祖父江:局員を10年やったとはいえ、ドラマの現場は未経験でいきなりプロデューサーの仕事ができるわけではないので、2年間は先輩の企画を手伝いながら、ドラマ制作を勉強する期間でした。制作会社に出向して助監督をやったりもして。その後、自分で企画を通して、初めてプロデューサーを担当したのが、2020年放送の「来世ではちゃんとします」です。

——「来世ではちゃんとします」は、どういった経緯で企画が生まれたのでしょうか。

祖父江:2018年にParavi(23年U-NEXTに統合)という動画配信プラットフォームができて、その新規会員数を増やすことが求められていました。テレビ東京の深夜ドラマでいうと、「モテキ」(2010年)を筆頭に、大根仁監督が「深夜ドラマ番長」なんて呼ばれていた頃が最初の黄金期になると思いますが、それからざっと10年が経っているんです。ドラマも配信で見られるようになり、視聴率とは違う数字、新規会員数や配信での再生回数が求められる時代になっていました。さらに、2020年はコロナ禍が始まり、お家にこもって配信ドラマを見よう、と言われ出したタイミングで。「来世ではちゃんとします」は、その需要にハマったんです。忘れもしません、第1話が配信された時に、上司に呼ばれて「Paraviの会員数が『来世ではちゃんとします』の効果でめちゃめちゃ増えてる」と言われました。

——社内の要請にも応え、世間の需要も読み取り、完璧なデビュー作じゃないですか。

祖父江:そういったビジネス的な要素も満たしながら、中身でもちゃんとこだわりを発揮できたことが、私はうれしかったです。脚本をお願いしたペヤンヌマキさんも、ずっとファンではありましたけど、個人的なつながりはなかったので、劇団の問い合わせ窓口宛に、観た舞台の感想を長々と書いたあと、最後に「ドラマの脚本を書いてください」と送りました。そういった自分なりに温めていたことが、1つのテレビドラマとして形作られていくことが本当に感動的で。結局「来世ではちゃんとします」は評判が続いてくれて、シーズン3まで作りました。

——ヒットの要因はどこにあったと、ご自身では考えていますか。

祖父江:新しいテクノロジーやメディアが普及する時にはエロコンテンツが……ってよく言われますよね。VHSの時にはアダルトビデオが、日本でNetflixが広まった時には「全裸監督」が、という。個人的な解釈ですが、その因果関係がParaviの普及と「来世ではちゃんとします」に当てはまったのかなと思います。「来世ではちゃんとします」のキャッチコピーは「性をこじらせた男女の赤裸々ラブエロコメディードラマ!」でしたから。もうひとつは、そういった性的なテーマを扱いながら、女性向けだったこと。男性向けはすでに開拓されていましたが、女性はなかなかエロコンテンツにお金を払う人が少ないので、ちょっとエッチなものがネットのドラマで見られる、というのが隠れた需要にマッチしたんだと思います。今でこそ、性をオープンにしている女性が主人公のドラマは乱立していますけど、当時はまだ珍しかった。

——性をテーマに、女性による、女性のため作品というのが、今でも祖父江さんの中でひとつの課題になっているのかなと思うのですが。

祖父江:あくまでひとつですけど、当時は特にその思いは強かったですね。漫画「来世ではちゃんとします」の原作者・いつまちゃん先生も、脚本のペヤンヌマキさんも舘そらみさんも、プロデューサーの私もみんな女性でしたから。次に作った「だから私はメイクする」と、その次の「38歳バツイチ独身女がマッチングアプリをやってみた結果日記」までが、自分の中ではつながっている初期3部作で、「私が見たいものは、ほかにも見たい人がいる」という、確信めいたものが得られたドラマたちですね。それこそ卒業公演の「私のおへや」からの連続性の中にあるような。

オリジナル脚本の難しさ
ドラマに原作ものが多い理由

テレビ東京の祖父江里奈

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——2020年のドラマプロデューサーデビューから2年後、2022年にはチーフプロデューサーになっています。

祖父江:ちょっと早すぎますよね。でもこれは社内の人事としか言いようがない。配信時代にもなって、急激にドラマコンテンツの数を増やしたので、人がいないんですよ。もちろん今でも企画から現場まで密に関わる作品はありますけど、それ以外にチェックしないといけないものが圧倒的に増えました。

——チーフプロデューサーというのは、年間でどのくらいの数の企画書に目を通すのでしょうか。

祖父江:その質問、事前にいただいていたので調べてきました。えっと、記録に残っているだけで860くらい。記録されていない企画も含めると、1年間でざっと1000くらいです。

——1000!? それは、同業者と比べて多いのか少ないのか……。

祖父江:私も細かくは分かりませんが、多いほうだとは思います。1回の募集で200くらいの企画が届き、募集は年に3〜4回、それを一覧にしてストックしていくのが私の仕事です。

——企画書をドラマとして成立させていくために、改めて、プロデューサーはどういう仕事をしていくのでしょう。

祖父江:数字が取れるロジックを組み立てることですね。数字の根拠を作っていくというか。例えば、すごくいい原作だけど、テーマとしては地味だったりした場合には、主演や監督のネームバリューで注目を集めるようにしたり。原作、脚本、監督、主演、このうちどれか2つに数字を見込める根拠があれば企画成立の確度は高まると思います。

——原作なしで、オリジナル脚本のドラマを作るというのは、やはり難しい?

祖父江:最近は少しずつ増えてきてはいますよね。やはりテレビ局も自分たちでIP(知的財産)を持ちたいので。それこそ、企画段階から出版社とテレビ局が組んで、漫画とドラマを同時に作っていくようなやり方も最近はありますし。ただ、その難しさも最近はまざまざと感じております。

——なぜでしょうか。

祖父江:じっくり時間をかけられるならいいんですけど、時間に追われながら売れるものを追求していくと、どうしてもマーケティングで作ることになる。そうなると、すでに当たっているものからテーマを探して、1話目はこういう展開で、2話目でこうすると数字が落ちないとか、そういう作り方になりがちです。それはいちドラマファンとしても悲しい。やっぱり作品は、作る人の強い思い、あるいは狂気と言ってもいいかもしれない、そういうのがないと本当におもしろいものにはならないし、読者や視聴者を魅了することもできないと思うんです。だから、独自IPの開発を自分たちでやることも、もちろん続けていきますが、長い時間をかけて情熱的に作られたであろう小説やコミックを原作として発掘し、実写化させていただく従来のやり方も大切にしていきたいです。

クリエイティブがぶつかり合う現場は
揉めごとが常に起きるのが当たり前

テレビ東京の祖父江里奈

テレビ東京の祖父江里奈

——一方で、出版社のほうでも、収益を上げるために、本を作っている段階から映像化を視野に入れる意識は高まっているので、相互利益で共存共栄とも言えそうです。

祖父江:その話で言うと、この前あるところから、「出版関係者向けのセミナーで漫画や小説の実写化について話をしてほしい」という依頼があったんです。「実写化されるために求められるものとは?」みたいなテーマで。私なりに、こういった要素があると実写化はしやすいです、と話をしたら、参加者の皆さんは本当に熱心に聞いてくださったのですが、心の中では「もうそんなことは考えないで、作りたいものを作ってください!」と言いたかった。「そうしないと、似たようなものばっかりになっちゃうよ!」って。いち漫画ファンとしての心の叫びです。

——実写化することが仕事であるドラマプロデューサーとしての葛藤ですね。

祖父江:でもそれは、自分自身にも言いたかったことなんです。私は今ものすごい数の漫画を読んでいるのですが、もはや実写化できるかどうかの目線でしか読んでない。なんなら、すごくおもしろくて続きが読みたくなっても、絶対に実写化は無理だと判断した漫画は「時間がもったいない」とすら思うようになってしまった。完全に職業病。悲しすぎます。

——テレビドラマに限らず、プロデューサーの仕事でいうと、お金や人間関係の調整というのも大事な役割です。

祖父江:お金も大事ですが、重さで言えば、人間関係と感情の交通整理が一番重い仕事です。ドラマ制作の現場は、クリエイティブとクリエイティブがぶつかり合う最前線なので、当然のようにいざこざが起こります。監督と脚本家、出演者の事務所と現場、メイクさんと美術や照明のスタッフが揉めることだってある。現場以外でも、制作と編成が数字のことでやり合ったり。そこら中でケンカばっかり。でもそれはいいんです。みんな真剣にやっている証拠でもあるので。だからこそ、そこを調整するのがプロデューサーの仕事です。

——そうなると、プロデューサーとしてのやりがいが最も発揮されるのは?

祖父江:原作を見つけて、脚本を作りながら、キャスティングをしている時ですね。ここが腕の見せどころですし、クリエイティブの喜びも感じられます。でも、そこから1本のドラマとして作品に具現化していく作業は、クリエイティブとはまた全然違う苦労なので。どちらも大事で、どちらも大変です。

恋愛はテレビドラマの主軸のテーマ
そこから遠ざかった時にやるべきことは

テレビ東京の祖父江里奈

テレビ東京の祖父江里奈

——今後のキャリアの展望についても聞かせてください。

祖父江:実は昨年の4月にちょっとした部署異動がありまして、今はドラマ制作部ではなく、ドラマビジネス部という部署に所属しているんです。なので、いろいろピュアなことを言ってきましたが、むしろこれまで以上にビジネスを勉強して実践しなくてはいけない立場に……。

——そうでしたか。では少しずつ現場からも離れていく?

祖父江:いや、現場もちゃんとやります。ビジネスだけに集中しろと言われたら、それはもう私の中でこの仕事を続ける意味がなくなってしまうので。両方やります。仕事は増える一方ですが……。

——キャリアと年齢の話でいうと、価値観やライフスタイルなども含めて、20代〜30代とは変わったことがたくさんあると思いますが、そういった変化はプロデューサー業にはどんな影響がありますか。

祖父江:一番分かりやすいところでいうと、恋愛から遠ざかったこと。やっぱり恋愛はテレビドラマの主軸になるテーマです。これまでは自分も通ってきた道なので、それなりに当事者意識というか、実感を持って恋愛ものを見ることができましたが、この先もっと恋愛から遠ざかると、ますますそういう感性は鈍くなるだろうなって。

——恋愛ではない、40代以降が抱える問題や生活がテーマでは、テレビドラマとしては成立しにくい?

祖父江:あるにはありますが、恋愛のように全体の多くを占めるメインにはならないですからね。中年のリアルが数字を取るのもなかなか難しいでしょうし。ただ、自分の実感としては、老いだったり親の介護だったり、中年が抱える問題が身近になっているのはたしかなので、この先の目標としては、「中年女の悩みは数字を取れない」という思い込みを覆すこと。共感を得られるとかだけじゃなく、ヒットコンテンツを作ってビジネスとしても成功する事例を作りたいです。

——ここ何年か、団地やアパートで穏やかに暮らすような中年女性を主人公にしたドラマも散見されますが。

祖父江:漫画や小説でも最近よく見ますよね。でも、ドラマに限って言えば、放送局はNHKばかりです。民放ほど数字競争にさらされないNHKだからこそできるのかなと。悔しい反面、それでこそNHKはその役割を果たしているとも思います。ああいうのを民放でやって、しっかりと数字が取れるものを作りたいですね。

——では最後に。これまで仕事を続けてきた中で、後悔していることや、失敗だったなと感じていることを教えてください。

祖父江:仕事論のまとめ、失敗から学ぶ的な、あれですね。では、最近すごく後悔したことを。

とある素晴らしい漫画と出会いまして、私はどうしてもドラマにしたくて、局内の企画選考に何度も何度も企画書を書き直して出し続けたのですが、ずっとダメだったんです。テーマの問題で数字が見込めないというのが理由でした。それに私自身も「やっぱそうだよな」と、納得してしまっていました。それで諦めかけてしまい、しばらく時間をあけてしまった。でもやっぱり諦めきれなくて、出版社の担当さんに問い合わせたら、他局でドラマ化が決まっていたんです。しかも、最近ドラマにはめったに出ない素晴らしい俳優さんが主演で、キャスティングも完璧だった。あとから聞いたところによると、その俳優さんも事務所も、原作が素晴らしいから受けたって。

何が悔しいかって、ドラマであることや局としての力不足ならまだしも、原作の素晴らしさで説得できたなら、テレビ東京にも可能性があったってことなんです。つまり、私が原作を信じきれなかった。そのことがあってからは、たとえメジャーな売れ線の原作でなくても、自分や後輩が熱意を持って実写化したいと思える企画は諦めずに頑張ろうと思うようになりました。

——その失敗から学び、祖父江さんが意地で通した企画というのが……?

祖父江:4月2日スタートのドラマ「るなしい」です! 原作は意志強ナツ子さん、主演は原菜乃華さん。恋愛を禁じられた“神の子”が、愛する人を信者ビジネスに陥れていく、恋と復讐に揺れる美しくも残酷な物語。って、思いっきり番宣になりましたけど、本当に素晴らしい原作で、ドラマもよくできました。ぜひ見てください!

PHOTOS:TAMEKI OSHIRO

ドラマ「るなしい」キービジュアル ©︎「るなしい」製作委員会

◾️ドラマ「るなしい」
テレビ東京系列で毎週木曜日深夜24時30分〜25時放送
https://www.tv-tokyo.co.jp/lunacy/

祖父江プロデューサーの
心に残る仕事たち
バラエティー

「極嬢ヂカラPremium」
ADとして担当していた番組ですが、今にして思えば、美容や整形や脱毛や生理やセックスなど、女性が抱えるあらゆるテーマを扱っていて、女として生きる楽しさを教えてくれた仕事かもしれません。

「所さんの学校では教えてくれないそこんトコロ!」
「お金はなくとも幸せライフがんばれプアーズ!」
「YOUは何しに日本へ?」
「モヤモヤさまぁ〜ず2」
テレビ東京らしい素人密着ロケの番組で、ドラマ制作にも必要な「自分とはまったく違う人の人生に思いをめぐらせる」という感覚を培っていたような気がします。

「おしゃべりオジサンと怒れる女」
この番組で“おもしれー女”たちとたくさん出会いました。その人脈は今でも私の財産です。

ドラマ

「来世ではちゃんとします」シリーズ
本当にやりたいことをやった企画で、デビュー作にしてヒット作になりました。続く『だから私はメイクする』『38歳バツイチ独身女がマッチングアプリをやってみた結果日記』の3作で、自分のカラーがだいぶ固まったのでは、と思います。

「生きとし生けるもの」(テレビ東京開局60周年特別企画ドラマスペシャル)
脚本家の北川悦吏子さんという才能に出会ったお仕事。妻夫木聡さん、渡辺謙さん、監督の廣木隆一さんという一流の方々に囲まれ、学ぶことがあまりに多かった仕事です。

「夫の家庭を壊すまで」
「40までにしたい10のこと」
自分の企画ではないのですが、圧倒的に大ヒットした作品です。多くの人に観ていただけるという喜びを知った仕事です。

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