書店チェーンでスーパーバイザーを務めたのち、2014年にひとり出版社・三輪舎を立ち上げた中岡祐介さん。2019年からは地縁と人の縁をきっかけに、横浜・妙蓮寺の石堂書店と本屋・生活綴方の運営にも参画しています。「探訪! ひとり出版社」三輪舎編の2回目は、出版社設立の経緯から、「本とは何か」を問うなかで生まれた2冊の背景、そして書店の利益率改善のためにつくった新たな流通の仕組みまで、その思考の過程と実践を聞きました。

ひとり出版社が、“世界でもっとも美しい本”に出会うまで

三輪舎を立ち上げた経緯を教えてください。

 新卒で入社した書店チェーンで、約8年働いていました。でも、会社に違和感が出てきて、最後には虚無感に襲われるかたちで退職しました。本当は自分で本屋をやりたかったのですが、開業するにはまとまった資金が必要になる。出版社ならできるかもしれないと思って、三輪舎を立ち上げました。出版の経験はなかったけれど、入社1年目に書店で働いていた頃、日々送られてくる新刊を眺めながら、「自分ならもっといい本がつくれるのではないか」と思った原体験があるんです。もちろん主観にすぎないのだけれど、月間の刊行ノルマを維持するために企画されるジャンクのような本もあると聞いて、自分にもつくれるのではないかと思ったのです。

2014年に三輪舎を立ち上げて、同年に『赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。』(境治著)を刊行しました。どのようにつくっていったのでしょうか。

 創業当初は人脈がなかったので、ハフポストに掲載されていた記事に感銘を受けた境治さんに、取材同行をお願いするところから始めました。創業当初から変わらない出版の指針ですが、自分自身が生活の当事者として本をつくりたいと思っています。当時の僕はいわば「持たざる者」で、個人的なことが、どこかで普遍的なものになるような本を目指しました。1冊目を刊行した翌日に第2子が生まれたのですが、ちょうど待機児童が社会問題になった時期で、自分はその渦中にいたんです。

『赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。』(境治著)

『赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない。』(境治著)

4冊目の『本を贈る』(島田潤一郎、矢萩多聞、牟田都子、藤原隆充、笠井瑠美子、川人寧幸、橋本亮二、久禮亮太、三田修平、若松英輔著)から、三輪舎の本の方向性が変わったように感じます。

 3冊目につくった『未来住まい方会議』の装丁を矢萩多聞さんにお願いしたのですが、会話を重ねるうちに、本というものの輪郭が見えてきた感覚がありました。それに、インターネットでの情報発信が当たり前になるにつれて、ウェブ記事の質が変化していくのを目の当たりにしました。情報を伝達するメディアとしての本ではなく、作品としての本をつくりたいと考えるようになったんです。その後の2年ほどは、本とは何かという問いに向き合う時間になりました。

『未来住まい方会議』(YADOKARI(さわだいっせい、ウエスギセイタ)著、三輪舎)

『未来住まい方会議』(YADOKARI、(さわだいっせい、ウエスギセイタ)著、三輪舎)

 2018年に『本を贈る』を刊行しました。著者のひとりである夏葉社の島田潤一郎さんが書いていますが、本は一つの小宇宙のようなもので、外へ情報を発信するための道具というより、その世界の中へ読者が入っていくものです。この本の制作中から、インドにある「タラブックス」という出版社の活動を意識するようになっていったんです。

『本を贈る』(若松英輔、島田潤一郎、牟田都子、矢萩多聞、橋本亮二、笠井瑠美子、川人寧幸、藤原隆充、三田修平、久禮 亮太著、三輪舎)

『本を贈る』(若松英輔、島田潤一郎、牟田都子、矢萩多聞、橋本亮二、笠井瑠美子、川人寧幸、藤原隆充、三田修平、久禮 亮太著、三輪舎)

三輪舎が2018年に刊行した『つなみ』(ジョイデブ&モエナ・チットロコル作、スラニー京子訳)は、タラブックスから『TSUNAMI』として出版された本の日本語版ですね。

 タラブックスは、「世界でもっとも美しい本をつくる」といわれる出版社です。『つなみ』は、2004年に起きたインド洋大津波の被害を描いた蛇腹の作品で、すべてシルクスクリーンによる手作業でつくられています。2017年に開催されたタラブックスの展覧会で代表のギータ・ヴォルフさんとV・ギータさんにお会いして、三輪舎という社名には「ゆっくりでも倒れずに進む」という思いを込めていること、ロゴは広島の原爆資料館に展示されている三輪車をトレースしたものだといったことを話しました。そして、『TSUNAMI』と『ロンドン・ジャングルブック』(バッジュ・シャーム作、ギータ・ヴォルフ、シリシュ・ラオ編、スラニー京子訳)を三輪舎から刊行したいと伝えたら、涙を流して喜んでくれたんです。

『つなみ』(ジョイデブ&モエナ・チットロコル 作、スラニー京子訳)

『つなみ』(ジョイデブ&モエナ・チットロコル作、スラニー京子訳)

『つなみ』の売上の一部は東日本大震災の被災者支援に寄付している

『つなみ』の売上の一部は東日本大震災の被災者支援のために寄付している

ひとり出版社が仕掛ける、小さな本の新しい流通

三輪舎は、2026年1月に開催された「独立出版者エキスポ」で実行委員を務めました。小規模出版社が読者と直接つながり、本屋はその場で仕入れもできるという良い場でしたね。

 僕は、本屋・生活綴方のような“独立書店”が、普通の生業として成り立ってほしいと強く願っています。そしてそこには、ひとり出版社や独立系出版社の存在があるべきだと思っています。しかも、東京や京都、福岡といった大都市圏だけでなくて、各地域で実現していく世界であってほしい。そのためには、本屋が単なる自己実現の場ではなく、地域の本にまつわるあらゆるものごとを担う拠点になることが大切です。たとえば妙蓮寺の石堂書店は地元の小学校への教科書供給の事業を始めたし、図書館などの公的機関への納品も今後手掛けようと思っています。
 周囲の書店が閉店しているなかで、石堂書店が担える役割はまだまだあります。三輪舎が経営に参加したことによって生まれた本屋・生活綴方は編集、印刷、出版、販売まで手掛けることができます。まだ活字になっていない地域の出来事を本のかたちに残していくことができます。昨年には地元の小学校と連携して、学校で本づくりのワークショップを担当しました。書く、つくるだけでなく、売る、届けるところまでを自分たちで行うことで創造力が強く駆動していく。せっかく地域で出版をやるなら、書店と共同することでできることはいくらでもあるんです。

「書店との直取引は書店も出版社も業務が煩雑になる。ひとり出版社には直取引以外の流通の形があるはず」(中岡さん)

「書店との直取引は書店も出版社も業務が煩雑になる。ひとり出版社には直取引以外の流通の形があるはず」(中岡さん)

 僕が出版社を立ち上げたのはもうひとつ理由があります。書店員の待遇はよくないのが現実です。今、石堂書店と本屋・生活綴方の経営に参画していますが、書店が書籍代金から受け取れる粗利はおよそ2割です。そして、書店は、本の価格も原価率も決められません。取次を使っていれば、入荷数も入荷日も決められないことがあるわけです。でも、その構造を書店側で改善する手立てはほとんどありません。だからこそ、自分が出版社をやるなら、少なくとも書店に3割以上の利益を渡せるようににしたいと考えました。

三輪舎は、出版社と書店を結ぶ新しい流通の仕組み「本協」を立ち上げました。これは、書店へ利益を還元する取り組みの一環ですか?

 たとえば生活綴方出版部で扱うZINEは、700~1000円ほどの価格帯です。この価格帯の本を取次経由で書店に卸すと、書店にも出版社にもあまり利益が残りません。それでも、店頭に並べばきちんと売れていく。ZINEや独立系出版社の本こそ、もっと気軽に流通できる仕組みが必要だと思ったんです。

 多くの独立系出版社は、直取引でも本を仕入れられるようにしていますが、実は直取引は書店にとっても出版社にとっても業務が煩雑になります。もちろん、出版社が取引を通じて書店と密にコミュニケーションを取り、自社の本を積極的に売ってもらえるように仕掛けることは大切ですし、やりがいもあります。でも、まずは良い本をつくることに注力して、その本をより多くの人に届けていくことが大切だと思うんです。私も10年以上お世話になりましたが、トランスビューはその先行事例として主に小規模出版社の流通を手掛けてこられました。

 僕は、生活綴方でつくったZINEのようにISBNのない本や低価格帯の本もカバーしたいし、三輪舎と親和性の高い出版社の書籍が扱えたらと思って「本協」をつくりました。今のところ、発送や経理などの事務作業は僕がやっていますが、ある程度かたちが決まったら石堂書店に業務を委託するつもりです。ウェブで注文が入ったら納品書・請求書として出力されるようにプログラムを組めば、あとは印刷して同梱するだけで発送ができる。事務作業の効率化で書店への掛け率が改善されるなら、やったほうがいいと思ったんです。

取材・文/石川歩 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子

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