自然、人間と愛、そして生と死――“ワンネス”一つになることを普遍的なドラマで語るクロエ・ジャオ画像1

第98回アカデミー賞で作品賞ほか計8部門にノミネートされ、ジェシー・バックリーが主演女優賞を受賞したクロエ・ジャオ監督の新作「ハムネット」が公開を迎える。北アイルランドの作家マギー・オファーレルが2020年に発表した同名小説を映画化、シェイクスピアの名作戯曲「ハムレット」の誕生の背景にあった悲劇と愛の物語を、フィクションを交えながら描いたドラマだ。

舞台は16世紀イングランドの小さな村。薬草の知識を持ち不思議な力を宿したアグネスは、森で出会ったウィリアム・シェイクスピアの子を宿し結婚する。しかし、作家として精力的に活動したいと望んだ夫ウィリアムは一人ロンドンへ赴き、アグネスは不定期な夫の帰りを待ちながら3人の子どもたちと暮らす。しかし伝染病ペストが猛威を振るい、11歳の息子ハムネットは命を落としてしまう――。

世界で最も有名な劇作家の愛と家庭生活、そして創作の苦悩を妻アグネスというキャラクターを通してドラマチックに描き出したジャオ監督が、黒澤明賞を受賞した第38回東京国際映画祭に合わせ昨年11月に来日し、日本メディアのインタビューに応じた。

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――東京国際映画祭でのトークでは、今作に関して“Oneness(ワンネス)”、人々が一つになることを描きたかったと仰っていました。なぜこのテーマが重要だと考えたのでしょうか。

現代社会の問題は、私たちが自然と切り離されて生きていると考えている点にあると思います。自分たちが自然よりも力があり、神のような存在だと捉えてしまっている部分があるのではないでしょうか。死を避けようと抗ったり、万能感を持ったりすることが、環境的な問題やメンタルヘルスの問題など、さまざまな歪みを引き起こしていると感じます。

私たちは自然の一部であることを拒否することで、結果として自らを滅亡へと向かわせています。ですから、自然の法則に従い、自然と一つになることが非常に大事だと考えています。

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――物語の設定は1500年代ですが、家庭生活の悲しみや問題を芸術に昇華させるとというテーマは非常に普遍的です。

私たちは、アグネスとウィリアムの両方の要素があると考えています。アグネスは自然と深く繋がり、自身の直感を大切にする人物です。一方でウィルは、想像力によって新しいものを生み出し、言葉や知性を通じて世界に意味を見つけようとする人物です。この二つの要素が共存する「人間の内なる風景」を描きたいと考えました。

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――終盤のグローブ座での「ハムレット」上演シーンは、アグネスとウィリアムの思いが観客にも伝わっているような感動的で素晴らしい演出でした。

実は映画のラスト5分間は、もともと脚本にはありませんでした。撮影の最後の4日間、マックス・リヒターの「Nature of Daylight」という曲を聴いて浮かんだものです。当時、私は大切な人との別れがあり、深い喪失感の中にいました。そんな時にこの曲を聴き、窓の外の雨に触れようと手を伸ばした瞬間、“ワンネス”が必要であること、そしてこの映画にはカタルシスが必要なのだと気づいたのです。

愛は失われていないということ、そしてハムネットもアグネスも観客も、皆が“ワンネス”を欲しているのだと私自身も感じました。表現する側と受け取る側の境界がなくなるような感覚を表現したかったのです。

私は映画制作において、スクリーンの中と外の境界をできるだけ薄くしたいと考えています。そのため、撮影では粒子を抑えたシャープな映像に仕上げ、色調も過度に加工しません。音楽も振動のように無意識に訴えかけるものを選び、観客と映画の間に境界線を作らないよう細心の注意を払いました。

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――今作の脚本は、原作者マギー・オファーレルとの共同制作でした。制作のプロセスで、印象に残っているエピソードを教えてください。

マギーとは素晴らしい共同作業ができました 。特に記憶に残っているのは、LAからニューヨークまで4日間かけて電車で旅をした時のことです。旅の間、私はボイスメールで「こんなシーンを描きたい」と彼女に送り続けました。時には15分にも及ぶ長いメッセージになり、彼女の娘さんが「お母さん、ポッドキャストを聴いているの?」と尋ねるほどだったそうです(笑)。そうして密に意見を交わしたことが、最も印象深い経験です。

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――夫に頼れずに子育てをしていたアグネスは、不在がちの夫に対してヒステリックにふるまってしまう場面など、優しさだけではないリアルな母性が描かれていました。これは原作の設定、あるいはジェシー・バックリーの解釈や監督の演出によるものでしょうか。

現実的な母親の要素は原作にもありましたが、特に私は「現場で起こっていること」を生かすよう努めました。例えば、長女が泣いている下の子をあやすシーンでは、現場の赤ちゃんがどうしても泣き止まなかったのですが、あえてその状況をそのまま使い、ありのままを描くことにしました。自分のビジョンを押し付けるのではなく、現場のリアルを取り込むことで、人間の体験として本物でありたいと考えています。

それはメイクや音響にも通じることで、特殊効果が必要な場合を除き、メイクは薄く、テイクの途中で髪を直すこともしません。また、ハリウッド映画のようにセリフをクリアにするサウンドミックスをあえて行わず、ノイズが含まれていても、自然な音を大切にしました。

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――10代の頃から日本の漫画やアニメに親しんでいたそうですね。あなたの作品に影響を与えたものはありますか?

アニメと漫画は、私がストーリーテリングに出会った原点です。漫画は人間の複雑な感情や、道徳的にグレーな側面も描いています。日本の神道的な考え方や、明治維新以降の西洋の影響が融合した漫画は、いわば東洋と西洋の融合を体現しており、それが今、世界中で求められているのだと思います。とりわけ「エターナルズ」では、キャラクター造形や衣装、ストーリーボードなど、あらゆる面で漫画の知識を活用しました。

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