『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』(公開中)を鑑賞した日本人の多くが、1950年代の東京が遜色なく再現されていたことに驚いたはずだ。靴屋の店員から卓球の世界一を目指し奔走するマーティ(ティモシー・シャラメ)の前に立ちはだかる、宿命のライバル・エンドウ(川口功人)。マーティは、エンドウに勝負を挑むために東京を目指す――。

日本文化に造詣が深いジョシュ・サフディ監督はエキストラ一人一人の顔にもこだわりを持ち、クライマックスのシーンを日本で撮影することを譲らなかった。上野恩賜公園の屋外ステージを使って行われた撮影では、日本語の横断幕が準備され、ピンクのスーツを着た“エンドウ・ガールズ”が声援を送る。これらを手掛けた、美術監督のジャック・フィスクと衣装デザイナーのミヤコ・ベリッツィ、そしてセットデコレーターのアダム・ウィリスのトークパネルが、ロサンゼルスのジャパン・ハウス・ロサンゼルスで行われた。フィスクとウィリスは、テレンス・マリック監督、ポール・トーマス・アンダーソン監督、マーティン・スコセッシ監督、デヴィッド・リンチ監督らの作品に参加してきた凄腕美術チーム。一方、ベリッツィは、サフディ兄弟の『グッド・タイム』(17)、『アンカット・ダイヤモンド』(19)に参加、映画とファッションをつなぐような作品に貢献している。アカデミー賞美術賞、衣装賞にそれぞれノミネートされた3人が語る、『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』の撮影秘話を現地取材でたっぷりとお届けする。

『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』の世界を形づくったスタッフ3人が撮影秘話を語り尽くす!『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』の世界を形づくったスタッフ3人が撮影秘話を語り尽くす![c]Courtesy of A24

「脚本を読んだらやることが山積みで、それがまた私を奮い立たせてくれました」(フィスク)

――この映画が実際にどんな作品になるか、感じ始めたのはいつ頃でしたか?

ミヤコ・ベリッツィ(以下、ベリッツィ)「撮影開始の1〜2年前くらいまでは詳しいことはわかっていませんでした。とは言え、事前の準備期間が長かったのは確かで、それ自体がとても珍しいことです。私たちがこれまで経験してきた映画では、監督のことをよく知らないまま台本を渡されてすぐ撮影に入って、という慌ただしいケースがほとんどですから。でもこの作品は、ジョシュ(・サフディ監督)が脚本を執筆していた時期、たぶん数年前から少しずつ書いていたと思いますが、その頃から話を聞いていました。ジョシュがキャラクターを作り上げながらヒントをくれることがあって。でも、この映画の規模がどれほど大きいかは最初は全然わかっていませんでした。『グッド・タイム』からずっと一緒にやってきて、毎回一段ずつ階段を上がってきている感覚があります。大きな作品のはずなのに、小さな映画のように感じていたというか、成功の実感がなかったんですね。だから、脚本が完成してから全部読んで初めて、『ああ、これは大きな作品になるんだ』と気づいたんです」

――ジャック(・フィスク)さんとアダム(・ウィリス)さんは、今回ジョシュ・サフディ監督と初めて仕事をされましたよね。どのような経緯で参加することになったのでしょうか?

【写真を見る】テレンス・マリック、ブライアン・デ・パルマ、デヴィッド・リンチ…名だたる巨匠と仕事をしてきた美術監督ジャック・フィスク【写真を見る】テレンス・マリック、ブライアン・デ・パルマ、デヴィッド・リンチ…名だたる巨匠と仕事をしてきた美術監督ジャック・フィスク[c]Courtesy of A24

ジャック・フィスク(以下、フィスク)「マーティン・スコセッシとオクラホマで仕事をしていたある日、ジョシュから電話がかかってきたんです。卓球の映画について話し始めて、私は『今でも手いっぱいなのに、卓球の映画なんてずいぶん遠い話だな』と思いながら聞いていたのを覚えています。でも興味があったので、ジョシュの映画が公開されるたびに観ていたら、ものすごく刺激を受けました。そして3年ほどあと、再び電話ががかってきて、『資金が確保できました。ティモシー(・シャラメ)も一緒です。やりましょう』と言われました。ニューヨークでの撮影も、情熱的な監督との仕事にも、わくわくしました。脚本を読んだらやることが山積みで、それがまた私を奮い立たせてくれました」

――圧倒されるよりも、わくわく感のほうが大きかったということですね。お二人とも今作の制作規模の大きさに触れていましたが、アダム、最初に脚本を読んだ際に、なにに興奮して、なにに怖気づきましたか?

『エディントンへようこそ』『オッペンハイマー』などに参加したセットデコレーターのアダム・ウィリス『エディントンへようこそ』『オッペンハイマー』などに参加したセットデコレーターのアダム・ウィリス[c]Courtesy of A24

アダム・ウィリス(以下、ウィリス)「ニューヨークでこれほど大きな作品を担当するというのは、正直かなりビビりました。伝統的に、ロサンゼルスのセットデコレーターがニューヨークで仕事をすることはそう多くありません。プロダクションデザイナーやプロデューサーが相当な努力をしてくれないと実現しないものです。その頃私はちょうど(アリ・アスター監督の)『エディントンへようこそ』の撮影中で、ジャックとメールをやりとりしながらも、『この作品に入るのは無理だろう』と思っていました。そこへプロデューサーのアンソニー(・カタガス)から電話があって、『参加する気はある?なんとかなると思う』と言われて、『まあ、いいですよ』と答えたんです。その後1か月ほど音沙汰がなくて、またアンソニーから『来週から始められる?』と電話が来て。ちょうど『エディントンへようこそ』の撮影最終週で、そこからこちらへ移ることになり、かなりカオスでした。

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脚本を読んで、ストリートのシーンは大変なことになると確信していました。もともとジョシュの映画の大ファンで、彼がどれほどリアリティにこだわるかはわかっていたし、ジャックも同じ考えでした。ニューヨークの街のワンブロックをまるごとあの時代に変貌させるのは本当に難しい。建物は見栄えがしますが、それ以外の全部を変えなければならないからです。撮影場所が作品の設定とはまったく逆の雰囲気だったので、特に設置しなければならないオーニング(日よけ)類を考えると、外観シーンが一番怖かったですね。全体の手順の多さもそうですし、確か46日間の撮影スケジュールだったので、それも大変だと思いました」

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