『DANGER』は美の極致と戦争の現実を結びつけた物語

――新作『DANGER』はバレエが大きなテーマですが、この題材を選んだきっかけは?

村山:バレエ経験のある担当編集の方に、「いつかバレエの世界を書いてほしい」と言われていたんです。自分の中にはなかったカードでしたが、逆におもしろいと思って。「自分がバレエを書くならどこから入るんだろう」と考えたんです。

日本にバレエがどう伝わったかを調べる中で、エリアナ・パブロヴァという人物に出会いました。ロシアから亡命し、日本に帰化した女性です。そこに、以前から書きたいと思っていたシベリア抑留というテーマが重なりました。

――いつか書きたいと思っていたシベリア抑留ではなく、バレエが先だったんですね。

村山:そうなんです。ダンサーはこの世の美の極致を身体で表現する存在ですよね。一方で戦争は、おそらく最も醜いもの。その両極を一つの作品で描くことで、伝えられるものがあるのではないかと思いました。

――バレエの魅力はどのように感じましたか?

村山:バレエを深く知るために、私自身も大人のバレエ教室に通ってみたんです。とはいえ踊れるわけではなく、ポーズを練習する程度なんですけど。でも、それだけでも衝撃を受けました。私はもともと体育会系で、根性論でどうにかなるタイプなんですが、バレエはまったく違いました。

――どう違うのでしょうか?

村山: 何を求められているのかすら分からないんです。最初のレッスンで、「これは根性ではどうにもならない」と感じました。子どもの頃から身体を人間の自然な形ではないものに変えていき、その上で成り立つ芸術なんだと。

――肉体そのものが前提なんですね。

村山:そうなんです。骨格の段階から選別が始まっている現実があって、すごく残酷な世界だと思いました。絵や小説とは違い、身体そのものが表現の基盤になる芸術だと感じました。

――村山さんはお父さまがシべリア抑留者で、子どもの頃からロシアの文化が身近だったそうですが、どのような印象を持たれていますか?

村山:バレエやオペラや文学に象徴されるように、文化の底力が非常に強い国だと思います。一方で、歴史的には残虐な側面もある。美しい心だけから美しい芸術が生まれるわけではないということですよね。権力や矛盾の中からも素晴らしい芸術が生まれる。その複雑さに惹かれます。

――ロシア文化で特に印象に残っていることはありますか?

村山:1999年にシベリア鉄道で旅をしたことですね。モスクワを出た直後はチャイコフスキーを聴いていたんですが、荒野に入っていくと音楽と情景がまったく合わなくなるんです。代わりに、ラフマニノフやボロディンのような、土着的な旋律の音楽がぴったりはまる。そのときに初めて、「音楽は土地から生まれるものなんだ」と実感しました。

――お父様からはシベリア抑留についてのお話も聞かれていたそうですね。

村山:はい。ただ、子どもに語られるのはあくまで語れる範囲の話なんですよね。後年に残された手記を読んで初めて、それが全体の中のほんの一部だったのだと気づきました。それまでは自分ですら全体像を知らなかったのだから、今の若い世代が戦争を具体的にイメージできないのは当然ですよね。でも、そのままではどんどん風化してしまう。

――だからこそ、物語として描いたんですね。

村山:本来、戦争はエンターテインメントにしていい題材ではないかもしれません。でも、ドキュメンタリーとして提示しても、多くの人は手に取らない。読んでもらわないことには意味がないので、謎を追いながら読み進められる構造にしました。

――私も、物語を読みながら「この先を知りたいし、知らなければならない」と感じました。

村山:ありがとうございます。戦争は自分が具体的に想像できないと「起こるはずがない」と思ってしまう。でも実際には、巻き込まれる可能性は常にあるんです。

――現代の社会情勢にも通じる問題ですね。

村山:戦争が始まれば、自由に物語を書くことも、好きな音楽を聴くこともできなくなる。だからこそ、言えるうちに、書けるうちに、伝えなければいけないと思っています。こんなに「読んでもらいたい」と切実に思うことは、これまでで一番かもしれません。

――作品の中では、さまざまな国のバレエダンサーたちが集まる一方で、戦争や国際情勢によって、その関係性にも影響が及んでいきます。バレエという共通言語があるのに、国家という枠組みがそれを引き裂いてしまう感覚がとても苦しかったです。

村山:そうなんですよね。人間から好きなものや生き方の自由を奪うのが戦争です。一方で、物語や音楽が戦争へ向かう人たちを鼓舞するために使われてきた歴史もある。軍歌もそうですし、昔は戦争を礼賛する小説だってあったわけですから。

――芸術が常に戦争と無縁だったわけではないんですね。

村山:美しい文化を戦争に利用されたくないじゃないですか。私はシベリアに行った父の娘として、ずっと「戦争は嫌だ」という小説を書いていきたいし、戦争から遠いところで音楽を愛していたい。そのためにできることはしていきたいと思っています。

――戦争、音楽、バレエと、一見すると別々のテーマのようでいて、実は深くつながっているんですね。

村山:本当にそうなんです。自由でいられることの価値は、奪われたことがないと分かりにくい。私自身も本当の意味で自由を束縛されたことはないから、想像するしかない。でも、その想像するということがすごく大事なんだと思います。

音楽も小説も、自分とは違う立場や感情に触れることができるじゃないですか。一つひとつは小さな力かもしれないけれど、個人を動かすことができるという意味では、小説も音楽も大きな可能性を持っていると思います。

――今回のインタビューを通じて、戦争の記憶を受け継ぎ続けることの大切さを改めて感じました。

村山:ありがとうございます。「戦争を学ばなければ」と思っても、なかなか手が伸びないこともあると思うんです。でも、「村山由佳の新作だから」とか「バレエの小説だから」とか、どんな入り口でもいい。そうやって手に取った先で、想像もしなかったものに出会ってもらえたらいいと思います。

私は若い読者も持っている立場なので、その間をつなぐ橋渡しができるはずなんです。今後もさまざまなテーマの小説を書いていきますが、これはライフワークとして向き合っていかなければいけないテーマだと思っています。

リリース情報

『DANGER』

村山由佳 著
2026年2月26日発売
定価:2,530円(税込)
(C)新潮社
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