規模の大小問わず書店の閉店が相次いでいる。2月には遊べる本屋「ヴィレッジヴァンガード本店」閉店のニュースが大きな話題に。日本における書店の数は、直近20年で、2万店超から半減して1万店ほどに。その一方で、近年、都市部を中心に「独立系書店」と呼ばれる小規模書店がじわじわと数を増やしている。店主の趣味嗜好を反映したセレクトショップ的な本の仕入れや、独自性の高い店づくりから、コアなファンを生む傾向にある。
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2025年3月31日に開業した新刊書店「本屋 亜笠不文律」(大阪市阿倍野区)は、現在、大幅に減少している「町の本屋さん」の総合的品揃えをベースに、カフェやイベントなど「独立系書店」の要素を併せ持つ場所として地域住民とカルチャーを結びつけ、注目を集めている。今回は、同店の店主であるアガサ・ジューンさんにお話をうかがい、前後編でお届け。前編では、同店のこだわりとともに、開業までのエピソードや最新書店業界事情についても話を聞いた。
取材・文・写真(一部)/伊東孝晃(赤犬 タカ・タカアキ)撮影/Lmaga.jp編集部
◆ 「もう自分で本屋をしよう」二極化する書店業界の「中間地点」とは?
同店の経営者であるアガサさんは、転職をはさみつつ約18年間にわたって書店チェーンに在籍。その他にも出版社の営業をはじめ、本に関わる様々な職種を経験している。2022年から自身で書店開業を考えるようになり、勤務と並行して、物件探しや融資の借り入れを実行。2024年の大晦日に書店チェーンを退職し、本格的に準備に入るが、開店までには様々な紆余曲折があったという。
「もともと開業するつもりは全くなく、30代に主に給与面の問題で書店業界から転職し、専門学校のマンガ学科で講師兼クラス担任に就いていました。それでも書店の在り方について考えない日はなく、この先の人生はやはり書店員として骨を埋めたいと決意。ところが中途入社した書店チェーンで、心身を大きく崩す出来事があり。とある日に、『あ、もう自分で本屋をしよう』と思い立ちました。
結果的に退職しましたが、私は書店チェーンの書店員であることに矜持を持っていたし、品揃えが豊富で、誰でもいつでもふらりと立ち寄ることのできる“町の本屋”を愛している。開業は自分でも想定外でしたが、自分が本屋を作るならば、これまで在籍していた新刊総合書店と同じ機能を備えた本屋にしたかった。
ただ、かつて各地の駅前や商店街に存在した小規模書店がどんどん潰れ、書店の形態は大手チェーンか独立系かという二極化になりつつある。自分の資金とスキルで、どのような業態なら成立する可能性があるかと考えた結果、二極化の中間地点を目指したいという結論に着地しました。あまり前例のないパターンなので、開業にはとても苦労しました」
その準備期間中も書店の厳しい状況は加速し、2023年度は前年度から577店の減少。実に1日に1店舗以上が閉店したことになる。そんな中、アガサさんは次のハードルである「物件選び」に直面するが、家賃やロケーションなど望む条件にあてはまるものは、なかなか見当たらない。3年もの時間をかけて内見を重ねた結果、阿倍野区の住宅街である王子町で、タバコ屋をリノベーションした民家に行き着いた。
「新刊総合書店を個人経営で成り立たせるには、人の賑わいがあり、本に対するニーズが高い地域であることが必須でした。昔から好きな町だった阿倍野は、まず住民の数が多くて、子育て世帯からご年輩の方まで、年齢層の偏りがない。『書店があってしかるべき地域なのに、ほとんど閉店してしまったな」と以前から悔しく思っていたので、大通り沿いの物件がテナント募集しているのを見つけ、ここしかないなと。物件探しは紆余曲折ありすぎたのですが、粘って探し続けてよかったです」
(次のページは)「めちゃくちゃハードルが高い!」本屋の新規開業を極めて難しくしている理由とは?
◆ 「めちゃくちゃハードルが高い!」新規開業を極めて難しくしている理由
書店の商品である本を入荷する際に避けて通れないのが出版取次店(以下、取次)と呼ばれる流通業者。小売店における卸問屋のような存在だ。現状、新刊を幅広く取り扱う書店を開業する場合、大手の取次と契約する必要があり、ここが個人経営の店舗にとって大きな壁となる。
「取次は、私が書店チェーン時代に長くなじみのあった会社にお願いしようと思いました。でも契約には当然審査があり、まず物件が確定した上で、立地的にも業態的にも十分な売上を見込めるかどうか、厳しく判断されます。そして何より、初期費用として莫大な金銭が必要になります」
かつて日本における新刊書店は、個人経営か大手チェーンかにかかわらず、ほぼすべての店舗が大手取次から仕入れをする仕組みで回っていた。しかし、時代の流れとともに本の仕入れ方法は変化していく。
「日々発売される大量の雑誌やマンガを、個人経営の書店で過不足なく仕入れるというのは、めちゃくちゃハードルが高い。支払いの面でも、管理の面でもです。私は自分の目指したい業態を実現させるため、どうしても従来型の仕入れを軸に置きたかった。近年は個人書店に向けた契約パッケージが浸透しつつあって、入荷できない本の種類があるなど条件はありますが、仕入れのハードルは圧倒的に低くなりました。これから自分で書店を開きたい人は、小規模店舗用のプランや小規模な取次、活用できる選択肢が増えていくと思います」新刊総合書店の仕入れ契約にたどり着いたアガサさんだったが、本の売り上げだけで経営を成り立たせるのは至難の業。カフェ営業や古本の販売など、複合的な要素を取り入れることに。
「新刊販売以外の機能を導入したのは、薄利多売では経営が難しいこともありますが、それだけが理由ではありません。喫茶は、ゆっくりお茶を飲んで過ごせる場所が近隣にもっと欲しかったから。この町が好きな人間として、遅い時間まで営業している喫茶があればいいな、珈琲専門店はたくさんあるから紅茶の美味しい店があればいいな、と思ってました。古本販売・買取も、イベント開催もシェア型本棚も、ないよりあった方が楽しい場所になるから。それに尽きます」
◆ 小さいお子さんから80代の方まで…地域に溶け込む中で打ち出す独自性
こうして2025年3月31日にグランドオープンを果たした「本屋 亜笠不文律」。アガサさんがXで店づくりの様子を発信していたことは注目を集め、開店すると多くの地域住民や書店巡りを趣味とする来店客が訪れるように。今では足繁く通う常連客も増えているという。
「小さいお子さんからご高齢の方まで、幅広い年齢のお客さんが来てくれていて。『近所に本屋ができて良かった』『天王寺まで出かけなくてもいいので助かる』とたびたび言ってもらっています。開業初期はとにかく日々の営業だけで精一杯で…今もそれは変わってないのですが、どうにか1周年を迎えられそうなところまで辿り着けて本当によかったです。近隣のみなさんの日々の生活に、本屋に立ち寄る選択肢がある。その環境を作り出せている実感が少しずつ湧いてきています」
店内はアガサさんが目指している「まちの本屋」を体現すべく、雑誌から書籍まで幅広い本が並ぶ。特にコミックは、書店で長く販売管理を担当し、コミック専門の出版社勤めに加え、商業漫画家として活動していた経歴から、大手チェーンの書店では見かけないセレクトが光る。
「コミックの品揃えに関しては、大きな書店だとひっそりと本棚に埋もれているような作品でも、新旧問わずめちゃくちゃ面白いと思うタイトルを積極的に仕入れています。魅力的な新しい本が常に生まれていますが、既刊、既に生まれている本たちもどんどん発見してほしい。それに、お客さんのニーズに合わせて品揃えを縦横無尽に変えることができる、それが総合新刊書店の醍醐味のひとつなので、取り寄せ依頼があった1冊をきっかけに当店の本棚が変化していくかもしれない。大型書店のように種類を網羅することはできませんが、個人店ならではの柔軟さを楽しんでもらえたら」
開店からもうすぐ1年を迎える現在もなお慌ただしい日々を過ごしているアガサさん。店に興味を持った際は、ぜひ気軽に足を運んでほしいとのこと。
「お客さんは、目的の本を買いに来るひと、読みたい本に出合うためじっくり回遊するひと、本棚を眺めて気分転換するひと、本当にさまざまです。まちの本屋は、ただただふらりと立ち寄ることのできる、開かれた場所。2階の喫茶では備え付けの本棚の本を自由に読んで頂けるし、誰かとおしゃべりする場として利用しているお客さんもたくさん。本屋まるごと、生活の一部に入れてもらえたらと思っています」後編に続く。
◇「本屋 亜笠不文律」は、大阪市阿倍野区王子町4-3-18。営業時間は平日12時~20時、土日祝11~20時。月曜定休。
