今年1月から、「横浜ネイバーズ」シリーズを原作としたテレビドラマが放送されている。Season1は東海テレビ・フジテレビ系全国ネット、Season2はWOWOWでの放送である。主演は、なにわ男子の大西流星さんとtimeleszの原嘉孝さん。
数多ある小説作品のなかで拙作に目を留め、「映像化しよう!」と考えてもらえたのはたいへん光栄なことである。
とりわけ「横浜ネイバーズ」シリーズがドラマ化されることは、作者としても横浜市民としても嬉しい。撮影では横浜市内のあんな場所やこんな場所が舞台になっており、地元民としても楽しく視聴している。
そして気になるのが、横浜の書店での反応である。
ドラマ化帯の効果もあってか、大々的に展開してくださる書店さんも多い。誠にありがたいことである。
ところで。私には、「あなたの書店で1万円使わせてください」で取材したいと前々から思っているお店がいくつかある。その1つが、紀伊國屋書店横浜店だ。
こちらのお店、何と言っても本の充実度がすごい。文庫も単行本も、話題作から古典まで死角ゼロの充実ぶりだ。文芸もそれ以外のコーナーも素晴らしく、いつ来ても新しい発見がある。
この企画がはじまって以来、いつか紀伊國屋書店横浜店を取材したいと思っていた。そしてこちらのお店では、「横浜ネイバーズ」シリーズを1巻目の刊行時から応援してくださっている。同シリーズがドラマ化された今こそ、絶好のタイミングではないか。
満を持して取材を申し込んだところ、すぐに快諾いただけた。
というわけで、今回の舞台は紀伊國屋書店横浜店。横浜市民もそうでない方も、じっくりご覧いただきたい。
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そごう横浜店は、横浜駅東口の地下道をまっすぐ進んだ先にある。エレベーターまたはエスカレーターで7階まで上れば、およそ600坪の敷地面積を誇る紀伊國屋書店横浜店が現れる。(同フロアにはロフトなど多店舗も入居。)
1月某日、編集者氏と2人で同店にお邪魔した。お店の方々にご挨拶した後、正面入口で恒例の1枚を撮影。
背後にポスターが……。
本企画のルールは「(できるだけ)1万円プラスマイナス千円の範囲内で購入する」という一点のみ。さっそく自腹(ここ重要)の1万円を準備して、買い物スタート。
お店の出入口前という一等地中の一等地に、「横浜ネイバーズ」シリーズがでかでかと展開されていた。『プロジェクト・ヘイル・メアリー』や「成瀬」シリーズの隣である。さすが地元。ありがとうございます。
ご覧あれ!
中華街の写真を切り取ったパネルなど、お店独自の拡材もフル活用した、愛溢れる売り場である。感謝。
ふと横を見ると、「中身は買った人だけの秘密です」と書かれたパネルが。
これは何?
文庫だが、表紙や裏表紙が見えないよう紙が巻かれている。「「なんか読みたい」ときはこれ!」と力強く書かれている。
あえて書店側でカバーを巻き、書名を伏せたうえで販売する手法はこれまでにもあった。だがこちらの場合、書名は表紙の下部にきちんと記されている。サミュエル・アウグスト・ドゥーセ著/宇野利泰訳『スミルノ博士の日記』(中公文庫)である。ただ、まったく知らないタイトルである。
パネルにはこうも記されている。
「諸事情で長らく刊行困難だった幻の一冊」
うーむ。何とも興味をそそられる惹句である。その幻の一冊が目の前にあるのだから、買わないわけにはいかない。
というわけで、今日の1冊目はこちらに決定。
「ビリビリした読後感」が気になる。
続いて、出入口近くを物色してみる。
うろうろ。
『変な地図』や『近畿地方のある場所について』といった大ベストセラーだけでなく、「これは何だろう?」と思うような本も混ざっているのがとても面白い。
なかでも特に気になったのは、津村記久子『ふつうの人が小説家として生活していくには』(夏葉社)だ。現役小説家としては見過ごせないタイトルである。
『石原家の兄弟』も実は気になった。
私は作家が書いた作家論が好きだ。職業的な興味もさることながら、誰もが異なるポリシーを持って小説書きという仕事に向き合っているのが趣き深い。共感できるとかできないとかそういう次元ではなく、作家という仕事が内包している多様性を感じることそのものが好きなのだ。
ましてや、本書の書き手は津村記久子さんだ。しかも聞き手は、夏葉社の島田潤一郎さん。面白くないはずがない。いそいそと手に取った。
帯には「何かを、書きたくなる。」と一文だけ。
ベストセラーや書評コーナー、近刊のコーナーなどをひと通り見てみる。
拙著も面陳してくださっています。
出入口を入って右手に折れると、イチ押しの文庫が展開されていた。積まれている冊数が凄い。
右手に写っているのは同店・川俣さん。お忙しいなかありがとうございます。
近くにはコミックスも。こちらもつい視線を引き寄せられる。
『緑の予感たち』も気になるが……。
目が合ったのは、藤見よいこ『半分姉弟 1』(リイド社)。あらすじはこうだ。
〈「姉ちゃん、俺、改名したけん。」
フランス人の父と日本人の母を持つ〈米山和美マンダンダ〉は、弟から突然の告白を受ける。〉
これだけでもう、先が気になる。
実はこれまでの取材でも、何度も買おうか迷った作品である。今回で何度目かの邂逅を果たし、「これはさすがに買えというメッセージか」と観念した。
表紙がめちゃくちゃいい「顔」。
ふと壁を見ると、おびただしい数の『思考の整理学』が並んでいた。どうやら本書、日本全国の大学生協で売上1位を獲得しているらしい。よく見ると、帯に書いてある大学名が1つずつ違う。北海道大学、弘前大学、岩手大学、秋田大学、山形大学……。
圧倒的1位。
『思考の整理学』の学生人気の高さがうかがえる。
すぐ近くには「作家のデビュー作を年末年始に読もうフェア」もあった。
シェイクスピア先輩はデビュー435年。
本だけでなく雑貨も豊富なのが紀伊國屋書店。国旗ピンバッジはすごい数である。
以前、娘にねだられてこのお店でオモチャを買ったことがあります。
そして注目の、文芸棚へ。
ポップや色紙の数もすごい。
訪問したのは、芥川賞・直木賞発表の数日後。芥川賞受賞作の『時の家』と『叫び』、そして直木賞受賞作の嶋津輝『カフェーの帰り道』(東京創元社)がしっかり並んでいた。品切れになっていないところは流石。
ここはスルーできない。
芥川賞・直木賞は前回の「受賞作なし」から一転、計3作の受賞作が出た。いずれも未読のためどれか1冊を読みたい、と考えて『カフェーの帰り道』を手に取った。この小説を読んだ知り合いから、いい評判を聞いていたためだ。
大正から昭和にかけて、上野のカフェーで女給として働いた人々を描いた物語だという。あまり予備情報を入れずに読みたいので、あらすじはこのへんで。
累計10万部突破とのこと。
続いて、ノンフィクションの棚をフラフラと眺めてみる。
ノンフィクション好き。
数ある本のなかで真っ先に視線を奪われたのが、宇都宮直子『渇愛 頂き女子りりちゃん』(小学館)だ。帯にはこう記されている。
〈男性たちから総額約1億5千万円をだまし取り、逮捕された「頂き女子」の正体〉
一時、メディアの至る場所で「頂き女子」の名が躍っていた。だが、その実態に迫るものは少なく、紹介されるのは彼女の配信動画や販売していたマニュアルなどが主だった。そんななかで、本書のたたずまいは骨太に感じた。第31回小学館ノンフィクション大賞受賞作であることからも、読み物として一級品だと推測できる。
個人的な興味とも重なり、この1冊も購入を決めた。
「渇愛」というタイトルは何を意味するか?
その後も、新書やコミック、文庫などのコーナーで物色を続ける。
新書と文庫はお隣。
『ディグイット』面白そうだな~
いったん読み出すとなかなか止められない。
ふと「九龍城塞」フェアが。映画「トワイライト・ウォリアーズ」のヒットが背景にあるようだ。私も以前、『水よ踊れ』という返還直前の香港を舞台にした小説を書いた時に調べたことがある。
映画の原作本やシナリオの他、写真集など。
児童書のコーナーにも、面白そうな本がたくさん並んでいた。一点一点、丁寧にポップがつけられている。
「手のひらからエール」フェア。
窓からはKアリーナも見えます。
「法学」棚の一角には読みやすそうな本も。
『世にもふしぎな法律図鑑』?
近くでは「心のストレッチ」フェアも。「心のストレッチ」っていい言葉ですね。
「スマホを閉じて、本を15分。それだけで、少し心がほぐれる。」
CD&DVDコーナーもあります。
正面出入口から入り、左手に進んですぐ。
これでおおむね、店内を一周できた。
この辺で、まだ買い物が1万円に達していないであろうことを思い出す。実はノンフィクションコーナーにもう1冊、気になる本があった。安い本ではないが、金額的になんとなく買えそうな気がする。引き返すことに。
移動中も本をチェック。
その1冊とは、ポープ・ブロック著/杉田七重訳『ヤギの睾丸を移植した男 アメリカで最も危険な詐欺師ブリンクリーの天才人生』(国書刊行会)である。
あらすじの冒頭は以下の通り。少し長いが、読んでみてほしい。
〈1910年代末のアメリカ。ケチな詐欺で食いつないでいたジョン・R・ブリンクリーは、ヤギの睾丸を人間に移植して「男性の衰えた精力をみるみる回復させる」という突飛な手術を看板に、カンザス州の片田舎で商売に乗り出す。
全くデタラメな治療にもかかわらず、天才的なマーケティングで騙されやすい大衆に怪しい効能を売り込むと、インポテンツに悩む何千人もの顧客が全米中から殺到。ブリンクリーの手法は大当たりし、「カンザスの救世主」はアメリカで最も裕福な医師として成功する。〉
この時点で、あまりに面白そうすぎる。しかもこの後、ブリンクリーはラジオ局でスター的人気者となり、政界への進出まで企む。〈マット・デイモンが映画化権取得!〉という帯の文句もいままで見たことがなくてちょっと笑える。
今日最後の1冊はこちらに決定。
タイトルにやられた。
6冊を抱えてレジに向かう。今回は文庫が1冊だけで、割と単価は高め。
対戦お願いします。
果たして、今回のお値段は?
いい感じ。
10,670円。かなりいい線いっている。
今回も充実した買い物ができた。特に、最後の1冊はここでなければ出会えなかったような気がする。
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充実した在庫、考え抜かれたフェア、店頭にずらりと並ぶポップや色紙、ポスター。紀伊國屋書店横浜店は、行き届いた手入れの跡を感じる。いつ来ても、絶対に面白い本が見つかる。そんな安心感に溢れている。
一方、ここまで情報が多いと、売り場に「圧」が生じてもおかしくない。なのに、決して押しつけがましくない。「ここに面白い本がありますよ」と店頭でそっと教えてくれる、そんな品の良さ。そこがこのお店の特徴だと思う。
「とにかく本を置けばいい」ということではなく、確かなキュレーションとこまめな整理こそが、よい売り場づくりにつながる。そんな信念が漂っている。
横浜駅に来た時は、ぜひ立ち寄っていただきたい。
それでは、次回また!
【今回買った本】
・サミュエル・アウグスト・ドゥーセ著/宇野利泰訳『スミルノ博士の日記』(中公文庫)
・津村記久子『ふつうの人が小説家として生活していくには』(夏葉社)
・藤見よいこ『半分姉弟 1』(リイド社)
・嶋津輝『カフェーの帰り道』(東京創元社)
・宇都宮直子『渇愛 頂き女子りりちゃん』(小学館)
・ポープ・ブロック著/杉田七重訳『ヤギの睾丸を移植した男 アメリカで最も危険な詐欺師ブリンクリーの天才人生』(国書刊行会)
