三省堂書店 神保町本店が、3月19日にリニューアルオープンする。撮影:三ツ村崇志
——いったん、しおりを挟みます。
そんな言葉とともに、2022年5月8日を最後に建て替えのために一時閉店していた三省堂書店神保町本店が、3月19日に「神田神保町本店」としてリニューアルオープンを迎える。
2022年5月、一時閉店前の三省堂書店神保町本店。本の街・神保町のランドマークだった。撮影:吉川慧
「主役は私たちではなく本棚であり、本であり、お店そのものです。とにかくお客様には(店内を)どんどん歩いてもらいたい。そういった体験を通じて、ご自身の知的好奇心をくすぐられる。そういった本との偶然の出合いを特に強調してお店を設計しています」
三省堂書店の亀井崇雄社長は、いままで「図面」を見て話していた「未来の書店」の実物をやっと見せることができる、と報道陣向けの内覧会冒頭で万感の思いを語った。
もっとも、2022年と比べて出版業界の状況が改善したわけではない。
出版科学研究所の調査によると、書店数は2020年度の1万2343店から2024年度までに1万417店と、減少傾向が続いている。電子化の波や「タイパ文化」の台頭など、リアル書店や書籍そのものの存在価値が問われる中、神保町の新たなランドマークはどんな答えを提示しようとしているのか。

三省堂神保町本店が一時閉店。最後の夜、社長が5分半のスピーチで語った覚悟 | Business Insider Japan
書棚面積6割でも、リアル書店に求められる「偶然性」
3月19日にリニューアルオープンする、三省堂書店 神田神保町本店。地上13階のビルのうち、1〜3階に書店が入る。撮影:三ツ村崇志
神田神保町本店が入る自社ビルは、地上13階建て。地上8階建てで6階までが書籍売り場だった旧本店ビルから高層化した一方、書籍売り場は1〜3階に限定。4階には集英社が運営するオリジナルグッズショップの「THE ジャンプショップ神保町」が入居する。5〜13階はオフィステナントとして貸し出す。
書籍の売り場面積は旧本店の6〜7割に減った。蔵書数は140万冊とも言われていた旧本店から、約50万冊にまで絞った。ただそれでも、目標とした蔵書数は確保できたという。亀井社長は、ネット書店全盛時代において、「リアル書店が追求すべきなのは偶然性。それこそ我々が提供すべき魅力です」と考え方を語った。
売り場面積が減少する中で、偶然性を演出するために書籍のラインナップも工夫した。単に旧本店の縮小版として“薄める”のではなく、三省堂書店内で「ネット上で代替できるようなジャンル」をカテゴライズし、「1階では文芸系、2階で言えば人文系」など、「強み」のある分野については選択的に蔵書数を落とさないようにしたという。
神田神保町店の「偶然の出合い」生む設計
「まずは来てほしい。(書籍を)購入するのではなく、まずこの景色を見に来てほしいというところからのスタートだと思います」
亀井社長がそう話す通り、店舗のデザインにもかなりこだわった。以下、店内の写真と共に見ていこう。
店内に入ると、1階には旧本店と比べて天井が高く、広々とした空間があった。
1階のフロアの様子。壁際に近づくにつれて、徐々に書棚が高くなっていく。撮影:三ツ村崇志
1階のコンセプトは「知の渓谷」。中央には、靖国通り側の入口とすずらん通り側の入口を結ぶ通路があり、これを“谷”と見立て壁側に近づくにつれて書棚が段々状に連なっていくデザインだ。
天井高は約4メートル。開放的な空間の中央には、三省堂「名物」とも言える「タワー積み」の姿も。積まれていた書籍は外山滋比古著の『思考の整理学』 。奇しくも三省堂書店 神田神保町店が改装される前、最後にタワー積みされていた書籍と同じだった。
1階のフロアの中心には、三省堂書店の名物「タワー積み」が。撮影:三ツ村崇志
多くの書店では、動線などを考慮してレジは出入口付近に設置されているケースが多いという。ただ、三省堂書店神田神保町本店では、本が広がる空間を邪魔しないように、レジはフロアの奥にひっそりと並んでいた。
次に、2階に上がるとまず目に入るのが、旧本店1階に入居していた雑貨店「神保町いちのいち」だ。旧本店3階にあった文具売り場も併設することで、書籍以外の商品を手に取る人の流れを整えたという。
2階には旧本店1階にあった、雑貨などを取り扱う神保町いちのいちが。撮影:渡邊葵子
2階には新書・文庫本や専門書が並ぶ。渓谷を模して書棚を配置した1階とは異なり、2階では遠くから見ても各棚の「面」が見えるように、少しずつ書棚をずらして配置している。神保町本店開店準備室次長の岡田健太郎さんは「書棚の面が見えて、通路に誘われる。引き込まれるような造りになっています」と説明する。
2階の書棚は、遠くから見るとこの写真のように各棚にどんな書籍が配架されているのか見える。撮影:三ツ村崇志
2階は、開放的な1階とは異なり書籍の密度が濃い。「本に囲まれたように感じる」空間だった。リニューアルにあたり書棚面積が減少する中でも、最大限蔵書数を確保しようという気構えが感じられた。筆者も以前はよく三省堂神保町本店に足を運んでいたが、そこまで「本が少なくなった」という印象は感じない。
書棚の合間には、時折腰掛けられるスペースもあった。座りながら書籍の中身を吟味できるようにとの思いから配置した「没入キャビン」だ。撮影:三ツ村崇志
「探求の洞窟」と名付けた2階の文庫・新書ゾーンでは、一般的には壁際に沿ってまっすぐ設置される書棚を、あえて凹凸をつけて配置している。最も深い凹凸がついた場所は、三省堂神田神保町本店のキービジュアルにも採用されており、実際に入ってみるとかなりの没入感があった。
壁一面に文庫本が並ぶ。本好きにはたまらない空間だ。撮影:三ツ村崇志
3階では、主にコミックや学習参考書などを取り扱う。2階と異なり、書棚が放射状に配置されており、スペースも広い。専門書や新著などが多い2階とは客層が異なることを想定し、少し遊び心も取り入れた設計になっていると岡田さんは説明する。これも、「本との偶然の出合い」を演出する一環だ。
3階のフロアの中心からの様子。少し分かりにくいが、書棚が放射状に配置されている。撮影:三ツ村崇志
コミックの取り扱いも多い。4階にジャンプショップが入居したこともあり、インバウンド需要も考慮しての戦略だという。撮影:三ツ村崇志
また3階には、イベントスペースや、店内で購入した書籍を持ち込めるカフェ「喫茶ちそう」も入居する。
イベントは3月、4月にすでにそれぞれ9本ずつ決まっているという。無料イベントもあるが、収益性を高めることを念頭に参加者を絞った有料イベントを開催するケースもある。岡田さんによると、イベント開催の目標は「週3回」だ。
3階のフロア内にあるイベントスペース。座席数は30人程度。オープンスペースになっているが、カーテンを閉めて限られた人を対象にした有料イベントにすることもできる。撮影:三ツ村崇志
三省堂書店では、新店舗オープンと合わせて独自の新ブランド「OASISEND(オアシスエンド)」を立ち上げた。神田神保町本店内にも、老舗菓子店の文明堂とコラボしたカステラや北千住にある醸造所さかづきBrewingと開発したクラフトビールといった飲食品や、文具・雑貨など多数のオリジナルグッズを取り揃えている。
新ブランド「OASISEND(オアシスエンド)」として展開する、文明堂とコラボしたカステラとさかづきBrewingと開発したクラフトビール。このブランドの他にも、オリジナル商品や企画商品としてトートバックやパーカー、Tシャツなどさまざまなグッズを展開している。撮影:三ツ村崇志
「どんどん歩いてほしい」という亀井社長の言葉の通り、店内を練り歩く中で少し気になった点もあった。
例えば、1階の「知の渓谷」にある最も高さのある書棚に行くには、壁際に備え付けられた小さな階段を上る必要がある。少し小高い場所から1階のフロア全体を見渡せる「絶景スポット」でもあるが、基本的に車椅子などでは上ることはできない。階段も狭く、筆者には傾斜も少し急に感じられた。
「まずは書店に来てほしい」という期待から、デザインなどにもこだわり「映え」を狙った結果だが、混雑すると事故などが起きかねないようにも懸念する。
1階にある「知の渓谷」の“谷の上”に上るには、階段を使わなければならない。混雑時などは少し危ないかもしれない。撮影:三ツ村崇志
またビルにはエレベーターが1基しかない。2階のフロアも書籍の密度が高く本好きには嬉しい一方で、棚と棚の距離が比較的近く、通路は人が2人すれ違える程度。主観ではあるが、若干「狭い」印象を受けた。大型書店のバリアフリー化という観点から見ると、もう一歩配慮があっても良かったようにも感じた。
亀井社長によると、設計段階では当然議論になったというが、「蔵書数」を保ち、店舗としてのコンセプトを打ち出そうとする中でのジレンマもあり、今の形に落ち着いたという。車椅子の方などについては、「書店員がしっかりサポートする」としている。
2階フロアの書棚間の様子。人がすれ違う程度のスペースはある。ただ、人によっては少し窮屈に感じるかもしれない。撮影:三ツ村崇志
