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映画製作者は、このエイリアンを...
「性別を超えた、天使のような、そして親しみやすい」外見を目指したとされるけど... 個人的には、一見して、表現が悪いけども “ゲ〇ゲ〇” でした。でも、そんなん始めはね!?
エイリアンの映画って、たいていは... 物騒な侵略やサスペンス的恐怖ものと見る前から思ってしまうけど、『カミング・ホーム』は、言葉を発しないエイリアンとペンシルベニア州の小さな田舎町に住むミルトンを中心に年を召した方たちとの交流を描いた心温まるヒューマンドラマと言っていいのかも知れません。
物語の主人公で中心人物のミルトン... 毎日同じように起き、同じようにテレビを見て、同じように寝て、そして、町の協議会に自分の提案を発表するのが唯一、人と接する機会の場となっている。そんな時、突然、空飛ぶ円盤が彼の裏庭に落ちてくる。でも認知症を患い家族と疎遠になっているミルトンは一晩寝たら、そんなこと忘れてしまい、同じように起きて町の協議会へと向かってしまう。そんなオトボケな孤独な老人ミルトンが少しでも生きていることをほかの人と共有したい時にジュールズが現れ、エイリアンとしてではなく子供のように接っしていきます。
協調性が全くないというか、人の事は考えないし話は聞かないだけでなく嫉妬心の塊のような “猫LOVE” ジョイスおばさんが出てきたところから、なんか面白くなってきます。下の台詞は、ミルトンに自分の猫を手放すことが出来ないことを告げる少しゆる~い感動的なシーンです。
Joyce: The hell you talking about?
Milton: You said he doesn’t hear, he doesn’t see,
he can’t walk. He’s pretty much dead.
Joyce: Well, he’s not dead. He’s like my child. You
can go f*ck yourself!
最初はお金目当てだったジョイスや笑顔を忘れたミルトン... そして夫の事で苦労をした明るいだけのサンディおばさんたちが三者三様に変わっていく様子を心温かく見守る映画となっているので派手な演出は控えめで、つまらなく感じる人は決して少なくないと思えます。
映画も始めは、ミルトンが現実の自分に嫌気がさし、神様に背くような願望があるのではないかと思ってみていました。その彼が最後にこんな事をジュールズに言います。
But I’ve lived on this planet all my life. It’s my home.
Doesn’t stop being that just ‘cause I’m getting ready
to leave it. What’s coming probably won’t be fun.
But I ought to do it here. I’ll be okay.
ところで漫画のような猫の絵は『七人の侍』の “のぼり旗” のようで、宇宙船の代替え燃料であったり、「円盤が、わしの裏庭に落ちたんだ」なんてミルトンが言っても協議会の連中は無表情で白けっぱなしって、私だけかもしれませんけど『バック・トゥ・ザ・フューチャー』的要素もあったりしてと...しかし、少し残酷なシーンも含んでしまうので、ただのヒューマンドラマに収めていないところが、本作の特徴と言えるかもしれません。それと...
あれほど気色の悪かった黒目をぱちくりするだけのジュールズちゃんも不思議なもんで、いつの間にか見慣れっちゃていた私がいました。
映画についての評価には、いろんな考えがあるのは分かりますが、ラストのシーンがあったからこそ、救われる人が少なからずいたのかもしれません。
敢えて、『カミング・ホーム』と同様にニュートラルなレビューとさせていただきました。
どんなに貧しくとも、どんなに裕福でも、そして体が動かなくとも、健康であっても、いかなる悪行を犯した人でも、不幸にも亡くなった人でも、受ける権利として、 “尊厳” があります。そしてさらに重要なのが自分以外の方に “尊厳” を享受していただくことです。少しお堅くなりましたけど、本作『カミング・ホーム』はそれほど難しい話ではありませんのでお楽しみください。(映画関係者じゃありませんけど... 何か!?)でも猫ちゃん達は、怒っているかもね!?
ニャーォ! 😻
