【前作を超えて「もっと好き」と言いたい】“異例”の作
品力を、世界最高峰の映画祭が認めた!会えなくなった
大切な人にもう一度会いたい。そしてその瞬間を「信じ
て待つ」ことの奇跡――“大人も泣ける”冒険が始まる。
物語から受け取った熱は、胸の奥のずっと深いところに佇み、決して消えはしなかった。
私は「映画 えんとつ町のプペル 約束の時計台」(3月27日公開)を観た。
エンドロールが終わり、観客が賑やかに退出していくなか、私は席からしばらく立ち上がらず、寄せては返す感情のさざ波を確かめていた。

興行収入27億円を記録した前作「映画 えんとつ町のプペル」も、もちろんとても好きだ。
けれど、最新作「映画 えんとつ町のプペル 約束の時計台」は、
前作を超えてもっともっと好きだ
と、大きな声で言いたくなる――。
本記事では、今作の魅力と、観る者の人生にも波及する力強いメッセージについて、ひとりの鑑賞者としての“どうしようもない思い”を交えながら、余すところなくお伝えしたいと思う。
●筆者紹介
【まず知ってほしい“異例事態”】実はこれ、快挙です!
“続編アニメ”を世界最高峰の映画祭が“認めた”事実
ひとつ、客観的な事実をお話させてほしい。
本作は“世界三大映画祭”のひとつである第76回ベルリン国際映画祭で、ジェネレーション部門に正式出品。ワールドプレミア上映され、観客は万雷の拍手と歓声で本作を評価した。
ベルリン国際映画祭での模様
ベルリン国際映画祭での模様
通常、権威ある映画祭に選出されるのは実写の芸術作品や、独立した新規のストーリーであることが多い。
一方で今作は「アニメーション」かつ「続編」。ベルリン国際映画祭に選ばれること自体が“異例の事態”だと言える。
ルビッチ(右/声:永瀬ゆずな)と、今回の相棒とモフ(声:MEGUMI)
また別の言い方をすれば、今作が「局地的なファンに向けたキャラクター映画」ではなく、海の向こうの審査員たち(それも世界最高峰の目利きたち)の心を純粋にとらえた、とも言えるかもしれない。
そんな「お墨付き」を手に、この物語は3月27日、日本公開を迎える。
【レビュー】「大人も泣ける」の評判に偽りなし――
前作以上に“もっと好き”を、今すぐ伝えずにいられない
千年砦
ここからは筆者が映画館で体験した「映画 えんとつ町のプペル 約束の時計台」を、包み隠さず語っていく。
なぜ私たちは、これほどまでに泣かされてしまうのか?
【大人にこそ、刺さる①:誰しもが抱く“切ない思い”が泣ける…】
会えなくなった大切な人と、もう一度会いたい――ルビッチの、プペルと再び会うための冒険と葛藤が、筆者の心を撃ち抜いた
ルビッチとプペル(声:窪田正孝)
・あらすじ
えんとつ町が星空に包まれた奇跡の夜から1年。大切な親友プペルを失った少年ルビッチは、再会を信じ続けていた。
しかしルビッチは最近、プペルの話をしなくなった。以前はプペルの部品を組み立てたり、ゴミ山に行ったり、忙しなく動いていた。でも、今はしない。
「このままじゃいけない」と、過去に縛られず一歩前に踏み出しはじめていた。
そんなとき、ルビッチは奇妙な世界に迷い込む。
時を支配する謎の異世界「千年砦」。“11時59分で止まっている不思議な時計台”があり、そのせいで世界全体の時間も止まってしまっていた。
その世界の重鎮はルビッチを「待っていた」という。彼が元の世界に戻るため課せられた使命は、止まった時計台を動かすこと。時計が止まった謎を追ううちに、100年間“ある人”との約束を待ち続ける男と出会い、物語が大きく動き始める――。
異世界の風景
会えなくなった大切な人と、もう一度会いたい。誰もが一度は抱く切実な願いが全編に染み込んでいる。
ゆえにこの物語は“映画の感動”を超えて、人生に跳ね返ってくるのだ。
【大人にこそ、刺さる②:“メッセージ”にハッとする】
待つことは、何もしないことじゃない。無駄だと思っていた“待つ時間”が、愛おしく輝き出す映画体験。
私の胸のど真ん中に真っ直ぐ届いたのは、作品のメッセージだった。
冒険の果てに、ルビッチは100年もの間約束を信じて待ち続け、動かなくなった時計台に住むガスという男と出会い、「待つことは、何もしないことじゃない」ということを知る。
(※具体的なシーンをさらに挙げて例示したいところだが、ルビッチが気づきを得る過程に大きな感動があるので、ネタバレを避けるため詳述しないことにする。ぜひ映画館で目撃していただければ幸いだ)
11時59分で止まってしまった時計台
さらに物語はこうも囁く。
待つことは受け身の行為ではない。
相手を信じ抜き、そして帰ってくると信じ抜く、
勇気ある能動的な行為なのだと。

衝撃を受けた。私自身、目に見える結果や効率を求める今の風潮に流され、待つことはどこか受動的で、ネガティブな浪費だと思い込んでいた。しかし本作は「無駄なんかじゃない」と力強く宣言する。
私の人生にあった、そしてこれからもやってくる“待つこと”が、突如として愛おしく、輝き始めるのを感じた。映画を多く観ていると、生き方や価値観を塗り替えてしまう瞬間に遭遇する。そんな“魔法”が、今作にもあったのだ――!
【大人にこそ、刺さる③:情動をブーストする“仕掛け”が満載】
“再会できるか”ではなく“いかに再会するか”という物語展開が巧み! そして「帰ってきたドラえもん」級の熱演が、感情をこれでもかと揺さぶる。
通常のストーリーであれば「ルビッチとプペルは再会できるか否か」という“結果”に焦点を当てるだろう。
しかし今作は、(ネタバレではないのであえて書くが)そうではなく
「いかに再会するか」
という“プロセス”に力点を置いている。これが「非常にうまい!」と膝を打つ思いだった。

というのも観客は、不確定なサスペンスに気が散らず、ルビッチの純粋な感情の機微にどっぷりと入り込み、最高出力で感動を体験できるからだ。
そしてその選択は実際に奏功している。記事冒頭で私は「席からしばらく立ち上がらずにいた」と書いたが、私以外にも、座席にとどまる何人かの姿があった。
ナギ(左/声:小芝風花)と、ガス(声:吉原光夫)
さらに物語の秀逸さはこれだけではない。ルビッチの冒険の合間に、人に化けた植物ナギと時計師ガスが出会い、心を通わせていく様子がサブプロットとして挿入されている。
最初は「唐突になんだこれは……」と訝しく思う。しかし、最悪の初対面から徐々に互いが“かけがえのない存在”となっていく過程が、ある瞬間にルビッチと運命的に交錯。「信じて待つ」というテーマと美しくも切ない二重奏を奏で、終盤に向けて感情のうねりを何倍にも増幅させていくのだ。
異世界に襲来する“怪物”…?
この2人の物語はともすれば長編映画1本に仕上げられるほど充実しているが、あえてサブプロットとして機能させる大胆さ。ベルリン国際映画祭の審査員たちも、きっとこの作劇に舌を巻いたに違いない。

そして何より、ルビッチの声の演技に感情を根こそぎ持っていかれた。
今作では永瀬ゆずなが生命を吹き込んだその切実な叫びは、まるで名作「帰ってきたドラえもん」(1998年公開)で、のび太がボロボロになりながらジャイアンに追いすがるシーンを彷彿とさせ、胸が燃えるほどにアツくなる――!
今作ポスターには「大人も泣ける」というキャッチコピーが記されているが、まさにそのとおり。物語構造の仕掛けと、一方でテクニックや計算を超越した熱演が融合することで、私たちの感情の防波堤はいとも簡単に決壊させられる。
【大人にこそ、刺さる④:やっぱり“映像”がただただ圧倒的】
語らずにいられない! 日本のアニメーションの到達点のひとつ。大スクリーンで浴びるべき、執念すら感じる「星と月と夜」がすさまじかった
声優陣に藤森慎吾、伊藤沙莉、東野幸治、お笑いコンビ「錦鯉」、森久保祥太郎ら豪華な面々が参加
スマートフォンやテレビではなく、映画館で観るべきと言える理由が「圧倒的な視覚体験」だ。
STUDIO4℃によるアニメーションは圧巻という言葉では足りない。いくら斜に構えて観たとしても「これはすごい」と感じ入るに違いない。
例えば映画冒頭。プペルに会いたいルビッチの心情を、まさかいきなり、こんな形で表現するとは。ほかにも数百枚の瓦が一斉に滑り落ちる、心躍るアクションシーン。異世界の海で黄金色に輝く無数の船がぬうっと姿を現す幻想的なシーン……。
千年砦を統べる女王ネズミ(声:土屋アンナ)
どのショットも息を呑むほどの完成度で、ひとつひとつが絵画のように美しい。
特に“異世界の夜”など、巨大なスクリーンからこぼれそうな満月が天空に輝き、崖にはりつくように形成された町並みが月明かりに照らし出される。そんな風景はゴッホの「星月夜」や「夜のカフェテラス」といった名作絵画を想起させた。
アニメーションという表現手法の“根源的な凄み”が直撃する――それだけでも鑑賞料金の元が十分に取れるほどの体験を、ぜひ味わってほしいと思う。
【大人にこそ、刺さる⑤:心に留めたい“気づき”が多くあった】
“失敗とはうまくいかないことではない。挑戦しないことである”――細部にまで“発見”だらけ。だからこそ持ち帰れるものが多い、爽やかで豊かな鑑賞後感
ルビッチを手助けする双子の発明家(声:山寺宏一)
レビューも終盤、そろそろまとめねばならないが、おまけとしてもうひとつだけ。
中盤で登場する双子の発明家(CV:山寺宏一の一人二役の達人芸が炸裂!必見!)が放つ言葉が、個人的にハチャメチャに刺さってしまった。
「失敗とはデータを得られないこと。挑戦しないとデータは得られない。今回はうまくいかないパターンを経験できたのだから、これは成功である」

こうしたセリフがとても多くあり、仕事や日常で課題と解決に向き合う大人の胸に深く突き刺さる。
私自身、家に帰れば妻や5歳の息子が待っている。おもちゃ遊びやゲーム、勉強がうまくできずに悔しがる彼らにも、いつかこんな風に「挑戦することの本当の意味」と「失敗はただのデータなんだよ」と教えてあげたいと心から思った。

「映画 えんとつ町のプペル 約束の時計台」はただのファンタジーではなく、細部にちりばめられた無数の発見が、私たちの現実に確かな「気づき」を与えてくれる。
だからこそ持ち帰れるものが多く、爽やかで豊かで、満足度の高い映画体験になっているのだ。
●最後に:ルビッチとプペルに訪れる“結末”を、ぜひ映画館で。
本作は「ちゃんとお別れしないと、残された者が前に進めない」と観客に語りかけてくるようでもあった。
さらには、いないということは、いるということよりもずっと強く、深く、その人のことを意識し続けてしまうことなんだ、とも。
ルビッチの数奇で美しい冒険。純粋な願いが引き起こす奇跡。
どうか劇場のスクリーンで、あなた自身の目で見届けてほしい。
これは、もう一度、君に会うための、「信じて待つ」物語。
