「せっかく作るなら最高に美味しいものを」という意気込みが、実は自炊を挫折させる最大の要因だ。毎日の食事に過度な美味しさを求めると、脳は疲れ、料理自体に飽きてしまう。なぜなら、「ハレ(非日常)」と「ケ(日常)」の区別がついていないからだ。佐々木俊尚氏の新刊『人生を救う 名もなき料理』から、過剰なスペックを捨て、日々の食卓に平和をもたらす究極のマインドセットを紹介する。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)
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日々の食事で一番大切なこと
書籍の冒頭で、名もなき料理の第二原則「過剰な美味しさを求めない。毎日食べ続けられるひと皿を」のメリットとして、「健康に良くて飽きない」ということを挙げた。
強いうま味には、その料理に飽きやすいという問題がある。この問題を乗り越えることが、日々の食事にはとても大事なのだ。
なぜなら飽きてしまうと、日々の食事を用意するのがたいへんになる。手を替え品を替え、新しい料理を編み出さないといけなくなる。
「飽きやすい料理」が負担を増やす
たまに食べに行くラーメンなら飽きても問題ないが、日々の家庭料理で「飽きやすい」というのは重要問題である。
なぜなら飽きてしまったら、他の料理を考えなければならないからだ。
淡々と続いていく日常の暮らしの中で、なるべく料理はシンプルにしたい。できれば毎日同じものでもいい。たくさんのレシピを覚えなくてもいいし、作るのにも頭を使わないで済む。
過剰なうま味を求めるのは、飽きる要因
わたしは朝ごはんはいつも同じような献立ばかりである。
白米か玄米のご飯と味噌汁、自家製の浅漬け、それにハムかソーセージか卵焼きを添える。あるいはうどんかそば。
こういう朝ごはんをもう20年以上も繰り返し食べているが、「飽きた」と感じたことは一度もない。過剰なうま味を避けているからだ。
毎日の食事に感動を求めるから、人は料理に疲れ、飽きてしまう。家庭料理の正解は、どこまでも「普通で飽きない味」にあるのだ。
(本記事は、書籍『人生を救う 名もなき料理』を抜粋・再編集したものです)
佐々木俊尚(ささき・としなお)
1961年生まれ、文筆家。テクノロジーから政治、経済、社会、ライフスタイルにいたるまで縦横無尽に発信している。現在は東京・長野・福井の三拠点生活を送り、コロナ以後に注目されてきている移動生活の先駆者でもある。妻は、イラストレーターの松尾たいこさん。一緒に暮らし始めたときから、料理は全面的に担当。その毎日の食卓を織り交ぜつつ、手際のよい調理の仕方、献立の立て方などを紹介した著書『家めしこそ、最高のごちそうである。』(マガジンハウス)は、大きな話題を呼んだ。『人生を救う 名もなき料理』は、12年ぶりの料理関連の書き下ろしとなる。
