衝撃を受けた宇多田ヒカルへの想い、創作活動の変化とは
――わかりました。ここから少し音楽の話について聞かせてください。朝井さんは宇多田ヒカルさんに思い入れがある、と。
朝井:はい。大好きです。
――以前にSpotifyでやった「宇多田ヒカル:ArtistCHRONICLE」という番組にもコメントを寄せていただいたと思うんですが、実はあの番組、ジェーン・スーさんと僕がパーソナリティをつとめさせていただいたんです。
朝井:そうでしたね! その節はありがとうございました。初めてSpotifyの本社に行けて楽しかったです。
――その時にも「Deep River」がとても好きな曲だったということをおっしゃっていましたが、改めて、宇多田さんとの出会いやその衝撃はどんなものでしたか?
朝井:「Deep River」を聴いた時は13歳で、中学1年生でした。『DEEP RIVER』が発売された時期に、CDショップの試聴機で聴いたんです。サビの「いくつもの河を流れ わけも聞かずに 与えられた名前とともに」というところに差し掛かった時、ずっと自分が抱いてたものに言葉が当てはまったような感覚があって、試聴機の前で動けないくらいびっくりしてしまって。「何、この曲!?」と。もちろんそれまでにも宇多田ヒカルさんの曲は聴いていたけれど、その感覚は初めてで、今でも忘れられません。宇多田ヒカルさんの歌詞とか、あるいは私が好んで読む小説もそうなんですけど――私は悩みが解決する話とか、痛みを乗り越える話みたいなものがあんまりしっくり来ないんですね。それは私にとって推進力が強すぎるんだと思います。まさに、「わけも聞かずに 与えられた名前とともに」、「いくつもの河を」ただ流させられているという感覚に強い共鳴を抱くんですね。宇多田さんの楽曲を聴いていると、自分にある大きな欠落を何かで埋めようとはしないで、その欠落がある景色を自分の人生だと受け入れるというイメージが湧くんです。「山あり谷あり」の「谷」をそのまま谷として見つめられる静かな逞しさって、特に当時の私にとって初めての感覚だったんですよね。そういう歌にはその後も多くは出会えていなくて、ずっと宇多田さんの曲を聴き続けています。
――その感覚について、ご自身の執筆に何らかの影響があったということは感じますか?
朝井:感じます。ただ、デビューしてからしばらくは、読者をちゃんとおもてなししようという思いがとても強かったです。まず読者を獲得しないと、とか、痛みを乗り越えるくらいの推進力を持つ話じゃないとわざわざ時間とお金をかけて読んでもらえないのでは、とか、いろいろ考えていました。芥川賞と直木賞でいうならば直木賞側の賞でデビューしたこともあり、ちゃんと起承転結ある、いわゆるエンタメ小説、大衆小説と呼べるものを書かなきゃっていう気持ちが強かったです。でも、年齢を重ねていったり、宇多田さんが作られる音楽をずっと聴き続けたりすることで、少しずつ変わっていった。痛みを乗り越えるのではなく、むしろ痛みがある状態が細やかに描かれている創作物に自分がこんなにも救済を感じるのならば、そういうテイストのものでも意外と人は読んでくれるのではないかと思うようになりました。「こんなの書いて誰が面白いと思うんだろう」と思うものに対して、だからこそ形にしてみようと思えるようになっていきました。
――それが先ほどおっしゃった『どうしても生きてる』、『死にがいを求めて生きているの』からの変化である。
朝井:そうです、それ以降くらいからだと思います。
「目に見える大衆性」と「目に見えない大衆性」
――おっしゃるように、以前の朝井さんはそこに大衆性がないという直感や考えがあったのではないかと思います。でも、そうではなく、むしろここに大衆性があると気付いた瞬間もあったのではないかと思います。そのあたりはどうでしょうか。
朝井:その通りで、昔は目に見えるものやはっきり言語化して打ち出せるもの、起承転結がきっちりあって企画書やあらすじで説明しやすい要素が大衆性だと思っていました。でも今は、そういう「目に見える大衆性」と同様に、「目に見えない大衆性」もあると思うようになりました。絶対に誰にも言えないこと、死ぬまで誰にも知らせてたまるかと心に決めていること。そういうことって、目には見えないし高々と掲げられないけれど、実は多くの人が抱えていますよね。私が宇多田さんの曲を聴いている時も、自分の中のそういう部分と楽曲の何かが響き合ってるような気持ちになるんです。
――この話を踏まえて、『イン・ザ・メガチャーチ』は、今おっしゃった「目に見えない大衆性」と、ファンダム経済がテーマであるという時代性においての「目に見える大衆性」が、両方ある作品だと思いました。
朝井:それを目指していたので、すごく嬉しいです。前作『生殖記』は、さすがに小説として読みづらすぎたのではないか、という反省があったんですね。その後にすぐ『イン・ザ・メガチャーチ』の連載が始まったんですけど、反動もあって、もうちょっと小説として面白がっていただけるものを書きたい気持ちがありました。『イン・ザ・メガチャーチ』は、わかりやすいあらすじや掲げやすいテーマもあるけれど、同時に「目に見えない大衆性」を捉えることも意識していました。

――音楽の話に紐づけるならば、『ASAYAN』でオーディション番組に夢中になった子供の頃の朝井さんと、宇多田ヒカルの「Deep River」に撃ち抜かれた朝井さんの両方が、1つの作品の中にいるというような、そんな感じを読んで受けました。
朝井:そうですね。一見ポップでカラフルなんだけど、よく見たら1個ずつは変な色だったみたいな。そういう作品を目指しました。
予想外に反響があった「視野」というキーワード
――作品の中でのキーワードでもある「視野」についても聞かせてください。「視野の狭さをあえて選び取る」っていうのが、すごく現代的なテーマだなと思ったんですが、ここに関しては、本を出した後の反響も含めてどんな風に感じていらっしゃいますか?
朝井:書き始めたのが2022年ということもあって、執筆中は発売付近の社会の状況を想像できていなくて。なので、今「視野」というキーワードに多くの反響をいただいているのが意外な気持ちもあります。この本を出版した後に宗教学者の柳澤田実さんと対談する機会をいただいたのですが、柳澤さんはアメリカのメガチャーチを研究されていて、そこでも「実際に行動を起こしている」という点で宗教右派に若者の注目が集まっているというお話をうかがいました。プラスかマイナスかは一旦置いておいて、何かしら行動はしているという、絶対値が0から数字が離れているということ自体が重視される感覚に国境は関係ないのかもしれないと、その時に感じました。
――これも批評的な読みではあるんですが、僕は米津玄師さんの最新曲の「IRIS OUT」についてのインタビューをさせていただいていて。あの曲は『チェンソーマン レゼ篇』の主題歌ですが、米津さんはそれと同時に、推しという文化について考えることがあって書いたと仰っていた。「IRIS OUT」というのはまさに「視野狭窄」という意味が込められているタイトルなので、実は『イン・ザ・メガチャーチ』と「IRIS OUT」は、どちらも視野の狭さを書いた作品という風に結びつけることができる。偶然の一致かもしれないですが、推しやファンダムカルチャーに向き合うと、モチーフとして掴み取るものが共通するのではないかとも思いました。
朝井:そのインタビュー、私も拝読しました。性愛的な要素を脱臭した結果としてできた言葉が「推し」なのでは、みたいに話されていたものですよね。たしかに何かをウォッシュするという目的で新しい言葉が生み出されることは多いと思いますし、『イン・ザ・メガチャーチ』では異性のアイドルを応援する異性愛者の語り手が出てきますが、その語り手が対象を「推し」と定める理由として、恋愛感情を意識的に排除しているんです。なので、すごく共感するインタビューでした。あと、何かしらの文化について考えることがあって書いた、という語りも興味深いです。今の社会を覆う文化や現象そのものに注目すると、今、自分たちは何の上に立っているのかっていうことを要素分解していくことになる。フィクションって、その文化や現象の上で何かを果たしたり達成したりする人の道程を描くものではあると思うのですが、私は今、土台の要素分解のほうにロマンを感じてしまっているんですよね。「でもそれだと誰かの背中を押すような物語にはならないんだよな」とか思うんですけど、そのような作り手は意外と多いのかもしれないですね。
――「IRIS OUT」の歌詞には「蕩尽」という言葉があるんです。「使い切る」とか「すっからかんになる」という意味の言葉で、これも実は『イン・ザ・メガチャーチ』で国見というキャラクターが言っていた「皆、自分を余らせたくないんです」という言葉と不思議とリンクしている。そういうところの共通点もあるように思います。
朝井:確かにそうですね。調べてみたら、発売日もほぼ同時期なんですね。10年くらい前、『何者』という作品が映画になった時に、米津さんに主題歌の「NANIMONO(feat. 米津玄師)」を担当いただいて。米津さんの中でそれがどれくらいの記憶として残っているかは全くわからないですが、私は、小説の内容に共感する部分が多かったというコメントも含めて、当時のことをよく覚えています。それから約10年を経てキーワード的に重なる部分があるというのは、私はなんだか励まされます。同時多発的に全然違うジャンルで、「これってこういうことなのかな」と気になっていたことがテーマになっている作品が出てくると、勝手に嬉しい気持ちになるんです。
