「顧客の要望なのに、エンジニアがなかなか動いてくれない」と、思ったことがある営業は少なくない。『話が長いエンジニア、答えを急ぐ営業 すれ違いを武器に変える「仲介思考」の育て方』(日経BP)著者の水谷享平氏は新卒でGoogleに入社して以来、エンジニアと営業の「仲介役」を果たしてきた。エンジニアを味方につける「仲介思考」について聞いた。
エンジニアがなかなか動いてくれない
前回
はエンジニア視点での話をしましたが、営業は顧客と直接やりとりをしているので、見えている景色が違います。「顧客の要望なのに、エンジニアがなかなか動いてくれない」と、やきもきした経験がある方もいるのではないでしょうか。
営業の立場からつらいのは、自分でコントロールできないのに、自分に責任が発生することですよね。これは営業に限らず、カスタマーサポートチームでもある話です。顧客の声をエスカレーションしても、優先度が高くないと判断されて対応されずに、顧客から怒られるのは最前線の窓口に立つ人間…という具合です。
でも開発側の視点に立つと、一般的に、開発タスクって山のように積み上げられているものなのです。それこそ何十、何百もの要望やバグリストがあって、それらを全部飛び越えて一番にしてもらうというのは、なかなか難しい。「じゃあ無理じゃないか」とも思ってしまうんですが、急ぐあまりにやってしまいがちな「やめたほうがいい伝え方」はあります。

「相手の仕事を簡単だと見積もる表現」には要注意です
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それは「サクッと」「パパッと」のように、「相手の仕事を簡単だと見積もる表現」です。「これ、簡単に直せると思うので急ぎでお願いします」のような感じですね。エンジニアだけでなく、デザイナーやイラストレーターなど、クリエイティブな制作物に携わる方に対しても同じかもしれません。「このイラストのポーズだけ変えてもらえますか?」のように。
こちらとしては悪気はなくて、相手の負荷が軽いことを強調して何とか対応してもらいたいという思いがあるのかもしれませんが、実際はそんなに簡単な仕事ではないということは多々あります。「自分の解像度が高くないことに対して、甘く見積もった発言をしない」という意識は大切です。逆に、簡単そうな仕事でも「これ、大変だと思うんですけれど……」と伝えたほうが、「いや、簡単にできますよ」という反応になってすぐに解決することもよくあります。
なぜ社内だとすれ違うのか
営業やセールスの方は、いわばコミュニケーションのプロフェッショナルのはずです。それがなぜ社内だと衝突してしまうのかは、考えてみると不思議ですよね。営業先の顧客に対して衝突を繰り返す人はほとんどいないはずです。
それは無意識に「同じ組織の人ならば、同じ目的を共有しているはず」という前提に立ってしまうからです。社外の人とは、コンテクスト(文脈、状況)がそろっていない前提でコミュニケーションをするので、相手の事情をよくヒアリングして、ていねいに擦り合わせていきます。それが社内になると「当然そろっているはず」と思い込んでしまうんですね。「社内でも実はコンテクストはそろっていない」という認識が大事です。

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その認識さえできれば、営業の方は書籍で紹介している「仲介思考」を実践するのは簡単かもしれません。むしろ、相手の背景やニーズを探ってうまく合わせていくというプロセスは、得意分野のはずです。「何で社内の相手にそんなに面倒なことをしなければいけないんだ。今期に大型案件を受注するのが最優先というのは、全社会議でも言っていたじゃないか」などと思うかもしれません。ただ、それはお互いさまで、例えば開発チームから「今期はプラットフォームの移行とデータベースの統合を行います」と言われたとき、それがどれほど重要で大変なことなのか、肌感覚としてピンとこないこともあるのではないでしょうか。その事柄に対する興味や解像度が違うと、同じ説明を受けても同じ情報を受け取ったことにはなりません。
エンジニアが味方になれば提案力も格段に上がる
そうは言っても社内なので、一番大きなゴールは共有していると考えていいと思います。エンジニアが「厄介な敵」ではなく「心強い仲間」になってくれたらいいですよね。技術の後ろ盾があって、自信を持って話せる営業は貴重ですし、顧客から見たときの信頼度も段違いに変わってくると思います。異なる専門性を持った人たちが一緒に働く意義は、まさにそこにあると思います。
メリットはほかにもあり、エンジニアの事情や考えを継続的に聞くことで、自社商材のこれまでの経緯や現在地、未来の流れといった文脈をより深く理解できるようになります。それは営業トークにも生きますよね。また、顧客と違って社内のコミュニケーションはスポットではなく継続的な関係なので、基本的な部分を一度擦り合わせられれば、次はそれまでの蓄積をベースにして続きから話を始められます。
今はAIが高品質な提案資料を一瞬で作ってしまう時代です。業界や市場、競合などの一般的な情報を調べる能力はどんどん不要になっていくかもしれません。それでも「今、クライアントの部長が何を考えているか」「これまで社内・社外でどんな話をしてきたか」といった、インターネットに存在しない個人のコンテクストはAIには絶対に分かりません。それらをうまく引き出して、エンジニアに実力を発揮してもらう仕事は、人にしかできません。これまで以上に「人と向き合う」ことが大切になっていくと思います。
取材・文/西 倫英(日経BOOKSユニット第2編集部)構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/小野さやか

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発行日:2026年2月27日
著者名:水谷享平 著
