3月3日、歌舞伎俳優の中村壱太郎&尾上右近主演による花形歌舞伎 特別公演『曽根崎心中物語』が、京都・南座で初日を迎えました(25日まで)。元禄時代に起きた実在の心中事件をもとに近松門左衛門が一気に書きあげ、なんと翌月には人形浄瑠璃で上演されたと言われる同作。昨年大きな話題となった映画『国宝』のクライマックスにも登場した演目でもあり、「歌舞伎で観てみたい」と思う初心者たちの熱が冷めないタイミングでの上演は、近松にも負けないスピード感!

チケットもほぼ完売で、ヒロインの名台詞「死ぬる覚悟が聞きたい」を生で聴いてみたいという方はぜひ、わずかに残る見切れ席を急いで狙うべし。中村鴈治郎監修のもと二人のラブストーリーに焦点を合わせ、スピーディーに展開する “曽根崎”が誕生しました。壱太郎&右近がお初&徳兵衛を役替りで演じる趣向、両バージョンが一挙に世に放たれた初日レポートを送ります。

印象の違う両バージョンは見比べる価値あり!

醤油商平野屋の手代である徳兵衛と遊女お初は恋仲。しかし平野屋主人は、甥である徳兵衛の縁談を進めていました。すでに持参金を受け取った徳兵衛の継母は支度金を受け取り、無断で縁談を進めようと画策。それを知った徳兵衛が縁談を断ると、叔父は激怒し「支度金を返済せよ」と徳兵衛に迫ります。徳兵衛はどうにか継母から金を取り戻しましたが、友人である油屋九平次に金を騙し取られ、仲間の前で汚名まで着せられ、恋も金も義理もいき詰まった二人は心中を決意し……。

午前の部に観たのは壱太郎お初&右近徳兵衛の《桜プロ》。壱太郎のお初は、徳兵衛をぐいぐい引き込む「運命の女」の艶やかさ。右近の徳兵衛は純粋で不器用でまっすぐ。二人は目と目が合うだけで“真空状態”のようになり、この世に頼るものはお互いしかない――という、あやうい情念が燃えさかるように見えました。見てはいけないものを指の隙間から見るような、アツアツホットなバージョン。

午後の部は右近お初&壱太郎徳兵衛の《松プロ》。右近お初はエネルギッシュで瑞々しい、命の弾力を感じる溌剌とした少女のような愛らしさ。壱太郎の徳兵衛は優しく繊細でノーブル。若い生命力に溢れた二人が一途に相手を思いやりながら悲劇に突っ走る様はやるせなく哀しく、「どうして幸せになる道がなかったのだろう!」と胸がかきむしられるようなバージョン。

1日のうちに男女逆転の役を演じてしまうなんて離れ技ができるのは、歌舞伎ならでは。こんなことをやってのける、二人のバイタリティにびっくりしました。映画でも話題となった、お初が軒下に隠れた徳兵衛に覚悟を問い、言葉なしに男が女の足に決意を伝える官能的な名場面では、劇場中が静まり返り、ピーンと集中している空気に。通常女方は立役よりも一歩下がるのが一般的ですが、心中のために曽根崎の森へと急ぐ場面では、お初が徳兵衛の手を引っ張って花道を引っ込みます。これは二代目鴈治郎の徳兵衛、二代目(中村)扇雀(四世坂田藤十郎)がお初を演じた際、客席から「早く、早く」と声がかかり、すっかり興奮して逆転して駆け出したアクシデントから生まれた型だとか。

鴈治郎監修が冴えわたる

鴈治郎監修のもと、お初徳兵衛のラブストーリーを軸にわかりやすく人物を整理し、初心者にも優しい構成となった今回。冒頭、普段は上演されない「観音廻りの場」が入り、プロローグのような場面に仕立てられています。「色で導き、情けで教え、恋を菩提の橋となし、渡して救う観世音」となる――お初をこの世に召喚するようなオープニングと、この上演で復活されたもう一つの場面「梅田橋の場」(二人が橋を渡って深い闇の中へ消えていく場面)や、ラストの「未来成仏疑いなき、恋の手本となりにけり」と呼応する巧みな構成にも唸ります。卯花月夜うのはなづきよの中、浮世の全てのしがらみや苦しみから解放されるような二人を描く場面は幻想的で、もしかしたら彼らの魂は救われたのかもしれない……と思えました。この物語は信心深かったという近松が、若く命を散らした二人に向けて書いた鎮魂歌かもしれません。今作では照明と義太夫の使い方も大変印象的で、よく知る曽根崎をまた新たに知っていくような感覚に。終幕は、桜と松両バージョンで少し違う演出になっていました。

初心者にも優しいトーク付き

全ての公演に「花形歌舞伎特別対談」がついており、壱太郎と右近による軽妙な掛け合いによるトーク、質疑応答、写真撮影可能なコーナーなど、初めて歌舞伎を見た方たちにもグッと身近に感じられたはず。日によってはゲストが飛び入り出演することもあるそうで、筆者が見た初日の松プロでは鴈治郎が登壇。言葉の端々から作品を後世に残すことを意識して監修したことが伝わってきて、グッときました。

3月の南座は2021年以来、壱太郎が中心となって若手が活躍する意欲的な公演を上演する月なので、今回歌舞伎を初めてご覧になり、「また観てみたい」という初心者の方にはピッタリ。ちなみに南座では5月に「歌舞伎鑑賞教室」も開催するので、ぜひ今後の関西での歌舞伎公演にもご注目を。敵役の九平次を演じる片岡松十郎(朝ドラ「おちょやん」で篠原涼子演じる女将シズの昔の思い人を演じていた二枚目です)、丁稚長蔵&下女お玉というコミカルな役を役替りで演じる上村吉太朗と中村翫政をはじめ、『曽根崎心中物語』の脇役陣は上方の役者を中心に配役。全員が生き生きとした演技を見せ、こちらも大いに楽しみました。トークコーナーでの壱太郎&右近の言葉を借りれば「ぜひ、推しを探してください!」(ライター・川添史子)

開幕前には2人が劇場前に姿を見せイベントを行いました。写真左から右近、壱太郎。右は南座人気のゆるキャラ、みなみーな

花形歌舞伎 特別公演

会場:京都・南座(京都市東山区四条大橋東詰)

日程:2026年3月3日(火)~25日(水)
午前の部は午前11時、午後の部は午後3時
※7日午後6時30分追加、日程詳細・休演や貸切公演などはHPをご確認ください

観覧料:一等席12,000円、二等席7,000円、三等席4,000円、特別席13,000円

詳しくは公式サイトへ。

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