パク・チャヌク監督「失業者の気持ちわかる」 イ・ビョンホンがサラリーマンの悲哀演じ新境地画像1

名匠パク・チャヌクが、「JSA」でタッグを組んだイ・ビョンホンを21年ぶりに主演に迎えた最新作「しあわせな選択」が3月6日公開される。2025年・第82回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品であり、第50回トロント国際映画祭で新設の「国際観客賞」を受賞した本作は、突然の解雇で人生が一変するサラリーマンの姿を描いたサスペンスドラマだ。

主人公マンス役を演じるイ・ビョンホンは、突如窮地に陥った男がとんでもない起死回生の策を実行していくさまをコミカルに、時にシリアスに好演し、本作でキャリア円熟期の新境地を拓いた。パク監督は自身の仕事に誇りを持つ男性の失業、家庭内での役割の重荷など普遍的かつヘビーな要素も、アイロニーとブラックユーモアを交え軽やかに活写。パク監督ならではの、手に汗握るような、緊張感みなぎるノワール描写も健在で、過去作のセルフオマージュを感じさせるシーンも見逃せない。来日したパク監督に話を聞いた。

画像2

――今作はドナルド・E・ウェストレイクの小説「斧」が原作で、2005年にフランスのコスタ=ガブラス監督も映画化した作品です。元々パク監督は米国での映画製作を希望されていたものの叶わず、韓国で作られることになったそうですが、最初の監督と原作との出会い、そして映画化への思い入れを教えていただけますか。

パク・チャヌク:まず、2005年から2006年頃にこの原作小説が韓国語に翻訳されました。私の人生のベスト10に入る映画「殺しの分け前 ポイント・ブランク」という作品があるのですが、その原作者(リチャード・スターク名義)が本名で発表した作品だと聞いて、手に取ったのです。

これまでの私は、怒りにとらわれた人物が暴走し、復讐を果たすような物語が好きでした。しかし、この作品は方向性が真逆だったのです。主人公は会社から捨てられ、復讐心や悔しさもあるはずですが、自分を捨てた会社に対しては何の行動も起こしません。むしろ何の危害も加えられていない、親近感や哀れみさえ覚える同じ被害者たちに対して行動を始めるのです。出発点は同じでも、その方向性が違うというところに興味を持ちました。

画像3

――リストラを宣告され、その後とんでもない方法で起死回生を図ろうとする主人公マンスを演じたイ・ビョンホンが素晴らしかったです。彼に合わせてキャラクター設定を作ったのでしょうか。それとも、監督の中にあったイメージを彼に伝え、イ・ビョンホンが忠実に役作りを進めていったのでしょうか。

当初はアメリカ映画として作る予定だったので、イ・ビョンホンのことは考えていませんでした。当時はまだ彼も若く、年齢が合わなかったというのも理由です。ところが、アメリカでの出資が叶わず韓国映画に転換することになり、その間に彼も年を重ねて、いろいろな面でぴったり合う時期が来ました。「JSA」のあと、もう1度一緒に仕事をしたいと、お互いにそう言っていたので、このマンス役で彼を迎えるために、長い時間がかかったのではないかと思えるほどです。

ですから韓国映画にすると決めた時から、キャスティングは彼に頼もうと思っていました。しかし、その時点ではまだ韓国版の脚本ができておらず、アメリカ版のシナリオを渡したのですが、彼はすぐに「やりたい」と言ってくれました。そこから彼のことを考えて脚本を書き換えていったので、一種の「当て書き」のような形になっています。それは、脚本家としても非常に贅沢で幸せな経験でした。彼なら何もしなくても上手く演じてくれるとは分かっていましたが、これまでにあまり見せてこなかった、情けない姿やだらしないところを引き出してみたい、そんな思いもありました。

画像4

――今作で描かれるサラリーマンの悲哀は多くの日本人も共感できるテーマだと思います。しかし、パク監督は「オールド・ボーイ」でカンヌ国際映画祭グランプリ、「別れる決心」で同映画祭監督賞を受賞、今年のカンヌ国際映画祭では審査員長を務めることが決定し、世界的な映画界の巨匠として認識されています。ご自身とはまったく立場の違う人物である労働者を描くこと、また、新作を発表する際のプレッシャーは感じられますか。

私は会社員になったことはありませんが、マンスの気持ちはわかる気がするのです。私たち映画監督も、一作品ごとの興行成績によって次の作品が撮れるかどうかが決まるからです。常に不安な状態で、一つの作品が終わると潜在的な失業者になるのと同じなのです。ですから、今でも、いつもハラハラしながらその成果を待っています。

ファンの皆さんの期待については、あまり意識しないようにしています。無視しているわけではなく、皆さんに合わせようとしても合わせられるものではないと長年の経験上分かったからです。

例えば「親切なクムジャさん」の後には、「オールド・ボーイ」などを好む人から「なぜ女が主人公なんだ」と言われましたし、今作のような作品を撮ると「どうしてこんな情けない男を描くんだ」と言われたりもしましたし、また、作風が以前より「軟弱になった」と難癖をつける人もいます。このように、ファン全員を満足させることはなかなかできないのです。しかし、がっかりする人がいる一方で、新たに気に入ってくださる方々もいるわけですから、新しいファンを獲得するような作品を作っていくことも、自分にとってはやりがいのあることだと思っています。

Leave A Reply