京都・太秦「映画のまち」100年

 「映画のまち」として知られる京都市の太秦。時代劇づくりの舞台としても歴史を重ねて、今年でちょうど100年になります。映画やテレビの時代劇は、どうやってつくられているの? 朝小リポーターふたりが、太秦の東映京都撮影所をたずねました。(編集委員・別府薫)

映画『木挽町のあだ討ち』撮影の裏側2

2月27日公開の映画『木挽町のあだ討ち』から、主演の柄本佑(えもと・たすく)さん。江戸のしばい小屋を舞台に、あるあだ討ちをめぐるミステリーをえがきます。共演は渡辺謙(わたなべ・けん)さんほか。撮影所と映画村で約2か月かけて撮影しました ©2026「木挽町のあだ討ち」製作委員会 ©2023 永井紗耶子/新潮社 配給:東映

 「日本のハリウッド」の異名も

撮影所では11棟のスタジオのほか、となりの東映太秦映画村にある江戸の街のセットも使って、映画やドラマがつくられています。

この地に撮影所ができたのは、1926年。当時の映画スター阪東妻三郎がつくり、「日本のハリウッド」とも呼ばれました。時代劇映画は大人気で、最もさかんだった1958年の観客数はのべ約11億3千万人。当時の人口で計算すると、日本人1人が年に12回以上映画を見たことになります。

「立ち見のお客さんがいっぱいで、映画館のとびらが閉まらなかったほどでした」。撮影所に60年以上つとめる俳優の峰蘭太郎さん(77歳)が、リポーターたちに教えてくれました。

1960年ごろに家庭用テレビが広まると、時代劇も映画からテレビへ。撮影所は大いそがしで、峰さんは朝はさむらい、昼は農民、夜は忍者の役と、何本もドラマをかけ持ちしました。「何もかもがかがやいていたあのころを思い出すと、いまもがんばろうと思えるんです」と、なつかしそうにふり返ります。

東映京都撮影所に潜入! 時代劇支える職人の技

映画『木挽町のあだ討ち』撮影の裏側1

取材したわたるさん(3年、左)とりょうさん(5年、右)=2月8日、京都市 村岡暢哉撮影

「斬られ役」の極意
俳優・殺陣・所作指導 峰蘭太郎さん(77歳)

映画『木挽町のあだ討ち』撮影の裏側8

峰さん(右)に刀のかまえ方を教えてもらいました=2月8日、京都市 村岡暢哉撮影

死体になり「見て覚える」

「きられたらいたくないですか?」とたずねると「いたそうに見えるのは演技で、ギリギリのところで止めているのです」。主役を引き立てる「斬られ役」として技をみがいた峰さんは、こう説明します。

刀をかまえて、縦横ななめと「米」の字をえがく修業から始まり、刀の「寸止め」を身につけました。ときには死体の役になることも。「そこからチャンバラを見て覚えるんだよと、先輩にいわれました」

映画『木挽町のあだ討ち』撮影の裏側3

2月8日、京都市 村岡暢哉撮影

ちょんまげは何でつくる?
メイク・床山 山下みどりさん(55歳)

映画『木挽町のあだ討ち』撮影の裏側5

2月8日、京都市 村岡暢哉撮影

本物の人の毛でかつらに

さむらいのちょんまげは、人間のかみの毛(人毛)を使ってかつらをつくります。熱したコテをかみに当て、のばしながら結い上げていきます。かつらをつけるときは俳優のかみの毛となじませて、自然に見えるように工夫します。

さむらいか町人か、やさしい人かこわい人か。かつらとメイクで、ちがう人に見えます。役になった姿を見て「かっこよくできた、きれいにできたというときは、達成感とひそかな自己満足がある」と山下さんは笑います。

映画『木挽町のあだ討ち』撮影の裏側13

かつらをつけるようすを見学。俳優さんは「すごくていねいに作業してくれるのでピッタリ。重くもないです」=2月8日、京都市 村岡暢哉撮影

この着物が赤いワケ

映画『木挽町のあだ討ち』撮影の裏側4

映画から ©2026「木挽町のあだ討ち」製作委員会 ©2023 永井紗耶子/新潮社 配給:東映

衣裳 大塚満さん(58歳)

映画『木挽町のあだ討ち』撮影の裏側14

2月8日、京都市 村岡暢哉撮影

役柄が引き立つ色選びを

映画『木挽町のあだ討ち』では、父のかたきうちをする若武者が、赤い着物を着て現れます。大塚さんは、まわりの人たちの着物には赤以外のおさえた色を使いました。白い雪が降り、道を行き交う人たちの中で、赤い着物の若武者が美しくうかびあがります。

色だけでなく、生地やがらにも工夫があります。えらい人には絹、町人は綿の着物を着せると、身分が分かります。着物のがらや色でも、登場人物の性格がちがって見えます。

ここにあるのは…?

映画『木挽町のあだ討ち』撮影の裏側6

2月8日、京都市 村岡暢哉撮影

小道具・持道具 井上充さん(55歳)

映画『木挽町のあだ討ち』撮影の裏側9

2月8日、京都市 村岡暢哉撮影

小道具ずらり お墓もさまざま

「生活のためのあらゆる道具を準備するのが、小道具の仕事です」と井上さん。古道具屋さんに見えたのは、小道具の倉庫でした。食器類や「あんどん」などの照明のほか、お墓や生首を入れる箱など、ぎょっとする道具類も並んでいました。

持道具は衣裳以外の身の回りの道具です。刀は木刀に銀紙のようなものをはって、本物そっくりに。かさは、当時の絵などを見て「江戸らしい色」を出す工夫をしました。

映画『木挽町のあだ討ち』撮影の裏側10

小道具の倉庫には、たくさんのお墓も=2月8日、京都市 村岡暢哉撮影

取材を終えて
時代劇には「びっくり」がいっぱい

東映京都撮影所で、時代劇のひみつをいっぱい知ることができてよかったです。

まずびっくりしたことは、殺陣のシーンで刀と刀は本当には当てずに、すぐ手前で止めていることです。また、木だけでなく、金属でできた刀も見せてもらいました。きれないけれど、意外にとがっていておどろきました。ほかにも、小道具にはいろいろな工夫や技術がつまっていて、びっくりしました。

かつらをつけているところも見学しましたが、かつらと頭のさかい目がわからないほど、きれいにメイクをしていたのにびっくりしました。

これからは、いろいろなびっくりを思い出しながら、時代劇をもっと楽しみたいと思います。(わたる・静岡県・3年)

映画『木挽町のあだ討ち』撮影の裏側7

本物そっくりの刀をながめるわたるさん(左はし)、りょうさん(左から2人目)、姉妹紙「朝日中高生新聞」の特派員たち=2月8日、京都市 村岡暢哉撮影

何十人ものプロが集まり映画はできる

ぼくは最初、殺陣師の先生はこわい人かと思っていました。でも、実際に峰蘭太郎さんにお会いしたら、とてもやさしい方でうれしかったです。映画『侍タイムスリッパー』に出ていた、殺陣師の役そのままの姿でした。

16歳で弟子入りしてから、時代劇がさかんなころは日に何本も撮影に入って、修業したお話は印象的でした。最後に、刀のかまえ方を実際に教えてもらえたことが、とてもうれしかったです。家でもやっています。

今回の取材で、ぼくは時代劇をつくるということは、監督と俳優だけではなく、職人と呼ばれる専門的な仕事をするプロが何人も何十人も集まって、時間をかけてつくるものだと知りました。そして、メイクの山下みどりさんがおっしゃっていた「作品をつくりあげたときの達成感」が仕事のうれしさなのかなと思いました。

映画『木挽町のあだ討ち』に出てくる森田座にも、しばいをつくるために、いろいろな役割や仕事をもっている人が集まって、撮影所と同じだと思いました。ぼくは、映画をもう一度、そんな目で見たいと思います。(りょう・岐阜県・5年)

※東映太秦映画村では、時代劇の衣裳を着て散策ができます(入場料ほか別途有料)。3月28日に「太秦映画村」と名前を変えて、リニューアル第1期オープン

解説:戦隊ヒーローもスター・ウォーズも時代劇から

時代劇研究家の春日太一さん(48歳)は、小学生のころ時代劇に夢中になりました。1980年代は、毎日のようにどこかのテレビ局で時代劇をやっていたのです。

同じころに人気だったアニメ「機動戦士ガンダム」シリーズでは、ガンダムが剣で戦います。その姿は、チャンバラとも重なりました。戦隊ヒーローものにも、時代劇のアクションは取り入れられています。「過去も未来も、子どもにとってはファンタジーの世界。想像をもりこみ、何でもできるのが時代劇のよさです」

こうしたおもしろさは、海外にも広がりました。1950年代の黒澤明監督の映画は、アメリカの映画『スター・ウォーズ』のモデルに。2024年には、アメリカ発のドラマ『SHOGUN 将軍』が賞をとって話題になりました。

いまは、時代劇の映画やドラマが減っています。「でも、配信などで過去の作品をたくさん見られるおもしろい時代になりました。家族といっしょに楽しんでほしいですね」と春日さんは話します。

春日太一さん

映画『木挽町のあだ討ち』撮影の裏側11

 映画史・時代劇研究家。著書に『時代劇入門』(KADOKAWA)など

家族と話そう

 家族が子どものころに見た時代劇が、どんなお話だったか聞いてみよう。

(朝日小学生新聞2026年2月27日付)

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