井上芳雄、奈緒、上白石萌歌らが出演する舞台『大地の子』が2026年2月26日(木)に開幕した。初日前には、開幕記念囲み取材が行われ、井上と奈緒、上白石が登壇。前日に行われたゲネプロの様子とともにレポートする。
『白い巨塔』や『沈まぬ太陽』など数々の対策を世に出してきた山崎豊子による同名小説を原作とした本作は、戦争孤児となった男の波乱万丈の半生を描いた物語。戦争孤児となった少年が、死線をさまよう苦難を経て、中国人教師に拾われ、中国人「陸一心」(ルーイーシン)として育てられる。懸命に生きる一心だったが、文化大革命を伴う大きな時代のうねりに巻き込まれていく。
主人公となる陸一心を井上、主人公の妹である張玉花(ツァンユウホワ/あつ子)役を奈緒、主人公の妻となる江月梅(チアンユエメイ)を上白石が演じるほか、山西惇、益岡徹ら実力派が顔を揃える。脚本はマキノノゾミ、演出は栗山民也が担当。
ゲネプロレポート
※以下、ネタバレも含みます。気になる方はご注意ください。
物語の舞台は、第二次世界大戦後の中国。戦後、中国に取り残された日本人孤児の勝男(井上)は、一緒に取り残された妹・あつ子(奈緒)と離別し、人身売買されたところを、小学校教師の陸徳志(山西)に助けられ、「一心」と名付けられる。
子どものいない陸夫妻は愛情を込めて育て、一心もその期待に応えようと、差別を受けながらも優秀な青年に成長していく。
そうした中、文化大革命が起こる。一心は、戦争孤児であるという理由から、無実の罪で捕らえられ、過酷な肉体労働に従事することになり、さらには冤罪まで着せられてしまう。
その後も、服役中にふとした怪我から破傷風にかかり生命の危機にさらされる一心だったが、1人の看護師・江月梅(上白石)に救われるのだった。そこから、少しずつ運命が好転していき…。

舞台『大地の子』舞台写真 (C) 2026 MEIJIZA/TOHO CO., LTD.

舞台『大地の子』舞台写真 (C) 2026 MEIJIZA/TOHO CO., LTD.
舞台は玉花による語りから始まった。第一幕では、玉花がストーリーテラーの役割を担い、時代が行き来する物語を引っ張っていく。
一心と日本企業の東洋製鉄所長の松本(益岡)の出会い、学生寮の仲間から日本の神を信仰していると追及される一心、冤罪で捕らわれた一心の刑務所での生活など、次々と場面や時代が代わり、それらシーンを集めていくことで、彼が送ってきた辛い人生が形作られていった。

舞台『大地の子』舞台写真 (C) 2026 MEIJIZA/TOHO CO., LTD.

舞台『大地の子』舞台写真 (C) 2026 MEIJIZA/TOHO CO., LTD.
それと同時に、彼を取り巻くさまざまな立場の人間の人生も語られていく。日本で育ったという華僑の男性は子どもに一杯の湯を飲ませるために、無実の罪を認めて一心と同じ施設に捕らわれている。一方で、日本人に身内を殺され、日本人を憎んでいる中国人もいる。玉花は、ある田舎の家庭に白痴の息子の嫁として引き取られ、本人の意思に関係なく、嫁になることを強制される。戦争の傷跡をこれでもかと見せつけられ、苦しさや悲しさ、虚しさが怒涛のように綴られる。
そうした中で、物語の光となるのが上白石が演じる江月梅の存在だ。一心の命を救い、彼をどん底から掬い上げる。そんな江月梅を上白石は強さと優しさを兼ね備えた女性として描き出した。その姿は終始、重い空気が漂う本作の中で輝いて見えた。

舞台『大地の子』舞台写真 (C) 2026 MEIJIZA/TOHO CO., LTD.

舞台『大地の子』舞台写真 (C) 2026 MEIJIZA/TOHO CO., LTD.
第二幕は、1965年の東京から物語が始まった。松本の人生が語られ、彼もまた悲しい過去を引きずったまま生きてきたことが分かる。一方で、一心は江月梅に命を救われ、初めて会話を交わす。
第二幕以降では、辛い日々の中で描かれる“愛”が強い印象を残した。特に陸徳志の一心を思い、全てを投げ打ってでも一心のために行動する姿に胸が熱くなった。
また、第三幕で玉花が初めて心の奥底に閉じ込められていた本心を明かすシーンもまた、彼女の壮絶な人生を突きつけられて涙が溢れた。
一心を演じた井上は、年代が行き来し、それによって状況が変わっていくさまを見事な切り替えで演じきった。次々と辛い境遇に遭遇する苦しい人生を送った一心だが、そうした中でも真っ直ぐに前を向く強さを感じさせる芝居だった。

舞台『大地の子』舞台写真 (C) 2026 MEIJIZA/TOHO CO., LTD.

舞台『大地の子』舞台写真 (C) 2026 MEIJIZA/TOHO CO., LTD.
奈緒の熱のこもった演技も圧巻。戦争孤児の悲惨な運命を象徴しているかのような玉花をリアルに作り上げ、より戦争の悲しさを際立たせた。どのシーンも非常に印象的だったが、第一幕の低い声で単語を一つひとつしっかりと区切る台詞回しは特に記憶に残る。ストーリーテラーとして観客を物語に引き込むためという意図もあるだろうが、心を殺して生きてきた玉花の心情を象徴しているようにも思え、何重にも作り込まれた芝居に心が動かされた。
時代に翻弄され続けた人々の人生を描いた本作。登場するのはどこかの国の王でも姫でもなく、庶民だ。だからこそ、あらがう術もなく、ただ激動の世に飲み込まれ、もがきながら生きる姿に心を動かされ、考えさせられた。同時に、彼らの強く生きる姿勢に感銘も受けた。戦争や革命、差別は悲しみ、憎しみの連鎖を生む。平和を願わずにはいられない物語だった。

(左から)上白石萌歌、井上芳雄、奈緒
初日直前には、井上、奈緒、上白石が登壇し、囲み取材が開かれた。
ーーそれぞれの役柄の説明をお願いいたします。
井上:陸一心を演じさせていただきます井上です。一心は日本人ですが、中国に残されてしまった孤児で、中国で育ての父と母に出会い、たくましく生き抜いている青年です。
奈緒:主人公・一心の実の妹で、幼いときに生き別れ、中国で37年ぶりに兄と再会を果たすという張玉花(あつ子)役を演じます。
上白石:江月梅という中国に生きる看護婦を演じさせていただきます。一見、とても健気な女性ですが、一心と出会って、一心の生き様に彼女の父親のことを思い出し、一心と心を通わせていきます。一心や玉花さんの灯火のような存在になれたらいいなと原作を読んだときから思っておりました。二人を生かします。

井上芳雄
ーー初日を迎える今のお気持ちは?
井上:どうでしょう。ゲネプロには関係者の皆さんが来てくださいましたが、やっぱりお客さまが入ると全然違う気持ちとエネルギーが生まれますから。この物語は、(原作の)山崎(豊子)先生が10年かけて書き上げた渾身の作品なので、まずきちんとお客さまに届けたいなという思いです。昨日のゲネプロで感じた反応からは手応えを感じましたし、届くんじゃないかなという期待があります。でも、毎回、どうなるか分からないのが舞台なので、責任感もあり…いろいろな気持ちがごちゃごちゃになっていますが、しっかりと稽古を重ねてきました。栗山民也さんが「とにかく足腰の強い作品にしていくんだ」とおっしゃっていたのですが、だいぶ足腰が強くなった状態であると信じて、みんなで胸を張って(初日を)迎えたいと思っています。
奈緒:昨日のゲネに350人くらいの関係者の方が来てくださったので、かなり客席が埋まった状態でできました。私たちが発する言葉をしっかりと正面から受け取ってくださるというのは、改めて奇跡のような時間だなと思いました。自分たちも昨日のゲネプロはまた新しい『大地の子』が生まれるような感覚があったので、これから初日が開いて、毎日、違うお客さまたちと、違う空間の中で、どのように舞台上で生きられるかを心待ちにしています。何よりもしっかりと受け止めてくださる客席のお客さまにしっかりと届けられるよう、一生懸命、毎日、挫けずに生きたいと思います。
上白石:昨日のゲネプロでは血の通った作品になったなという手応えがありました。お客さまの集中力を肌で感じながら、とてもフレッシュにやれたなという感覚があって。個人的には、とても良いゲネプロで、幸せな気持ちになったのですが、今朝、目覚めて体が緊張していました。心よりも先に体が始まりを予感してくれているんだなという気持ちに包まれました。栗山さんが「あなたたちは決して挫けないで、ひたむきに最後まで生き抜いてください」「悲劇を悲劇として演じないでください。みんな傷を負っているけれども、それでも確かに生き抜いていくさまを見たい」とおっしゃっていたんです。とにかく、そうした素晴らしいお言葉をお稽古中から栗山さんからいただいたので、その言葉を思い出して、役として思い切り息を吸ってお客さまに届けられたらいいなという思いです。
ーーゲネプロでは、役者の皆さんの熱量を感じました。改めてこの作品に向き合ってみていかがですか?
井上:昨日は、めちゃくちゃ疲れたよね。毎回、稽古場でも疲れていましたが、奈緒さんが言うように、お客さんが反応したり、泣いたり、息を吸ったり吐いたりしているのをこちらも感じているので。
奈緒:今、もう全快していますか?
井上:いやあ。涙も鼻水も全部出て、グジョグジョになって、終わったよね。しばらくはどうしたらいいのか呆然としてた。
上白石:しましたね。
奈緒:今も呆然としてここに立っているんですが、ここからお芝居をすることで、新しいものがきっと生まれるんだろうなとも感じています。私、もしかして、今日は挫けていたかもしれないけど(笑)。
井上:だから(栗山が)「挫けるな」って言ったんだろうね。でも、それくらいエネルギーも必要だし、使命のような感覚があります。別に何の使命も背負ってはいないんですが、この作品を届ける使命を一人ひとりが持っているので、生半可な気持ちではできない。でも、同時に自分たちと同じ人間の話なので、日々の生活と繋がっている話だと思いますし、日常と地続きでできたらいいなと思います。ただ、体はぐったりしています(笑)。
ーー奈緒さんと上白石さんは初共演。井上さんと奈緒さんも初共演です。お稽古場で発見したお互いの魅力は?
井上:この二人はすごく仲良いよね。僕もそこそこ仲は深めましたが。
奈緒・上白石:そうですね!
上白石:響き合ってしまって。お稽古休みの日も一緒に舞台を観に行ったりしていて、ほぼ毎日、一緒にいました。
奈緒:本当に毎日一緒にいて。今回、キャストの人数は多いですが、役柄上、お芝居で視線を交わしたり、言葉を交わすシーンが私はなかったので、寂しい思いを役としても抱えていてもいいのかなと思いながら稽古場に入ったのですが、そんなとき、お二人の間に稽古場では座らせていただいて、すごく支えられていました。お二人がいなかったら稽古の途中で挫けていたかもしれません。

奈緒
ーー具体的にどのように支えられていたんですか?
奈緒:萌歌ちゃんはいつも光のような人なんです。月梅という名前の通り、月の漢字がぴったりだなと思って。どうしてもこうしたお話なので、みんなでしっかりと向き合うと沈んでしまう日もありますが、その中でも常に役柄としてもご本人としても、舞台の中で光として立ってくださっていて、みんなにたくさんお声がけしてくださっていました。プロフィール帳を配って、みんながそれぞれ交流をできるような、繋ぐ役目をしてくださったので、心から感謝しています。
芳雄さんも、これほど大変な舞台の中で、最初から引っ張ってくださっているという感覚がすごくあって。いつお会いしても変わらない、ずっとフラットなままなんですよ。何回か稽古場で、芳雄さんになりたいと思ったことがあります。
上白石:一心は本当に大変だから、多少引きずられそうですが、(井上は)いつもしなやかでいらっしゃる。
奈緒:大地に足をついて立っているという感じが漂っていて、一心にぴったりだなって。自分も頑張らなくちゃという気になっていました。

上白石萌歌
ーー上白石さんは、プロフィール帳はいつもお稽古場で書かれているんですか?
上白石:ここ数年、ハマっていまして。元々は、自分の役を理解するために、書いていたんですが、性格や誕生日、将来の夢を書いていくうちに、これは結構、自分のことも知れるなと思って。共演者の方やスタッフの方々のことも知れそうだなと思って、ちょっと強面の技術部のおじさんたちや、栗山さんにも渡しました。まだ芳雄さんと栗山さんからは戻ってきていないですが、意外とチャーミングな部分が見れたりして、こんな一面もあるんだと知ることができるので、いつも配っているんです。お節介かもしれないですが。
ーー奈緒さんとは今回、初共演ですが、響き合うところがあるんですね。奈緒さんの印象は?
上白石:もともと、奈緒さんのお芝居が大好きです。奈緒さんの演劇作品はほぼ自分でを取って観に行くくらい好きなんです。とりわけ舞台上のたたずまいが大好きで、オタクだったんですよ。なので、今回、まず、奈緒さんと同じ日々を過ごせることが何よりも楽しみでしたし、一つでも多くのことを奈緒さんから学びたいという気持ちでした。
芳雄さんとは、10代の半ばに音楽劇『星の王子さま』というストイックな三人芝居でご一緒して。
井上:そうですね。ガッツリやりましたね。
上白石:子どものときからお世話になっていました。姉とも昨年は1年の大半を一緒に過ごしていらしたので。
井上:ちょっと、言い方(笑)!
上白石:なので、親戚のように慕わせていただいておりまして、最初から大きな安心感で飛び込ませていただきました。一心の助けに少しでもなれたらいいなという気持ちでいます。
ーー井上さんから見た二人の印象は?
井上:本当に仲良くされていて微笑ましいなという印象です。僕はそこには入れず(笑)。でも、共鳴し合っているのを感じます。知性あふれる女優さんです。演劇や文学への向き合い方や、興味の持ち方に共通するところがあるのでしょうし、栗山さんの演出に対する取り組み方もすごく真剣です。穏やかだけど本気でやっているところが楽しい。演劇はどうしても労力がかかるし、アナログだし、お二人は映像もやられているから広がりの違いもご存知だと思いますし、今回は題材もシリアスでとっつきやすいものではない。でも、喜びを持って稽古場にいて、お芝居をされていて、お二人の存在自体が希望だと思いました。
奈緒さんは初めてご一緒しますが、同じ福岡出身なので、(当時のことは知らないけれども)勝手に立派になったなって嬉しく思っています(笑)。
ーー改めて、この『大地の子』を舞台化するとなり、主役を務めることになり、今、いかがですか?
井上:自分にとっても大事な物語だったので、一心を演じられるというのはありがたいです。できる、できない、うまくいく、いかないというのと別のところで、巡り合わせがあるならば必死にやるしかないという気持ちでしたが、同時に壮大な作品なので、それをきちんと舞台で届けられるだろうかという心配もありました。僕が足を引っ張りたくないし、初日が開けて観ないと分からないところはありますが、昨日のゲネプロでこれは届いているのではないかとい手応えは得たので、やって良かったなという思いがすでにしています。1回1回必死に届けます。くたびれますが。内容が内容なので、他の作品とは違って、祈りや使命に近いものがあって。今は、早くお客さまたちと分かち合いたいという気持ちです。
ーー最後にお客さまにメッセージをお願いします。
井上:ありがたいことにたくさんを買ってくださったお客さまがいらっしゃいます。それも希望だと思います。この話を今、観たいと思ってくださる方がいらっしゃるということなので。何を言えばいいかな?
奈緒:明治座のお弁当がすごく美味しくて。プレゼンしていいですか?
井上:そう、美味しいよね。九州の料理を使ったお弁当だよね。
上白石:私たちが監修しました!
奈緒:私たちの好物が入っているという、とってもおいしいお弁当が出来て。
上白石:みんな九州なので、それぞれのご当地のものや好きなものが入っています。好きなものなんですか?
奈緒:私は焼き明太子が入っています。
井上:ああ、入っていたね。焼き明太子は単価が高いからね。萌歌ちゃんは何?
上白石:私は、きびなごが名産なので、きびなごの唐揚げとさつま揚げ。芳雄さん、謎に豚の角煮ですよね?
井上:豚の角煮って言ったのかな? あれ、九州名物なのかな?でも、おいしかったですよね。かしわ飯も入っていて。今回、重いお話なので、一幕をしっかり観ていただいて、休憩中に、お弁当でリフレッシュしていただいて、二幕、三幕に挑んでいただければと思います。僕たちに関係のない話ではないですし、歴史を踏まえているので、いろいろな気持ちをきっとお届けできると思いますが、最終的には希望があると思います。奈緒さんが演じている役が、「この物語に入らなかった、でも声にもならない声がたくさんあった」と言っていますが、言い伝えられていることも、誰かが覚えていることすらない命が亡くなったということがたくさんあったと思います。そうしたことも全部含めて、今、自分たちが伝えようとしていることが肝になればいいなと思います。重いものを観にくるというよりは、「人間って…うわー」ということを感じていただけるように、僕たちも舞台に立ちます。お客さまも一緒にそれを共有していただければ嬉しいです。
取材・文・撮影(会見)=嶋田真己
公演情報
『大地の子』
日程 2026年2月26日(木)~3月17日(火)
会場 明治座
原作 山崎豊子『大地の子』(文春文庫)
脚本 マキノノゾミ
演出 栗山民也
出演
井上芳雄 奈緒 上白石萌歌 山西惇 益岡徹
飯田洋輔 浅野雅博
増子倭文江 天野はな 山下裕子 みやなおこ 石田圭祐 櫻井章喜 木津誠之 武岡淳一 ほか
主催・製作 明治座 東宝
お問合せ 東宝テレザーブ 0570-00-7777(ナビダイヤル/11:00~17:00)
