「多くの視聴者に観てもらう使命を負った作品として、どう描くかを見失わないように、意見をいただくタイミングは慎重に選びました」と、佐藤は説明する。そのうえで、言葉のニュアンスやセリフ回しについて、はるなと丁寧に相談を重ねていったという。
制作陣の視点に共感したという和田医師の遺族もまた、全面的に協力した。実際に使われていた私物などの膨大な資料を共有してもらうなかで、佐藤自身も「ぼくらがやろうとしていることは間違っていないと、少しずつ自信をもてるようになりました」と語る。
色彩で再構築された「昭和」の日本
この手応えが、作品全体の映像表現にも影響を及ぼしていった。そのひとつが、時代の切り取り方である。昭和から平成初期の日本を舞台にしながら、その時代の空気感や景色を現代の視点から捉え直そうとしているのだ。
そうした視点を映像化していく過程を、監督を務めた松本優作が担っていった。1992年生まれの松本は、「昭和」をリアルタイムに知る世代ではない。「自分自身が体験していない時代だからこそ、ただリアルな昭和を再現するだけでは、あまり心が引かれませんでした」と、松本は振り返る。「むしろ、リアルな昭和の空気感をしっかり踏襲しながらも、これまでに見たことのない昭和の世界観をどう描けるかを考えていました。そこでたどり着いたのが、できる限り昭和の世界をファンタジックに立ち上げる、というアプローチでした」
こうして導き出されたのが、トランスジェンダーカラーでもあるパステルカラーのスカイブルー、ピンク、白を基調とした色彩設計だった。「物語の流れを色彩で捉えているんです」と松本は説明する。
作品の色調はスカイブルーから始まり、ホワイトを経てピンクへと移ろっていく。その色使いはトランスジェンダーの性のあり方をめぐる移ろいを象徴している。ホワイトを挟んで色が移ろっていくことで、性別の揺れや変化を表現しようとしたのだ。こうした色合いを衣装やセットに取り入れながら、日本映画ではあまり使われてこなかったパステル調の色彩で再構築された昭和の世界が描かれていった。

主人公のひとりであるケンジを、オーディションで選ばれた現役高校生の望月春希が演じた。
Photograph: Kim Jeongwan/Netflixストーリーの鍵を握った歌謡曲の数々
さらに物語をつくり上げていく鍵となったのが、昭和歌謡やシティポップなどの音楽だった。「松田聖子のようなアイドルになりたいという、主人公・ケンジの思い。つらいこともあった体験を、歌に心情として重ねられないか」──。佐藤がそう考えたことが、作品全体のトーンを決定づけていった。
映画のなかで、歌は主人公を救ってきた存在であると同時に、視聴者の感情にまっすぐ届く表現にもなる。それを物語にどう組み込んでいくのか。監督の松本は、まず「明るくて楽しい映画にする」ことを目指したという。
「LGBTQ+の人々を描く作品には、最後は亡くなってしまったり、どうしても“暗い”イメージのものが多かったりする傾向があります。だからこそ、そうしたイメージを裏切る表現が必要だと感じました。そこから生まれたのが(口パクによる)“エアミュージカル”というアイデアだったんです」と、松本は語る。それは、はるな愛がアイドル・松浦亜弥のコンサート音源を流して口パクで完コピする「エアあやや」とも通じる発想だといえる。
