日本原産の常緑広葉樹、椿(ツバキ)は“春迎花”と呼ばれる。冬に美しい花が咲く神聖な植物として神社と関係が深い。茶室に飾る茶花(ちゃばな)の代表格でもある。本書は日本人と椿の関わりを考察した「椿学」事始めといえよう。

江戸時代に椿ブーム、欧米にも波及

椿は現存する日本最古の歴史書『古事記』、7世紀後半から編さんされた和歌集『万葉集』にも記述がある。平安時代の『源氏物語』には椿餅(つばいもち)が出てくる。椿の葉2枚で挟んだ最古の和菓子とされ、令和の今でも立春の2月に老舗菓子店が供する。

椿は日本をはじめ中国、ベトナムなどアジアに広く分布している。日本のツバキ科ツバキ属の原種はヤブツバキ、ユキツバキ、サザンカ、ヒメサザンカの4種が知られる。椿は英語でカメリア(Camellia)、これはツバキ属の学名でもある。

赤花で、花びらが重ならない一重咲きのヤブツバキは日本各地に自生する。椿は寺院や神社に植えられている樹木の定番だ。交配や突然変異、品種改良によって「日本を代表する園芸植物」となった。花形は八重咲き、バラのような千重(せんえ)咲きまでさまざま。その色も深紅、白、ピンク、黄色系、斑(まだら)入りなど多彩だ。

平安時代に創建された円融寺の境内で雪を被った椿(2026年2月8日、東京都目黒区碑文谷)=評者撮影
平安時代に創建された円融寺の境内で雪を被った椿(2026年2月8日、東京都目黒区碑文谷)=評者撮影

17世紀からの江戸時代。初代の徳川家康から秀忠、家光と続いた3代の将軍はみな花好きだった。太平の世の江戸では身分の上下を問わず園芸ブームが巻き起こった。その先駆けが椿だ。『百椿集』や『椿花図譜』などの園芸書が登場し、華麗な園芸品種や珍種が次々に生まれた。

椿の園芸品種が江戸期にヨーロッパに渡ると、「冬のバラ」「東洋のバラ」と評されて人気を呼んだ。明治時代以降はアメリカでも栽培熱が高まった。日本産の園芸品種は現在、2000以上といわれる。

茶華道に詳しい文学博士が探究

著者、澤田洋子さんの経歴はユニークだ。1949年愛知県生まれ。師範として茶華道・書道教室を長年経営したが、幼少時から愛好してきた椿を詳しく研究したいと、習い事の教室を閉じて愛知学院大学大学院の門をたたいた。「椿の表象と信仰についての文化史的研究」と題する博士論文を執筆、2023年に博士号(文学)を授与された。

本書は「博士論文にもとづき、椿を中心とした日本文化と信仰を中心にまとめたものである」。そもそも椿の探究にのめり込んだのは、春の訪れを告げる花として好まれてきた一方で、不吉だともされる「二面性」があるのはなぜかという疑問だった。

椿の花は咲き終わると、花びらが散るのではなく、花全体がポトリと落ちる。その姿が「首が落ちる」ことを連想させ、縁起が悪いともいわれる。著者は自身の経験をこう振り返る。

茶道や華道を習うようになって、茶室の椿や、立花の水際に添えられた大ぶりな椿に言いようのない美しさを感じたが、そのころ茶花に開ききった花を使ってはいけないとか、お見舞いに持って行ってはいけないとか教えられた。その後茶室に椿を生ける度、また生け花に椿を使うたびに、なぜ椿は忌み花と言われるのか気になった。

明治以降、茶花は「つぼみ」に変化

日本の茶の湯(茶道)を大成した茶聖、千利休(1522-91)が考案した茶室。そこに冬から春にかけて飾られる茶花の主役は椿である。

茶の湯が始まった室町時代は「開花した椿」だった。しかし、現代では必ず蕾(つぼみ)の状態が使われる。疑問を抱き続けた著者は「茶花図」など画像データを時系列で調べ上げた。その結果、江戸時代までは全開の椿が主流だったが、明治維新以降に「つぼみの椿」へと変化したことを実証的に突き止めた。

茶道は武家社会のたしなみであり、教養だった。ところが、明治維新を境に女性中心の礼儀作法へと大きく転換した。著者はこう分析している。

明治時代以後、茶室の椿はつぼみばかりになった。それは維新に伴い儒教精神を取り入れた女子教育で、茶道につつしみを求めたことが原因であった。

全国43の「ツバキ神社」すべて踏査

「椿と信仰」をテーマに徹底したフィールドワークと膨大な資料を収集、丹念に解析したのも本書の特色である。

著者によると、神社名に漢字の“椿”や和字の“都波岐”など「ツバキ」という音を含む神社は東北から九州まで全国に43社存在する。2000~24年にこれら「ツバキ神社」すべてに足を運び、その歴史や立地条件などを調査したという。

本書では神社ごとに写真も交えて丁寧に解説している。例えば、三重県鈴鹿市の「椿大神社(つばきおおかみやしろ)」については「現在では伊勢神宮に次ぐ人気の神社」「本殿前には神木の椿、裏山には五千本の椿」などと叙述している。さらに43社の名称、所在地、創立年、主祭神、名称由来、調査日などを網羅した「一覧表」も掲載している。「椿学」構築に向けた労作といえるだろう。

「花の女王」と共通する椿の両面性

近代日本美術の発展に功績を残した岡倉天心は英文の著書『The Book of Tea(茶の本)』(1906年、ニューヨークで出版)で、茶花として冬は「つぼみの椿」、夏は「一輪の百合(ユリ)」を代表例に挙げた。「喜びにつけ悲しみにつけ、花はわれわれの不断の友である」「花を飾って結婚し、洗礼をおこない、花がなくては死ぬことさえできない」(宮川寅雄訳)とも説いた。

著者は「椿はちょっと怖いけどなぜか神秘的で魅力的」という二面性があると指摘する。椿は「茶花の女王」と称される半面、日本人は不気味なものとも認識しているからだ。

神話や聖書にも登場するユリは西洋で「花の女王」と讃美されている。実はこの花も両面性を秘めていることは、マーシャ・ライス著『ユリの文化誌』に詳述されている。

美しいバラにはトゲがある──。古今東西、名高い花は「光と影」といった相反するイメージをまとっているのかもしれない。

『椿と日本文化』

小さ子社
発行日:2026年1月15日
四六判:304ページ
価格:4950円(税込み)
ISBN:978-4-909782-27-4

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