日本でジプシー(以降スペインでの呼び名である「ヒターノ」に統一)と言えば「フラメンコ」「闘牛」のイメージだろうか? スペインではそれらに「貧困」「ドラッグ」が加わる。日本人向け観光ガイドブックにも、彼らには気を付けてなんて注意喚起があったりする。

映画『Sleepless City』(原題:Ciudad sin sueño)は、こちらのネガティブな方のヒターノの姿を描いている。スペインに住んでいると、スラムに住みドラッグを売買するヒターノたちが、ニュースやドキュメンタリーの主役になることが決して珍しいことではないことに気が付く。

■貧困とドラッグと巨大スラム

当たり前だが、ヒターノ全員がそうではない。

私の隣人もそうだけど、普通に働き普通に生活している者たちの方が圧倒的に多数だ。しかし一方で、独自の文化と法を持ち、それに誇りを持っている彼らが社会に溶け込めない(あるいは溶け込まない)結果、社会インフラの網から漏れ落ちて貧困に陥り、中には犯罪に手を染める者が出てくる――という構造は確実にこの国に存在し、社会問題化している。

『Sleepless City』の舞台は、ヒターノたちの集落「Cañada Real」(カニャーダ・レアル)。

欧州最大の不法占拠地で、15キロメートルほどの細長い土地に掘っ立て小屋やバラックが並び、ドラッグ売買組織の要塞のような邸宅が鎮座する。土地も建物も登記上は存在せず、電気は2022年10月に止められたままで、収集や清掃のサービスがないからゴミだらけで、周囲の草地は不法投棄場と化している。病院や保健所や学校もなく、公共交通手段ももちろんない。

観光客が殺到する首都マドリッドから10キロメートルほどのところにこんな巨大スラムがあるのだ。

■ドキュメンタリーよりリアルな映画

『Sleepless City』の見ものは、映画だからこそヒターノたちの生活がちゃんとカメラに捉えられているところだ。

ドキュメンタリーの方が実態が把握しやすいと思い込みがちだが、逆。フィクションだからこそ、彼らの真の姿に迫れる。「Cañada Real」のドキュメンタリーはたくさん見たが、遠巻きにしての撮影か警察同伴での撮影で、最後は石を投げられたりして追い出されて終わる。当然うわべだけの映像記録が出来上がる。

単純な話、ドキュメンタリーであれば子供の顔に入っているボカシが映画だから入っていない。事前に撮影許可を得ているから。ドラッグを注射中のジャンキーまでばっちりだ。ギジェルモ・ガロエ監督によれば、撮影は集落の一大イベントとなりカメラを嫌う者は単に近づかない、という状況が出来上がっていたのだという。

ギジェルモ・ガロエ監督ギジェルモ・ガロエ監督

もっと凄いのが子供が誰もカメラを見ていないこと。

ドキュメンタリーであれば好奇心満々のカメラ目線のはずだが、映画においてはカメラは「第四の壁」=観客の視点だから見てはいけない。監督が何年も前から開いている映画のワークショップの成果だろう。誰もがカメラも撮影スタッフも無視して、ごく自然に演技している。

■全員素人なのに名演。ヒターノの天性

いや、自然過ぎる。演技があまりに上手過ぎないか?

主要人物は演技経験がある俳優なのかと思ったら、全員が集落の普通の人たちなのだという。フラメンコや闘牛で名をはせたヒターノたちにはやはり芸術的な天性がある、と言わずを得ない。

特に彼らが優れているのは、緊張や恥ずかしさとは無縁であること。

日本人からするとスペイン人たちの陽気さは驚きだが、ヒターノたちはその10倍くらい楽天的で開けっぴろげである。おしゃべりも日本人が「一を言う」ところをスペイン人は「三くらい」言うが、ヒターノたちは「十くらい」言う。

ユーモアも罵倒も、ともに感情表現が豊かで形容の仕方がユニークで、『Sleepless City』も大いに笑えた。

といっても、“悲惨な環境の中でしたたかな庶民”なんて手垢の付いた安っぽい感想を導くのは、大きなお世話だろう。確かに、笑っていないとやっていけないほど悲惨なのだが、悲惨さを紛らわせるために笑っているのではない。たぶん普段から笑ってやってきたのだ。

ポスターポスター■社会派映画ではない、普通がリアル

これだけの関係性を築いていれば、深いドキュメンタリーも撮れたはずで、ヒターノに肩入れした告発調の社会派映画にもできたはずだ。だが、ことさら貧困を訴えたり、犯罪の告発をしたりしていない。普段の生活を描くことで、背景として貧困と犯罪が浮かび上がってくる仕組みとなっている。

ドラマチックなことは何も起きない。主人公のお父さんが飼い犬を無断で売ったり、友だちが集落を離れるくらだ。でも、だからこそより普段の生身の生活に迫っている。脚本があるとは思えないほどリアルだが、脚本があったからこそリアルになった。ドキュメンタリーにはない、映画の可能性を広げてくれた作品だ。

『Sleepless City』90点!

※カンヌ映画祭の批評家週間で最優秀脚本賞を受賞した

↑スペインで放送中のリアリティショー『ロス・ジプシー・キングス』(あの音楽バンド「ザ・ジプシー・キングス」とは無関係)。歌って踊ってのヒターノたちの生活を除き見る番組。リアルでは全然ないが、演技の上手さ(特にコミカルなそれ)は際立っている

※写真提供はサン・セバスティアン映画祭

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