400年の歴史を持つ商人の町に移住し、古民家に暮らす青年。古くからの住民に話を聞き、季節や時代が移ろう中で何を思うのか。「時間」をめぐる内面の旅へといざなう映画『道行き』に主演した渡辺大知に語ってもらった。

『国宝』監督らを輩出した登竜門

自主映画の祭典「ぴあフィルムフェスティバル」が制作から劇場公開までをプロデュースする「PFFプロデュース」(旧PFFスカラシップ)。PFFアワードの入選者から応募のあった企画を対象に、1984年のスタート以来29作品が選ばれてきた。『国宝』の李相日監督も恩恵を受けた1人だ。

その最新作『道行き』は、『おばけ』でPFFアワード2019のグランプリを受賞した中尾広道が監督。大阪から奈良県御所(ごせ)市へ移り住んだ自らの体験を基に企画を立て、選考を勝ち抜いた。

映画『道行き』。主人公の駒井(渡辺大知=右)と古民家の元持ち主・梅本(桐竹勘十郎) ©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF
映画『道行き』。主人公の駒井(渡辺大知=右)と古民家の元持ち主・梅本(桐竹勘十郎) ©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF

主演は渡辺大知。彼もまたPFFアワードの入選者だ(初監督作『モーターズ』が2014年に審査員特別賞を受賞)。2人が初めて会ったのは、PFFアワード2019の受賞作上映会場だった。

「映画は撮りたい気持ちの方が強かった。元々は出演もその勉強のためと思っていたくらいで。僕も入選した後、スカラシップ(当時)に応募して、自分でプレゼンもしましたよ。落ちましたけど(笑)。だからPFFになじみがあるのは確かですが、今回出演を決めたのは、それ以上に中尾さんとの出会いが大きかった。この作品に今の自分が求めているものを感じたんです」

『道行き』の中尾弘道監督は1979年、大阪市住吉区生まれ。2022年より奈良県御所市を拠点に映画を制作 ©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF
『道行き』の中尾弘道監督は1979年、大阪市住吉区生まれ。2022年より奈良県御所市を拠点に映画を制作 ©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF

時間をめぐる思索

渡辺が演じるのは、御所市に移住してきた駒井という青年。購入した古民家を少しずつ修繕して暮らし、元の持ち主をはじめとする近隣住民らと交流しながら、町の過去と現在を見つめていく。中尾監督が実際に住民たちと交わした会話を再現し、ゆるやかに流れる時間を記録するように撮られた映画だ。

場面は時を飛び越え、祖父が時計修理店を営んでいた梅本老人の幼少期へ ©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF
場面は時を飛び越え、祖父が時計修理店を営んでいた梅本老人の幼少期へ ©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF

「時間をテーマにしていて、独特の時間感覚が流れる映画です。劇的なことが起こるわけではないですが、初めて脚本を手にしたときから、ほかの作品の脚本を読んで感じるのとは違う味わいがあって、見たことのない映画ができそうだという予感がありました」

例えば冒頭、走行する列車から撮られた8ミリフィルムの映像。トンネルを抜け、レールの向こうへ進んでいくかと思うと、景色がミラーに映って反転し、今度は過去へと流れていく。見慣れた風景をくぐり抜け、異次元の時空にいざなわれるような感覚がある。

「一観客として見ると、気付けば『自分は時間をどう捉えているんだっけ』というようなことを考えている。それから日々の生活や暮らしている町について、自分と照らし合わせるように考えさせられると思います」

©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF
©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF

移住者の視点で見る町

観客がスクリーンを通して見るのは、別の土地からやってきた駒井にとっても、まだなじみの薄い世界だ。

「今回の役は、演技者として作品の世界にいるのとは違う存在の仕方だと思いました。あくまで異質なストレンジャーとして、町の人たちと対話する。自分がいかに町に根差していないか、その感じを特に意識しました」

駒井は住民たちから町の歴史を聞き、変わりゆく町の景色を眺め、移ろう季節を感じながら日々過ごす。

©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF
©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF

渡辺以外の出演者に、子役を除いて俳優はいない。多くは実際にこの町に暮らす人々だ。『道行き』の大きな特徴は、脚本のかなりの部分が彼らの口から出た言葉でできていること。監督が彼らに取材して、昔の町の様子などを質問し、その答えを脚本に取り込んでいった。

「住民が自分で語った言葉をセリフに置き換え、役の人物としてあらためて語る。それがこの映画の独特の魅力だと思います。完全にフィクションというわけではなく、ドキュメンタリーでもない。話している内容には、取材された本人の思いが入っている。でもそれを演技として伝えるんです。僕は町を知らない立場で、そうした思いをジャッジせず受け入れる。要は観客と同じ目線ですね」

映画に必要な“居方”とは

中尾監督はこれを、カメラの後ろで自ら取材するドキュメンタリーにはせず、時空を自在に行き来する物語として描いていく。渡辺が自身の役割と理解したのは、監督の分身でありつつ、決して「語り手」にはならないことだった。

「移住者として町を見つめ、人々の思いを受け止め、記録していく役割ですね。そのために自分はどういう“居方”をすればいいのだろうと考えました。掛け合いのように対話するのではなく、相手の言葉を受け入れ、スポンジのように吸収する存在。カメラのようなポジションかなと思いました」

カメラを担ぎ、近隣の暮らしを取材して回る駒井は中尾監督の分身的存在 ©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF
カメラを担ぎ、近隣の暮らしを取材して回る駒井は中尾監督の分身的存在 ©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF

2009年に映画『色即ぜねれいしょん』で主演デビューを果たして以来、数々の映画やドラマに出演してきた渡辺。演技に対する考えで転機になったのは、20年初演の舞台『ねじまき鳥クロニクル』(村上春樹原作)だったという。

「この舞台で、身体の使い方とか、たたずまいで感情を見せ、物語を伝えていくことを学びました。それ以前は、映画の中の世界の住人になることだけを考えてきたんですけど、もう少し違った存在の仕方にも興味を持つようになった。映画の世界と観客の間に立つというか。セリフがないときも、表情でごまかさず、身体で伝える。それで観客の心を動かし、いろいろ想像してもらえたらなあと。この映画でもそこを実験させてもらえました」

©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF
©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF

『道行き』には、家の元持ち主であった梅本なる老人が駒井の世話を焼き、茶飲み話の相手をする。梅本を演じるのが桐竹勘十郎だ。文楽の人形遣いとして人間国宝になった名人だが、自ら演技をするのは初めてだったという。

「たぶんご自身を人形のように考えて、どういうたたずまいで、どう座っていればよいか、映画に必要な”居方”を考えられていたと思います。勘十郎さんの存在の仕方を見てあらためて気付いたのは、映画を作ることとは、その映画に必要な人が集まり、それぞれの役割をみんなで持ち寄ることなんだなあと。ほかにも役者でない方々が出ていますけど、演技の経験があるかないか、うまいか下手かはどうでもよくて、その映画に必要な”居方”をすることが一番大事なんですね」

ユーモラスで優雅、自然体のたたずまいが唯一無二の魅力を放つ梅本役の桐竹勘十郎(左)。祖父役の細馬宏通はミュージシャンでもある異色の人間行動学者 ©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF
ユーモラスで優雅、自然体のたたずまいが唯一無二の魅力を放つ梅本役の桐竹勘十郎(左)。祖父役の細馬宏通はミュージシャンでもある異色の人間行動学者 ©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF

守ることと壊すこと

舞台となった御所市は、大阪府との境にあり、江戸時代から商人の町として栄えた。今は高齢者が住民の42.1%を占め、人口高齢化が急速に進む奈良県12市の中で最も高い(2020年の統計)。中尾監督のような人に手を入れてもらって生き永らえる家は少なく、多くは空き家として放置されるか、引き継ぐ人が見つからずに取り壊されていく。

「去る人もいれば、留まる人もいる。それはどこも同じです。単純に言えば、去らない理由はその町が好きだからだと思うんですよ。当たり前のことですけど、町は思い入れ、愛着がある人に作られて、変化していくんですね」

映画の主な舞台は、監督が実際に暮らす古民家だ。撮影に際し、渡辺も家の修繕作業を行った。

「壊すのは簡単です。壊れそうなものを踏みとどまらせるのは手間がかかる。でも大事なことですね。ヨーロッパの建築が石のように動かないものだとすると、日本古来の家は植物っぽいのかな。しおれていても、水をあげると息を吹き返してくれるというか」

古い建物を守るだけでなく、壊して新しく作り変える「スクラップ・アンド・ビルド」もまた、日本人の大事な価値観だと渡辺は考える。

「ただ壊してゼロにするんじゃなくて、『そこにあった』ということをいかに大事にするかですよね。元にあったものをどう引き継いで次に生み出すか。それがあるかないかでは大きく違う。営利だけを追求した都市開発で、思い入れなく壊すのは破壊でしかない。リスペクトをもって壊すとはどういうことか、そこを考えていくべきかなと。この映画に参加して、日頃思っていることをあらためて考えることができました」

©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF
©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF

『道行き』は、御所市のほか、岐阜県の樽見鉄道沿線で撮影された。だが、映っているのは誰にもなじみのある普遍的な風景だと渡辺は言う。

「僕が住んでいる東京でも、好きな場所が急になくなることはよくある。自分の思いがいくら強くても、なくなるものはなくなる。そんな時にいろいろ考えますよね。自分の生活にとって何が大事なんだろうとか。そういう思いに立ち返らせてくれるところも、この映画の魅力だと思います。それは町の景色と人々を撮っているだけじゃなくて、時間をテーマにしているから。今という時間について考えさせてくれる。この映画を見る80分間が、見る人にとってどういう時間になるのか、体験してほしいですね」

インタビュー撮影:花井智子
取材・文:松本卓也(ニッポンドットコム)

作品情報

©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF
©2025 ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF


出演:渡辺 大知 桐竹 勘十郎 細馬 宏通 田村 塁希 大塚 まさじ
上田 隆平 梅本 修 清水 弘樹 中井 将一郎 中山 和美 ちょび
監督・脚本・編集:中尾 広道
第28回PFFプロデュース作品
製作:ぴあ、ホリプロ、日活、電通、博報堂、一般社団法人PFF 
制作プロダクション:エリセカンパニー
配給:マジックアワー
製作年:2025 年
製作国:日本
上映時間:80 分
公式サイト:https://www.michiyuki-movie.com/
2026年2月13日(金)~ヒューマントラストシネマ有楽町、テアトル新宿
2月20日(金)~シネ・リーブル神戸 
2月27日(金)~テアトル梅田 
近日公開 ナゴヤキネマ・ノイ、京都シネマ ほか全国順次公開

予告編

Leave A Reply