
春風亭小朝
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【佐藤雅昭の芸能楽書き帳】第51回衆院選の投開票日だった2月8日の日曜日。都心にも雪が降り積もる寒い1日となったが、東京・有楽町のよみうりホールは熱気に包まれていた。
「三遊亭圓生トリビュート」と副題が付いた春風亭小朝(70)の独演会。昭和の名人と称された六代目圓生にオマージュをささげ、その十八番に小朝が挑む意欲的な企画だ。
1979年の誕生日に当たる9月3日に79年の生涯を閉じた圓生師。73年には御前公演を依頼されて「お神酒徳利」を披露。真打大量昇進に反発し78年に落語協会を脱退して落語三遊協会を結成した後も落語家で初めて歌舞伎座での独演会を開催(79年3月)するなど精力的に活動した巨匠だった。
ちなみに六代目の継父が五代目圓生。1940年に57歳で泉下の客となったが、SP盤が少し残っている。このうち「乗合船(三十石)」を聞いてみたら、これが秀逸。昭和初期の名人と言われた片鱗を感じることが出来る。そういえば、何年か前に三遊亭鳳楽(78)、三遊亭円窓、三遊亭円丈が七代目襲名に手を挙げたが、既に円窓と円丈は故人となり、決着がついていない。「止め名」にしておくのは落語界全体を考えればもったいないと思うが、さて…。
話を六代目に戻す。人情噺から滑稽噺、芝居噺、怪談噺まで持ちネタも豊富で、CD「圓生百席」で堪能できるのは落語ファンにとっては幸せなこと。そんな中から小朝が選んだのが「山崎屋」「鰍沢」「猫忠」の3席だった。
「山崎屋」は鼈甲(べっこう)問屋「山崎屋」の若だんなが、番頭の弱みを握って協力させ、吉原花魁(おいらん)を嫁に迎えるために策略を巡らせる一席。次の「鰍沢」は三遊亭圓朝が三題噺をもとにこしらえたとされる噺で、身延山参りの帰り道に雪道に迷った旅人が主人公。山中の一軒家に世話になるが、そこにいたのが吉原の元花魁で、素性を暴いたうえ、腹巻きの中の銭を狙われて命を狙われる大作だ。
「山崎屋」「鰍沢」とも他の演者がやるサゲとは変えていたのは、今の世にも分かりやすいようにとの小朝流アレンジだろう。ひと味違った噺に仕上げていた。「猫忠」は清元の師匠のもとに熱心に通う若衆が、師匠にとりついた狐狸妖怪の正体を暴く一席。こちらはいじらずに「にゃう」で下げた。
菊池寛の小説を落語に仕立てたり、坂東玉三郎とタッグを組んで自作の「越路吹雪物語」を舞台で立体化したりと、プロデュース力、企画力に富んだ小朝。「5月にまた“圓生トリビュート”をやってほしいと言われている」と明かして、シリーズ化も示唆した。
この日の落語会、開口一番を務めたのは太神楽の翁家丸果。2022年4月に国立劇場第8期太神楽研修生となり、25年3月に修了して翁家勝丸に入門。落語協会に所属し、25年4月から前座修行中の身で、小朝も成長を楽しみにしている一人。大きなステージに緊張したか、扇子を使った芸で失敗する一幕もあったが、そこはご愛敬。一生懸命さが伝わってきて、お客さんも優しく見守っていた。
中入り後に登壇したのが和妻のきょうこ。和(日本)の手妻(手品、奇術)、縮めて和妻。袴姿もりりしく「たまご~」と、卵を使った芸でパ~ッと盛り上げ、見事に膝代わりを務めた。
あえて落語家ではなく、伝統芸能で奮闘する丸果ときょうこをゲストに招いた小朝。2人とも、その思いに応える熱演を見せて会を華やかに彩った。
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