【書方箋 この本、効キマス】第142回 『おいしいごはんが食べられますように』高瀬 隼子 著/能町 みね子

【書方箋 この本、効キマス】第142回 『おいしいごはんが食べられますように』高瀬 隼子 著/能町 みね子

労働はノイズだらけ

 せっかくこちらに書かせていただくのだから、私が思う「労働」にちなんだものを選びたい。この小説はタイトルからしてもカバーのイメージからしても食べものにまつわる作品のように見えるが、立派な労働小説である。

 ある会社のある部署内における数人の、実に細かな人間関係が描かれる。みんなある程度常識的で、会社でそれなりの責任を持った仕事をするに適した、とくに奇異なところのない社会人である。それでいて、全員が全員、ちょっとだけ嫌な人である。ちょっと嫌なところが響き合い、少しずつバランスがおかしくなる。全員がわずかなイライラを溜め込みながら仕事をしている。小説にずっと緊張感があるわけではなく、むしろだいぶ弛緩した雰囲気が、流れの良い文章で描かれる。しかし、終始じっとりしている。

 これこそ会社だ。私が思う会社というのはこういうところだ。

 私もかつて社員数1桁の小さな会社に勤めていた。人数が少ないんだから仲良くやれそうなものだが、別に仲良しの友達同士で始めたわけでもない会社なので、人と人との間にちょっと距離がある。私がいた総務部は女性のみ4人。もう一つの部屋に営業部があり、そこに男性3人と女性1人。そして社長。

 社長はあまり総務部の部屋に来ないので、何かあると総務部全員で、社長に対して愚痴モードの会話となる。しかし、その愚痴の濃度はそれぞれ違う。

 Aさんはもっとも年上で、仕事の面で不満があるらしくよく愚痴を言うが、基本的に割り切って仕事をしている。Bさんは最も社長を嫌がっており、愚痴の強度も高い。容姿までよくネタにして茶化したりもする。Cさんは性格は穏やかだがドライで、AさんやBさんの愚痴を聞き流しており、そもそも社内で仕事以外の人間関係を築く気がなさそう。

 AさんはBさんと仲が良く、プライベートで会うことも多少はあるようだが、ファッションやメイクの感じなどは全然違うため、同じ会社でなかったら友達になるかどうかかなり疑問である。Cさんは誰とも距離があり、Bさんとはとくに性格が合わなそう。

 そして私は、社長のことがとくに好きでもないがとりわけ嫌いでもなく、いちばん年下なので、愚痴に付き合うなどして全員のバランスを取ろうとしており、内心過剰に気を遣っていてやや疲れている。それぞれに自分の生き方があるのだから仕方ない。

 作中、「誰でもみんな自分の仕事のあり方が正しいと思ってるんだよね」とある。会社ってとくにそんなことを思いがちなところだ。まったく違うルールで生きている人たちが、妥協し同じ方向を向かなきゃいけない。それが会社であり、それが仕事である。

 労働ってほんと、こういうもの。ノイズだらけ。労働の正味の部分なんてほんのわずかで、分厚い皮ばっかりである。

(高瀬 隼子 著、講談社 刊、税込660円)

選者:文筆家 能町 みね子(のうまち みねこ)
文筆家、北海道出身。近刊に『デッドエンドで宝探し あんたは青森のいいとこばっかり見ている』(hayaoki books)、『結婚の奴』(文春文庫)など。

 同欄では諏訪康雄さん、濱口桂一郎さん、能町みね子さん、塚越健司さん、大矢博子さん、そしてスペシャルゲスト――が毎週おすすめの書籍を紹介します。

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