午年の2026年、馬に関連したイベントが各地で開催されています。馬の埴輪や絵画、あるいは本物の馬を目にした方もいるかもしれません。そんな午年に最適な書籍『馬と人の古代史』がKADOKAWAから刊行されました。著者は、明治大学文学部教授で、群馬県立歴史博物館特別館長もされている若狭徹さんです。主に古墳時代の考古学を研究されている若狭さんに、馬が日本に与えた影響など、本書の読みどころについてお聞きしました。
馬の導入は「動力革命」
――本書はどんな本ですか。
若狭:古代の馬利用文化について、考古学のジャンルを中心に、文献学や古代文学などもまとめて紹介しています。近年、馬の遺体が発掘されることが増え、同時に分析科学も発展し、馬がどこで育ち、何歳から何を食べていたというのもわかるようになってきたので、それらの成果も盛り込んでいます。
――もともと日本に馬はいなかったのですか?
若狭:『魏志』倭人伝に、倭国に馬・牛・羊はいないと書いてあり、古墳時代以降に朝鮮半島を経由して本格的にもたらされたと考えられています。船に馬を載せて運ぶので、檻のようなものも必要ですし、海が荒れたり馬も暴れたりしますから、大変だったと思います。
――馬が初上陸した当時のことを想像するとロマンがありますね。馬は、日本人にどんな影響を与えたのですか。
若狭:旧石器時代から数万年間、「人力」だけでこなしてきた作業に、人の数倍ものパワーを持つ「畜力」を使えるようになったので、かなり大きな影響がありました。古墳時代の馬導入は、日本の歴史を変えた「動力革命」です。その次の動力媒体は、明治期に導入された蒸気機関になります。
本文225ページより
――どんな場面で動力革命が起こったのですか?
若狭:軍事、荷役、農耕、情報伝達の場面で馬が大いに活用されました。さらに、日本では精神的な部分でも馬は影響を与えています。例えば、祭礼で神社に「神馬」を奉納したり、「絵馬」を奉納したり。牛などほかの動物とは違う感覚を、日本人は馬に対して持っていたと思います。
馬は情報戦略でも活躍!
――馬はさまざまな場面で利用されていたのですね。
若狭:軍事や荷役・農耕に比べてあまり目立ちませんが、情報伝達での影響は大きかったと思います。馬に乗って情報をいち早く伝えることは、飛鳥時代以降の国家戦略となっていきます。馬の道をつくるため山を切り開き、都を起点として五畿七道を整備しました。道には16キロ間隔で駅家を置き、駅馬を配備し、官僚が馬を乗り継いでいくのです。この古代の駅伝制が、お正月に開催される箱根駅伝の名前のもとになっています。
本文120-121ページより
――本書では、馬に関する和歌もいくつか挙げられています。古代の人々にとって、馬は身近な存在だったのですね。
若狭:例えば、『万葉集』に「信濃道は 今の墾り道 刈りばねに 足踏ましなむ 沓履け我が背」という歌があります。意味は「今、切り開いたばかりの道には切り株が多いので、足を怪我しないよう靴を履いてね、あなた」と解釈され、夫を思いやる恋歌といわれていました。でも、実は「馬に怪我をさせないように藁沓わらぐつを履かせてね」と促す歌だという解釈もあります。馬は高価だから傷つけないで、と笑いを誘うために妻が詠んだ歌かもしれないと思うとおもしろいですよね。
馬の埴輪、見どころは…
――美術展ナビの読者には埴輪好きな方も多いと思います。馬の埴輪を見るポイントも教えていただけますか。
若狭:まずは馬装です。馬具をつけて飾り立て、儀礼で見せるのが王族の権威の象徴でしたので、豪華な鞍や轡などの表現は見どころです。飾りのない「裸馬」という埴輪もあります。例えば、馬の一大生産地だった群馬県の古墳には、「飾り馬」と「裸馬」が一緒に並んでいました。馬を大量生産していた首長が、多数の馬を自慢して経済力をアピールしていたのだと思います。
本文27ページより
――東京国立博物館で人気の「踊る埴輪」も、馬と関係があるのですか?
若狭:あの埴輪は腰に鎌をつけているので、馬引き人です。馬引きは、飼い葉を刈ったり、蹄を整えたりするので、鎌を身につけています。また、手を上げているポーズは、踊っているように見えるかもしれませんが、実は馬の手綱を引いている姿を表現しているのです。馬引き人と馬形埴輪はセットになっています。
本文23ページより
――若狭先生は群馬県で育っていらっしゃるので、幼少期から考古学の環境に囲まれていたのですね。
若狭:地元では、畑を歩くと矢じりや土器が散らばっていたので、子供のころの遊びは土器拾いでした。ひとつの流域に沿って集めたものを記録したり分類したりして楽しかったです。小学校の卒業文書に、将来は考古学者になりたいと書いたのですが、夢が叶いましたね。考古学専攻の仲間は、子供のころに土器拾いをしたことがきっかけで学びはじめた人が多かったです。今は自由に土器を集めるのは難しい時代なので、学生たちも、博物館で土器を見て興味を持ち始めたという人が多いです。

――特別館長をされている群馬県立歴史博物館では、今ちょうど縄文時代の企画展が開催されています。
若狭:世界文化遺産に登録された「北海道・北東北の縄文遺跡群」の出土品を集めた展覧会です。国宝の「中空土偶」や重要文化財の遮光器土偶など、貴重な出土品が多く展示されています。本展は、特に子供たちに人気があり、週末は親子連れでにぎわっています。縄文時代なので馬はいませんが、熊やキノコの土製品もあり、当時の生活もわかりやすく紹介されています。縄文土器は造形が豊かなので、見ているだけでも楽しいです。ぜひお越しください。

『馬と人の古代史』(KADOKAWA)は定価2,200円。KADOKAWAオフィシャルサイトなどで購入できます。
群馬県立歴史博物館の企画展情報はこちら。
第113回企画展「世界遺産 縄文」 – 美術展ナビ
著者近景(研究室にて、2026年1月撮影)
若狭徹(わかさ・とおる) 1962年長野県出身、群馬県で育つ。明治大学文学部教授。群馬県立歴史博物館特別館長。専門は日本考古学、文化財学。濱田清陵賞、藤森栄一賞、古代歴史文化賞を受賞。主な著書に、『東国から読み解く古墳時代』(吉川弘文館)、『古墳時代東国の地域経営』(吉川弘文館)、『埴輪は語る』(筑摩書房)、『埴輪―古代の証言者たち』(KADOKAWA)など。
(取材・文:ライター・田代わこ)
