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  『わたしは最悪。』のヨアキム・トリアー監督最新作『センチメンタル・バリュー』がNOROSHI配給にて、2026年2月20日(金)より全国公開となる。本作は先日ローンチが発表されたギャガ株式会社新設のアートハウス映画レーベル「NOROSHI」の第一弾作品となる。

 2025年、第78回カンヌ国際映画祭で本映画祭最長19分間に及ぶ圧巻のスタンディングオベーションで会場を沸かせ、最大の熱狂を巻き起こし、堂々のグランプリ受賞。本年度アカデミー賞®ノルウェー代表作品に選出のほか、本賞各部門でもフロントランナーとの呼び声も高い話題作がついに公開される。本作を手がけたのは、第94回アカデミー賞®で脚本賞・国際長編映画賞の2部門にノミネートされ、日本でも大ヒットを記録した『わたしは最悪。』のヨアキム・トリアー。同作で恋愛と人生の選択を、リアルに、共感たっぷりに描いた監督が次なるテーマに選んだのは——愛憎入り混じる「親子」という名のしがらみ。
 主演には再びレナーテ・レインスヴェを迎え、映画監督の父親役には名優ステラン・スカルスガルド。さらに、本作の演技で脚光を浴びるインガ・イブスドッテル・リッレオースに加え、ハリウッドからエル・ファニングも参加。複雑かつ緊張感に満ちた人間模様を浮かび上がらせる。

 NEON配給にて北米でも大ヒットを記録し、先日発表された第83回ゴールデン・グローブ賞ではステラン・スカルスガルドが助演男優賞を受賞、さらには第38回ヨーロッパ映画賞で6部門の最多受賞を果たし、ついには米国時間1月22日に発表となりました第98回アカデミー賞®で主要部門8部門で9ノミネートされた本作。受賞レースのフロントランナーをひた走り、オスカー受賞への期待が一層高まっている。

 そんな本作より、著名人からのコメントが到着した!
 今回コメントを寄せたのは総勢23名の俳優、映画監督、各界で活躍するアーティストやクリエイター。トリアー監督が描く「家族」というテーマや演じた俳優へ賞賛が集まる中、映画監督らからはトリアー監督が劇中に組み込む“映画”の描写への絶賛も相次ぐ。
 さらに、最新30秒予告映像も解禁! 「受け入れたいのに、許せない」こじれた父娘と、その間に絡み合う登場人物の感情が交差していくさまが描かれる中、「傑作。間違いなくオスカー最有力!」、「魂をえぐり、抱きしめられる」など海外からの大絶賛のコメントが続々と紹介される。すでに公開されている海外では大絶賛を浴び、映画祭や賞レースでの快進撃がめざましい本作。いよいよ日本での公開を今月に控え、日本での盛り上がりもご期待いただきたい。

コメント一覧(五十音順)

五十嵐耕平(映画監督)
 顔の映画。皺、口元、目の動き。どれだけ嫌悪を表明しようとも何かを見据えた時の親子の表情のその掴めなさは驚くほど似ている。
 映画は何も言わずとも、それを撮ることができてしまうのが恐ろしい。
 その逃れ難さはある時は憎悪に、そしてある時は愛になる。

石川 慶(映画監督)
 壊れかけた家を舞台に、“家族”というより、世代を越えて傷を抱えてきた“家そのもの”の物語だと感じました。
 アーティストが作品に逃げることで家族を犠牲にしてしまう危うさを描きながら、最後は清々しい希望へと着地していく――。
 去年のカンヌで、本当に出合えてよかったと思えた一本です。

イシヅカユウ(モデル/俳優)
 家族というしがらみを超え、一つの共感する物語を紡ぎ合うものとして相棒になれることは、きっと家族とか恋人とか、そんなものよりもずっと宝物で、かけがえがなくて、幸せなことだ。

伊藤亜和(文筆家)
 家族というもの。他の誰も身代わりになることはできない、約束された不幸のことである。
 私たちは同じ場所にいる。住処を変えても、死してもなお同じ場所で、互いの息遣いを気にせずにはいられない。
 「怒るものを愛すのは難しい」という。それでも愛することができるのもまた、家族という呪いなのかもしれない。

宇垣美里(フリーアナウンサー・俳優)
 言葉にすると手のひらから零れ落ちてしまいそうな心情の機微が、繊細に、丁寧に語られる。
 あったのに見ないふりしていた思いを掬い上げて光を当てる、
 その行為のなんと豊かで魅力的なことか。
 演じるということは。
 物語るということは。
 傲慢で、個人的で、でも開かれたその営みに
 やっぱり何度も救われてしまうんだ、とその尊さを改めて噛み締めた。

内山拓也(映画監督)
 黒い涙と、優しい微笑。
 鮮やかな色彩感覚と、複雑な人物構造。
 時間が解決することと、しないこと。
 それらはすべて美しいコントラストで紡がれる。
 空白の時間を差し示すさまざまなピース。
 深刻なテーマなのに、鋭い洞察力があるが故に心が軽くなるヨアキム・トリアーの世界。
 破壊されたものを、再生ではなく見つめ直す。
 『センチメンタル・バリュー』は、居場所の話だ。
 一つの家族に組み込まれる、一人ひとりの人間が重なるそのショットに心がふるえた。
 トリアー監督の人生が響き合うような物語は、誰しもに共鳴するであろう現代における市井の壮大な叙事詩。
 最後は、澄みきった多幸感に包まれた。

小川紗良(文筆家・映像作家・俳優)
 帰る家がほしい。たとえそれが作り物だとしても、亀裂が生じていようとも。変わらずそこにある体温や、何気ない視線の交わし合いに安堵したい。
 そんな切実さの宿るこの映画そのものが、きっと誰かの居場所になるだろう。

奥山由之(映画監督/写真家)
 家、家族、映画。
 感情の柱が複雑に入り組み、”ひび”が入りながらも何とかそこに立っている。
 そんな「家族」という物語を「映画」として語ることへの自己言及的批評。
 家は家族を見ている、家族は家に集まる。陶酔するほどに美しい傑作。

オダギリジョー(俳優)
 映画のちょうど真ん中あたり、父と娘が大きく衝突する。
 泣き崩れそうな大きな感情を、しかし俳優は、芝居(舞台稽古)に利用する……。
 『俳優の業』を見事に表現したシークエンスで、この2カットだけでこの監督の恐ろしさを知った。

呉 美保(映画監督)
 言葉にならない感情が映像の隅々にまで宿っている
 台詞、吐息、静寂、そして音楽や構図に至るまで
 そのすべてが完璧でありながらどこまでも優しい
 この晴れやかな心の震えをずっと感じていたい

折坂悠太(シンガーソングライター)
 許せない。傷ついた。いたく、さびしい。
 いくつもの失望が、この家を保ってきた。
 タイルを剥がして漆喰で塗り込める。
 このひびも、そのひびも
 持ち越したくない。引き継ぎたくないのにな。
 窓を見ると、よく似た顔が重なって、こちらを見ている。
 私のことを知っている、誰かを待っている。

川村元気(映画『8番出口』監督)
こ れほどまでに“映画”を美しく撮った映画があっただろうか。
 ヨアキム・トリアーが生む、奇跡的なカットの連続に息を呑む。

小島秀夫(ゲームクリエイター)
 カット、場面転換、リズム、選曲、曲入れ、キャスティング。
 全てがヨキアム・トリアー印の“バリュー“を示す。
 映画を撮ることで娘との関係の修復を試みる父。
 父の帰還で居場所を見失う娘たち。
 父娘の繊細な距離感を台詞ではなく、ピュアな映像と息遣いだけで描く。
 家族が「堕とした」“影”をこんなにも美しく撮る監督はいない。
 “センチメンタル・バリュー”は、ハリウッドにはない“小津作品”にも通じる北欧映画の唯一無二の“価値”を魅せる。

五所純子(作家・文筆家)
 親子とは、遺伝でなく、悲しみの相貌によって似かようものだ。家とは、そこに棲息した人びとの悲しみを無言のうちに受け継いでいく保存庫だ。ファミリー・ドラマである本作の、真の主役は「家」であり、影の主役は「祖母」である。歴史とは別のしかたで感情を継承してきたことに、子や孫じしんがはじめて気づく。その驚きを映画が描く。家がある、過去の輪郭と未完の余白として。家族がいる、胸のうちの収斂と転化として。

荘子it(Dos Monos)
 家族の歴史にこびりついた宿痾を描くドラマに反し、飄々と時代を跳躍していくサウンドトラックがもたらす異化効果ならぬ風化作用。虚構を通して現実が軽くなる。センチメンタル・バリューという言葉が醸すビジネス臭ささえもが機微である。

岨手由貴子(映画監督)
 なんというたおやかさでしょうか……!
 父と娘、姉と妹、祖母と孫娘、そして母と息子。
 彼らの間にある見えない糸が絡み合い、ほつれ、解けていく様子を、朝焼けが残る浜辺にいるような気分で眺めていました。
 「家族の物語」なんて古典的なテーマなのに、触られたことのない感情を静かに目覚めさせ、身の覚えのある温度で包んでくれる。
 とても素晴らしい映画でした。

竹田ダニエル(ライター・研究者)
 長所も短所も、思い出も傷も、引き継がれていく
 「世代間トラウマ」をかなり直接的に扱っていながらも、ありがちな「複雑な家族物語」とは一線を画す
 簡単に「悪者」を描かないトリアー監督らしい、爽やかながらもほろ苦い作品。

団塚唯我(映画監督)
 何も分かっていない父の、遅すぎる人生の見つめなおし。
 そのせいで家族と向き合う羽目になった私。
 これだけ関係がもつれると、ほどいていくのは難しい。
 面倒くさいにも程がある。
 だから、映画にする意義がある。

トミヤマユキコ(マンガ研究者、ライター)
 これは一筋縄ではいかない父と娘ふたりの物語。
 長い年月をかけてもつれ、絡まり、ほどけなくなった親子関係は、まるで厄介な毛糸玉だ。
 ハサミでばっさり行くこともできなくはないけれど、少しだけ勇気を出して抱きしめることができたら、冷え切った心と体はきっとぬくもりを取り戻す。

根本宗子(劇作家・演出家)
 親からの賞賛でしか満たされない部分を人は誰しも持っているのかもしれない。
 ラスト・シーンの二人の表情が深く胸に刻み込まれた。愛そのものだったから。
 どんな拗れた関係がそこにあっても父について同じ分想い悩んで会話ができる姉妹が、一人っ子のわたしには激しく羨ましくもあった。
 こんなに観客を柔らかく抱きしめてくれる映画があったなんて、とそっと涙が溢れた。
 この映画で2026年が始められて本当に良かった。

甫木元空(映画監督/Bialystocks)
 写真が時間を宙吊りにするのなら、映画は時間を編み直す。
 継承される時間、場所、関係。
 映画に刻まれた痕跡は過去だったはずなのに、そんな時間が積み重なり光の明滅がこの世界を少し肯定する。
 映画よ本当にありがとう。

松本花奈(映画監督)
 一度ついてしまった傷は、表面的には修復できたとしても、本当の意味では二度と元には戻らない。
 家の壁に入ったヒビも、床の凹みも、父と娘の関係性も。
 ――――そのはずなのに。
 私の中にはあなたがいて、あなたの中にも私がいる。
 他人だけど家族で、許せないけど一緒にいる。
 そんな矛盾を抱えて生きている。
 この映画に出合えたことは、私の人生にとって確かに救いでした。

吉田恵里香(脚本家/連続テレビ小説『虎に翼』、アニメ『ぼっち・ざ・ろっく!』)
 「親を愛さなくていい、許さなくていい」と「親を愛したい、許したい」は共存するから厄介だ。更に親にふりまわされた子どもには、ここに「親に愛されたかった、愛してほしい」という自分ではどうすることもできない強い願望も同居するわけで……残念ながら全てを満足させる答えは存在しない。何度も何度も間違えながら、もがき、葛藤しながら、今この瞬間の居心地の良い答えを見つけるしかない。本作はそんな親子の葛藤に、答えの出し方に、非常に誠実で美しかった。

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 配給:NOROSHI ギャガ
 2月20日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー

(オフィシャル素材提供)

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