新書棚端の平台に平積みで展示する(紀伊国屋書店大手町ビル店)

新書棚端の平台に平積みで展示する(紀伊国屋書店大手町ビル店)

本はリスキリングの手がかりになる。NIKKEIリスキリングでは、ビジネス街の書店をめぐりながら、その時々のその街の売れ筋本をウオッチし、本探し・本選びの材料を提供していく。

今回は、定点観測している紀伊国屋書店大手町ビル店だ。ビジネス書の売れゆきは人工知能(AI)関連の新刊などでにぎわいを見せているという。そんな中、書店員が注目するのは、金融政策や物価動向に詳しいマクロ経済学者が、緩やかに始まりつつある「インフレの時代」をどう理解し、どう生き抜けばよいかをわかりやすく説いた新書だった。

22年春以降の流れと今後10年の展望

その本は渡辺努『インフレの時代』(中公新書)。著者の渡辺氏は東京大学名誉教授。日銀勤務から研究者に転じ、米ハーバード大で博士号(PhD)を取得した後、一橋大学や東大で教授を務めた。研究テーマは物価と金融政策で、政府の審議会などを通じた政策提言にも関わっている。

そんなマクロ経済学者が、2022年春以降のインフレを観察しながら考えてきたことをまとめたのが本書だ。30年にわたってデフレ経済の下で生きてきた日本人にとって、ものの値段も上がり、金利もあり、賃金も上がっていく世界へは、なかなか感覚が切り替わっていかないというのが正直なところだろう。そこをマクロ的観察・分析から「できるだけ単純なロジックと平明な言葉」で説いていく。

序章で著者は22年春以降のインフレに接して一貫して持ち続けてきた2つの認識を披露する。一つは「インフレは起こるべくして起きた」、もう一つは「インフレの到来は日本にとって前向きな変化である」ということだ。そして書名に込めた願いをこう語る。「日本がデフレの閉塞感から抜け出し、インフレという新しいフェーズに入ったことを前向きに捉えて欲しい」

個々の文章は22〜25年の折々に雑誌などに書かれたものだが、6つのテーマに沿って整理されている。著者は今回のインフレを「賃金・物価・金利の正常化」と捉えており、22年春から25年春までを第1ステージ、その先2035年までを第2ステージと呼んでいる。慢性デフレの振り返りと第1ステージで何が起きたのかを検証するのが第1章、第2ステージで何が起きるかを展望するのが第2章だ。

第3章以降は「インフレと日銀」「インフレと賃上げ」「インフレと財政」「インフレの変動要因」についてそれぞれ考えていく。

「賃金と物価の好循環」は定着するか

インフレをポジティブに捉えるとき、キーワードとなるのは「賃金と物価の好循環」だ。物価が上がり、それを受けて賃金が上がり、企業はその賃金上昇分を価格に転嫁する。このサイクルが2%程度の水準で安定的に毎年繰り返されていけば、賃金や物価が正常化した世界が訪れる。22年から25年までこのサイクルが3回繰り返された。これを定着させるのがこれからの10年の課題だ。

物価を抑え込んだりするのではなく、適正なペースで上昇させながら、賃上げも後押しし続けていくのがインフレの時代の好循環を維持するには欠かせない。そのためには「最低賃金を今後一定のペースで上げていく」と政府が約束するといった「フォワード・ガイダンス」が有効という。

ここ3年間の変化を体感した我々は、消費者や労働者、経営者や政策担当者といった立場を超えて、それぞれがデフレ予想をポジティブなインフレ予想へと変えていくことが必要なようだ。

「本格的な内容ながら手軽に読める新書ということもあり、手に取っていく人が多い」と店長の瓜生春子さんは話す。春闘のシーズンも始まって、経済のマクロな見通しを整理しておきたいビジネスパーソンが多いのかもしれない。

2位に『インフレ・円安・バラマキ・国富流出』

それでは先週のランキングを見ていこう。今回は新書のベスト5を紹介する。

(1)インフレの時代渡辺努著(中公新書)(2)インフレ・円安・バラマキ・国富流出佐々木融著(日経プレミアシリーズ)(3)あなたの職場を憂鬱にする人たち舟木彩乃著(インターナショナル新書)(4)知らないと損する年金の真実【改訂版 2026年新制度対応】大江英樹・大江加代著(ワニブックスPLUS新書)(5)論理的思考とは何か渡邉雅子著(岩波新書)

(紀伊国屋書店大手町ビル店、2026年1月26日~2月1日)

今回紹介した『インフレの時代』が1位だった。強かった円がなぜ弱くなってしまったのかという構造変化を解説し、今後の見通しを示した、為替に詳しいエコノミストの本が2位に入った。3位は、職場を憂鬱にする人の事例を紹介し、その対処法を解説した本。25年11月の本欄の記事〈「職場を憂鬱にする人」にどう対処する? 心理学の知識で探る解決策〉で紹介した。

4位は年金に関するよくある誤解を解説したヒット本の改訂版。26年度の制度変更にも対応した内容だ。本欄25年5月の記事〈論理的思考は一つではない 文化的背景から解き明かす「考える技術」4つの型〉で紹介した本が5位だった。

(水柿武志)

Leave A Reply