2026年2月2日

PCから投稿

本作は変異体としてのバディムービーと言っていい。表向きは「二人で制限時間内に目的を達する」という時限付きサスペンスの形式を取る。が、その内実は極めて流動的で物語は二転三転し、観客の予測を意図的に裏切り続ける。相棒関係も固定された信頼や友情に安住せず、状況と選択によって常に揺さぶられる。ここでのバディとは、心を通わせる関係性というより、同じ時間制限に縛られた「仮初めの同盟」に近い。その不安定さが、サスペンスの緊張感と有機的に結びついている点は高評価。
一方で本作を語るうえで避けて通れないのが、タイトルに含まれた「AI」という言葉がもたらす想定外の鑑賞体験。とりわけカーチェイスの場面では、画面の迫力そのものよりも「これは実写のリアルなのか、それともAI生成のリアルなのか」という疑念が先に立ってしまう。本編の物語とは無関係なはずの思考が、映像体験に割り込んできてしまう。これは作り手が意図したメタ的効果というより、現代の観客が抱え込んでしまった時代のノイズ。結果として映画が本来持つ虚構の力を信じる以前に、制作技術の真偽を測ろうとする視線が生まれてしまう。
それが映画界にとって良い兆候なのかと問われれば、慎重にならざるを得ない。技術への意識が観客の感受性を拡張する場合もあるが、本作ではその意識が物語への没入を分断する瞬間が確かに存在してしまう。映画が「何を語るか」よりも、「どう作られたか」を先に考えさせてしまう危うさ、それ自体が現在映画が直面している過渡期を象徴している気がする。本作は娯楽性に富んだよくできたサスペンスであると同時に、映画がAI時代にどう見られてしまうのかを、皮肉にも可視化してしまった一本になったかもしれない。

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