昭和41年(1966年)の開場以来、伝統芸能の上演だけでなく、演劇・芸能関連の資料の収集と活用に努めてきた国立劇場。美術的に優れた名品から歴史的に貴重な資料まで、多岐にわたる所蔵資料から、担当者が「これを見て!」という一押しを紹介するのが、毎月末日に公開する美術展ナビ×国立劇場コラボ連載【芸能資料定期便】です。

今回の芸能資料定期便は、国立劇場所蔵資料より、河竹黙阿弥の娘・島女しまじょに関する資料をお届けします。

河竹黙阿弥は、幕末から明治時代にかけて活躍した歌舞伎作者(狂言作者)です。国立劇場は、河竹黙阿弥関連資料として、約350点の河竹家旧蔵資料を所蔵しており、そのほとんどは、平成24年(2012年)に黙阿弥のひ孫にあたる演劇研究者・河竹登志夫氏から寄贈されました。

狂言作者 黙阿弥

文化13年(1816年)、江戸の商家に生まれた黙阿弥は、天保5年(1834年)に父が亡くなった後、五代目鶴屋南北に入門しました。家業や病気のために何度か劇界を離れますが、天保14年(1843年)には、河原崎座の立作者(座付の狂言作者のトップ)となり、二代目河竹新七を襲名。四代目市川小團次と組んだ白浪物で大当りを続け、衰退していた江戸歌舞伎に再び活況をもたらしました。

明治期に入ると、時代の変革の中で、九代目市川團十郎や五代目尾上菊五郎、初代市川左團次らのために、活歴物や散切物など、新時代に即した作品を次々に生み出します。明治14年(1881年)に引退を宣言して「黙阿弥」と改名した後も作者としての活動を続け、明治26年(1893年)に78歳でその生涯を終えました。

黙阿弥が生涯に手掛けた作品は360余にのぼり、「三人吉三廓初買さんにんきちさくるわのはつがい」や「青砥稿花紅彩画あおとぞうしはなのにしきえ(白浪五人男)」、「盲長屋梅加賀鳶めくらながやうめがかがとび」など、現在まで繰り返し上演される作品も数多く残されています。

また、黙阿弥は文才にとどまらず、看板下絵を得意とするほどの画才も備えていました。

「河竹黙阿弥(63歳)」、明治11年、国立劇場所蔵
島女 柴田是真の弟子として画才を発揮

そんな黙阿弥の次女として、安政3年(1856年)に生まれたのが島女です。生まれつき器用で絵を好んだ島女は、父の画才を受け継ぎ、黙阿弥と親交の深かった柴田しばた是真ぜしんに弟子入りします。島女は是真の下でその才を存分に発揮し、同門の十哲の一人と称されるほどまで腕を上げました。

「島女画団扇絵(菊)」、国立劇場所蔵

こちらは島女が描いた団扇絵の一枚です。竹の花入に活けられた菊を、鮮やかな色彩で瑞々しく描いています。菊の奥には、撫子と思われる赤い花が添えられ、画面に彩りを加えています。

さらに、写真では分かりにくいですが、雲母きら摺りが画面全体に施され、つややかな印象を与えます。

拡大図 点状に白く光っているのが雲母

この団扇絵の制作年代は不明ですが、団扇の骨の跡が残っていることから、一度団扇に仕立てられたものをはがして保管していたと考えられます。国立劇場では今回ご紹介した菊の絵を含め計12枚の団扇絵を所蔵しており、島女の画風を伝える貴重な資料の一つとなっています。

国立劇場所蔵の島女画団扇絵

自然を写実的に描き出す島女の画風は、どこか師・柴田是真の絵を想起させますが、師の画風を追った島女の作品は、展覧会では是真の作とよく間違えられていたといいます。是真はその素質を惜しむあまり、模倣ではなく自分の画風を習得するよう厳しく指導することもあり、是真が島女を認め、期待を寄せていた様子がうかがえます。

「市川家十八番歌舞伎双六」明治12年、国立劇場所蔵

「市川家十八番歌舞伎双六」と題されたこちらは、市川團十郎ゆかりの歌舞伎十八番に因んだ双六風の錦絵です。各演目の図は数名の絵師によるもので、島女画も含まれています。

島女画抜粋(上段左より「鳴神」「解脱」「関羽」「鑷弾正(毛抜)」「押戻」「蛇柳」「象引」「嫐」)

島女の絵は8図で、ほかの絵師には、当時、役者絵の第一人者であった豊原国周らの名前が見られます。名だたる絵師と並んで制作に参加している点からも彼女の実力の高さがうかがえるでしょう。

34歳の若さでこの世を去る

こうして順調に画業を深めていた島女でしたが、肺結核を患い、病床に臥すことになります。本所(現・墨田区)の自宅で療養しますが、ついに病は治らず、明治22年(1889年)11月25日、34歳の若さでこの世を去りました。

黙阿弥は、遺言状の中で自身の本葬を出さないようにと記すほど質素倹約を重んじていました。しかし、島女の死に際しては、盛大な葬式を執り行ったといいます。先立った娘への父・黙阿弥の深い愛情が感じられますね。

さて、国立劇場が所蔵する河竹家旧蔵資料は、黙阿弥亡き後、長女・糸ら子孫によって守り継がれてきたものです。ジャパンサーチのギャラリー「河竹黙阿弥関連資料-黙阿弥と周辺の人々-」 では、今回ご紹介した島女の作品をはじめとするそのコレクションの一部をご覧いただけます。

また、国立劇場所蔵資料展「時代を描いた浮世絵師 三代歌川国貞」を大阪の国立文楽劇場で3月8日(日)まで開催中です。三代歌川国貞は、黙阿弥と同時代の幕末から明治時代に活躍した浮世絵師で、黙阿弥作の歌舞伎に取材した絵も残しています。会場でもそのいくつかを展示中です。

さらに、2月14日(土)には、展示監修者で太田記念美術館上席学芸員の渡邉晃さんによる展示関連講座「時代を描いた浮世絵師 三代歌川国貞の画業をひもとく」 の開催が決定しました!皆さまのご来場をお待ちしています。(国立劇場調査資料課 木村紗知)

◇【ハカセとNARIのときめくアート第59回】大阪・日本橋の国立文楽劇場で文楽と国立劇場所蔵資料展「時代を描いた浮世絵師 三代歌川国貞」を鑑賞

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