
子育て奮闘中の落語家・桂鞠輔
Photo By スポニチ
【古野公喜のおもろい噺家み~つけた!】噺家生活15周年を迎え、落語と子育ての“二刀流”で奮闘するのが2児の母、ママさん噺家の桂鞠輔(40)だ。3月9~15日には神戸新開地・喜楽館の昼席で噺家15周年記念の「翔ぶトリウィーク」を開催。1週間、寄席の大トリを務める。
日本一長いと言われる大阪・天神橋筋商店街の近くで生まれ育った。誕生日も“初天神の日”。後に天神天満花娘(09年)を務め、上方の定席・天満天神繁昌亭で高座に上がるのだから、地元との縁はかなり深かったのだろう。
子どもの頃から水泳を習い、指導員を3年務めた活発な少女。お笑いが大好きで「吉本新喜劇の未知やすえさんのファンでした。メッチャおもしろいのに綺麗な人だった」と憧れの人と同じ舞台に立つことを夢見た。高校在学中には学校を休んで新喜劇のオーディションを受けに行ったりもした。
高校卒業後は母の勧めで看護学校に通ったが1年で挫折。06年にNSC(吉本総合芸能学院)へ入学した。やはり目指したのはお笑いの道。29期生で、同期には見取り図や金属バット、吉田たちがいる。「あまりNSC卒業と言わないように、と師匠に言われてた」と大っぴらに公表はしていない。NSC卒業後は「芝居の力をつけるために」とアングラ劇団「野外劇団楽市楽座」に入り、芝居を勉強。「野外で円形の舞台。繁昌亭の四角い舞台は緊張しました」と懐かしそうに笑った。
劇団に入って1年半が経った頃、繁昌亭で開かれた「落語家入門講座」に通い始めた。その講師を務めていたのが後に師匠となる桂米輔だった。半年間の講義を受け、最後の発表会では「道具屋」を披露。「師匠の舞台を観に行って、声がポンポン変わって、声の出し方がすごくて、聞いていて楽しかった」と米輔に弟子入り志願した。一度は「いろんな噺家を見てから決めなさい」と断られたが、再度志願して、10年4月に入門した。
師匠からは入門時に「繁昌亭には長い廊下があって、皆、泣きながら掃除してる」などと修業のつらさを教えられたこともあったそうだ。ちなみに初の高座で披露した「道具屋」には「24歳にもなって毎日遊んでるなんて、ろくなことない…」という一節がある。「セリフ通り?私も24歳でちゃんと噺家になりました」とネタに因縁を感じていた。修業時代は実家から自宅から師匠宅まで30分の道のりを自転車で通った。「1つ2つ、ネタを練習しながら通ってました」。いい練習時間になったそうだ。
3年で年季明け。15年に結婚した。各地で落語会に出演し、露の瑞とは「花の女子学園~鞠輔と瑞の落語お勉強会~」で何度も共演。「桂鞠輔のぷくぷく落語会」とともに今春、開催する予定だ。
今は小学生2人の子育てをしながら「仕事は少しセーブして。でも、続けます」と育児と芸能の仕事を両立。寝る時間を削って頑張りすぎて、入院したこともあるが「せっかく噺家になったのだから、落語も全力でやってます。こどもたちに寂しい思いをさせてるでしょうが」と一瞬、ママの顔をのぞかせた。
昨年10月、天満天神繁昌亭での「翔ぶトリウィーク」で1週間、大トリを務めた。口上も初めての経験。「すごく勉強になりました。普段できないようなネタにも挑戦して。やりたいモノ、挑戦したいモノをやる場を与えていただいた。ホントに感謝してます」と目を細めた。
落語の新作ネタにも積極的に取り組んでいる。子どもとの日常会話など子育て奮闘記も評判のネタに。救命の資格を取ったり、目下エコ検定も勉強中。「環境問題もネタに。SDG’sにも取り残されたくないし、子どもの未来のためにも」とママさん目線を随所に発揮する構えだ。
目標はもちろん、師匠。「師匠の背中を見ていて、いつも綺麗に舞台を務められてる。自然にお客様に笑っていただき、知らん間に客席を引き込む。そんな噺家になりたい。子どものことも考えつつ、落語もしっかりやります」。“二刀流”ママさんの決意は固い。(演芸担当)
◇桂鞠輔(かつら・まりすけ)本名=藤田ゆかり。1986年(昭和61年)年1月25日、大阪市出身の40歳。2010年4月に桂米輔に入門。趣味は占い。特技は乗馬、水泳。
続きを表示
