本好きな著名人のオススメ本や書店に対する思いを語ってもらう特別企画「書店応援団」。今回は、神奈川県鎌倉市に拠点を置く「面白法人カヤック」の代表取締役CEO・柳澤大輔さんです。「面白がってはたらこう」「面白いと言われよう」「世界を面白くしよう」の3つの意味を込めた「面白法人」を企業理念に置き、さまざまな事業を手がける柳澤さんは、読書家としても知られています。

読書の良さを語る柳澤大輔さん
人間、いろんな見方があるから面白い
企業理念の「面白法人」は、どんな性格の会社にしようかと考えてつくった言葉です。「面白い」というのは「興味深い」ということでもあるし、いろんな視点で物事を見ていくということでもある。「楽しい」にも近い。1つの事象について、いろんな見方ができること自体が面白い。新卒社員から社長まで、それぞれで視座は違いますが、人間であればそれぞれの見方がある。それが面白いですよね。いろんな見方を行き来することができることが大事だと思います。
読書量は月20冊 面白いと著者に会いに行く!
読む本はビジネス書から小説まで幅広く、ひと月に20冊くらい読みます。速読のために、「かたまり」として読んでいく訓練もしました。
読書にはいろんな価値がありますが、自分の考えをアップデートできるし、「そういうことか」と、ひらめく「アハ体験」※ができるのが強みですね。それから、著者や登場人物の人生経験がぎゅっと詰まっているから、それを1冊でのぞき見ることができるという面白さもある。
※アハ体験=ひらめきや、何かに気づいたことを感じる体験のこと
本は、人との出会いにも使っています。僕が面白法人という特殊な会社を率いているから会ってもらいやすいということもありますが、「あ、この人面白いな」と思えば、著者に会いに行きます。本を通じて人脈が広がった経験は、何回もあります。
知らない業界に参入する時は、その業界の本を50冊くらい読みます。それぞれの本が共通して伝えていることがあり、「ああ、これがこの業界の本質、勘所なんだな」とわかります。うちは、みんながやりたいことを実現していく会社なので、例えば「ゲームを作りたい人がいたから作った」という感じで、必ずしも「社長の僕がやりたいから始めた」というわけではない。でも僕は社長だから、やるからには必死に学ばなければならない。そのために読んでいます。

知らない業界を学ぶためにも読書は必要と語る柳澤さん
編集者とファンと、二つの目線で読む
昨年、サッカーJ3「FC琉球OKINAWA」の運営会社の筆頭株主になり、いまはスポーツビジネスの本をいろいろ読みますね。その中で良かったのは、「サッカーはデータが10割」(イアン・グラハム著・木崎伸也監修、飛鳥新社)です。著者のサッカー愛がすごい。昔のエピソードが多いのでサッカーファン向きですが、データ分析に関する世界の最先端の話が書かれている。サッカーのデータ分析は野球より少し遅れていると言われているのですが、「サッカーの未来はデータが勝負だな」と思いました。

サッカーはデータが10割(イアン・グラハム著 木崎伸也監修 飛鳥新社)
うちはエンターテインメント事業も手がけているので、本を読む時は「どういうものが売れるのか」という編集者の目線と、純粋に一ファンとしての目線の二つがあります。小説なんかは、毎年、賞にノミネートされる本の半分くらいは読んでいると思います。ノミネートされた本は、やっぱりどれも面白いですよ。「好きか嫌いか」でいえば、「嫌い」はない。いい本に出会うと、読みながら「早く次の展開が知りたい」と思ってしまいます。
でも、僕の好みや趣味が合う本は、そういう本とは少し違います。「これは売れないな」と思っても、「自分は絶対にこれが好き」というのがあります。「なにかを突出して極めている」という人物が描かれた、どこか「変態的なところ」がある本です(笑)。図書館の本を盗み続けた男とか、「なんでこんなになっちゃったんだろう」というね。共感はできないし、共感するために読んでいるわけでもないけど、「あ、こんな人がいるんだ」とか、「あ、こういう見方があったんだ」というものを期待してしまうんですよ。
「七帝柔道記」に何とも言えない芸術性
これは面白いと思って誰かに伝えたくなった本に、「七帝柔道記」(増田俊也著、KADOKAWA)があります。七つある旧帝国大学に柔道部があるのですが、部員は4年間、ひたすら寝技をやり続ける。ある部員は試合でひっくり返されないように、「亀」と呼ばれる役をやり続ける。「亀」を4年間極めるのだが、何も報われず、ハッピーエンドでもない。そこに、何とも言えない芸術性を感じます。「生き方が美しい」と思う。「そういう生き方があるんだ」というところにスポットライトをあてた本が面白いですね。

七帝柔道記(増田俊也著 KADOKAWA/角川文庫)
いい出会いと「アハ体験」を求めて書店へ
インターネット通販で本を買う時代です。僕も買いたい本がはっきりしている時は、ネットで調べて注文します。ネットは早いし、登録した本のデータからオススメの本が表示されるリコメンド機能もあって便利です。
しかし、買いたい本を特に決めていない時は、間違いなく書店を訪ねます。書店にはネットとはまた違った本との出会い方がある。やっぱり書店にふらっと入って、その時に心に響いたものを手にとると、いい出会いにつながる。そして、「アハ体験」を狙いに行く。そういうリアルな場としての価値があります。
書店は、街の風景を作る文化的な灯
ある国に旅行した時、書店がなく、文化的に寂しい地域だなと感じたことがあります。だから、街から書店がなくなるのは、なんとなく文化的な灯が消えてしまうような感覚はありますね。
書店は、二極化していくだろうと思います。店主がセレクトした本が並び、店主の世界観が出ている小さな書店と、カフェが入るような、あらゆる本がそろっている大型店、このどっちかになるのかな。どっちもわくわく感はありますね。いわゆる昔からの本屋さんという業態であり続ける必要はないとも思う。そこはいろいろ変わっていくんじゃないでしょうか。

出版の新しい価値を考えているという柳澤さん
でも、「知の拠点」はあったほうがいい。書店でも図書館でもいい。それが街の風景を作っていくと思います。落書きの多い街はなんとなく治安が悪い感じがするのと同じで、「本屋」がない街は、なんとなく文化的な深みが生まれないという空気感になっちゃう。そこは大事かなと思いますよ。
うちの子会社に出版社がありますが、出版の新しい価値についてとか、本の形態を新しくしていくにはどうすればいいかとか、そういう議論をしょっちゅうして、アイデアを出し合っています。「みんなで1冊の本を読みながら、サービスとして成立するものはないかな」とか。「本屋」をやるかどうかは別にして、これから本に関わる新しいことにいろいろチャレンジしていきたいですね。

【プロフィール】
柳澤 大輔(やなぎさわ だいすけ)
1974年2月、香港生まれ。慶応大環境情報学部卒業。ソニー・ミュージックエンタテインメントを経て、98年、学生時代の友人と面白法人カヤックを設立。鎌倉に本社を置き、東京・秋葉原にもオフィスがある。デジタルコンテンツの制作開発のほか、不動産や移住支援などを幅広く手がけ、昨年12月時点の社員数は250人。約20のグループ会社を持ち、グループ会社社員数は計612人。著書に「鎌倉資本主義」(プレジデント社)など。昨年2月にサッカーJ3「FC琉球OKINAWA」の経営に参画、現在は鎌倉と沖縄を往復する日々。
