タモリを導いた赤塚不二夫 #shorts

#赤塚不二夫 #タモリ #漫画家 #お笑い芸人

本チャンネルでは以下の音声を使用させて頂いております。・VOICEVOX:四国めたん

33件のコメント

  1. 赤塚先生の知遇を得てなかったとしたら、タモリさんはどうなっていたろう。やはり誰かに見出されて世に出てきたか、福岡の面白いオッチャンで生涯を過ごしていたのか。分からないけど、やはり自らは赤塚の作品である、という弔辞がしっくりくるので、赤塚無くしてタモリなし、だったように思う。

  2. タモリさんの芸は一般的にいわれる「お笑い」とは完全に方向が違う タモリさんのお笑いは相方やパートナーを必要とせず、観客も爆笑も必要としてない タモリさん1人で完結してる タモリの前にタモリなし、タモリの後にタモリなし 唯一無二の存在

  3. 赤塚さんも売れなかった時代に寺田ヒロさんに小遣いもらって食わせてもらったからそれを受け継いだんだな。

  4. タモリや所ジョージってTVというメディアが
    あったからこそ出て来たタイプの人だよね。
    ビートたけしは演芸場でキップ切りからやって
    きたまさに”芸人”だけどタモリや所ジョージは
    そういう芸人の下積み時代が無くポンと出て
    来た感じ。漫才や落語の様な決まったネタが
    無くてもその場で面白いことが言えたり出来
    たりすればいいというTV特有の性質で出て
    これた人達だと思う。
    まさにTV時代の申し子と言っていい。

  5. 赤塚先生もトキワ荘時代テラさんこと寺田ヒロオ先生に助けてもらった経験があるからタモリさんを助けたいと思ったのかな😊

  6. タモリさんに出会ったことでギャグ漫画へ向けてたオモシロの力をテレビに向けるようになったんだよね
    出会う前から漫画はアシスタントが描いてて本人はほぼ描いてなかったらしいけど以降はもっと加速したとか

  7. こんなに一緒にいるんだから愛し合うこともできるはずだってホモ行為(なんか違うという理由で未遂)までするのはすごい。

  8. ただ飲み歩いたのではなく、「芸を磨いた」ってのが世に認められる人間のスタンスなんだろうな。

  9. タモリは赤塚先生の告別式で
    私もあなたの作品だったと言った
    でも赤塚先生にとってはタモさんが
    ジェネレーターだったんだろね

  10. その赤塚不二夫先生も寺田ヒロオ先生から5万円でこれが尽きるまでマンガ描けるだけ描いてみたら?。と言われ助けてもらってる。
    そして、手塚先生の落とした穴を埋めて無事初連載を手に入れた。

  11. 知らない人がほとんどだと思うけれど笑っていいともが始まる時のタモリの評価は、売れてない頃の出川以下です。
    タモリなんかがお昼の番組に出ること自体おかしいし、勤まるはずが無いとの評価。
    ビックリですよね。

  12. 自宅に居候しておこづかい。今なら週刊誌ネタになって炎上、おもしろくても人間としてダメの烙印をおされて売れなかったかも

  13. 昔から、芸術家には金持ちのパトロンがついてめんどう見る文化があった。いつからか、自分で稼げないやつはダメ、バイトでもしろという感じになったような

  14. 今で言う尖ってた頃のクッキーを昼帯のMCにしたような感じだろ。当時のプロデューサーが凄い。

  15. よく今で言うと江頭みたいな感じだったって言うけど当時を知ってるから言える、江頭とは実は全く違うんだよ。
    江頭はyoutube 初めて評価が変わって来てるけどね。

    タモリはインテリ受けするような芸風とネタだったし、割と早くから司会もしてる。
    少なくとも出オチ芸人ではなかったよ。

  16. 笑っていいともって若手芸人を世の中に送り出す役割してたよね。芽が出たばかりの若手を花咲くまで育てるそんな役割。みんなあそこから人気者になった

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