上岡龍太郎の吉本の辞め方がうまかった

上岡さん、もう吉本でしょ。昔ね、漫画取るよで吉本工業。ほんで昔から、ま、吉本をやめる時は大変だとうちの会社やめも大変ですよね。やめたら、ま、本当にあの仕事できようにしたるぞって笑いながら本気でおっしゃいますし、 僕はやめてやっても泊まりに行って暴れたるとおっしゃいますから。 やめの大変だと。どうしてやめん。かつてその漫画取りようや内さんはどうしてやめてってやろって。で、調べたことあるんですよ。僕らは。僕らの世代で。 うん。 漫画は少しずつ権利を吉本から取っていったと事務所を作る。これ関係ない事務所です。でも予はここでさしてくださいとか ちょっとだけはとそして徐々に徐々に吉本が気うちに県を奪っていって気たらあれやめてるわなと思っ [音楽] うん。そうそう。 うん。 ね3年か4年かかってそれやったね。 うん。Ne.

弁護士だった父親の入れ知恵か?

#上岡龍太郎 #紳助 #お笑い

24件のコメント

  1. それからノックが国会議員になってアンタッチャブルになり、弟子の横山やすしが吉本の屋台骨になるという幸運もあった

  2. 紳助が給料上げてほしいから社長に直談判しにいったら社長は上着を脱いで「とりあえずかかってこんかい」と吠えた

  3. そもそも吉本が今ほど巨大で強い事務所でも無かった事が大きいと思う。東京に事務所作ったのが1980年代で松本が「東京事務所は電話が置いてあるだけだった」とか話すぐらい、まだあくまで大阪の芸能事務所と言う感じだった。

  4. 反社みたいだけど、でも昔の芸人なんかこんな感じでないと手綱を操れんかったと思う。
    やくざから金を借りて平気で滞納出来る連中だったし。

  5. 20代の若手が50万~100万円普通にもらえてる
    今の状況なんて考えられないくらいケチだったからな。

  6. 財津一郎は舞台で大きな声を出さない、ウケないというのを数年続けて会社を納得させたみたいな感じだったとかなんとか。

  7. 姉さん、兄さんという呼び方、吉本は家族、昔は今以上に独立する時の圧力がすごかった。
    やっぱり興業って付いてるくらいだからヤクザな会社だったんだな。

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