2015年に出版業と宿泊業を組み合わせてスタートした真鶴出版。出版業は代表の川口瞬さんとアシスタントの山中美友紀さんが手がけ、これまでに携わった書籍は14冊。それぞれの本には企画から装丁まで、こだわりがぎゅっと詰まっています。「探訪!ひとり出版社」真鶴出版編の最終回は、大手出版社とは一線を画す独自の本づくりの考え方や、本の価格設定と販売方法、そしてこれからの本のあり方について川口さんに聞きました。

本づくりに、手仕事を入れる理由

『最小文化複合施設』(宮崎晃吉/顧彬彬 著、HAGISO 発行、真鶴出版 発売)はスリーブケース(外箱)に袋とじ、草木染した栞紐(しおりひも)と、細部までこだわったつくりに驚きました。この本の制作は、どんなふうに始まったのですか?

 発行元のHAGISOは、東京の谷中を拠点にした建築事務所で、地域に根ざした活動をしています。代表の宮崎晃吉さんとは、「日常」(一般社団法人日本まちやど協会)の制作を一緒にしているのですが、その中で「HAGISOの本もつくりたい」という話が持ち上がったんです。もともと別の出版社で書籍化が進んでいたそうですが途中で止まってしまって、その原稿を引き継ぐかたちで、僕が編集として関わることになりました。

 本の骨子は、HAGISOが運営する8店舗の10年間を振り返る内容です。取材を進めるうちに、僕自身がHAGISOで働く人たちの個性に引かれていきました。みんながそれぞれに自立していて、社員というよりも一人ひとりが個人事業主のように動いているんです。HAGISOというのは、こういう人たちの魅力で成り立っているのだなという実感を形にしたくて、宮崎さん以外のHAGISOスタッフとの対談を収録しました。お店の間取りを紹介する「お店大解剖」ページをつくったり、対談の中から自然にレシピページの企画が生まれたりして、本をつくる過程でどんどん企画が広がって、ページ数が増えていきました。

スリーブケースと草木染の栞紐が付いた『最小文化複合施設』(宮崎晃吉/顧彬彬著、HAGISO発行、真鶴出版発売)

スリーブケースと草木染の栞紐が付いた『最小文化複合施設』(宮崎晃吉/顧彬彬著、HAGISO発行、真鶴出版発売)

袋とじがある本は珍しいです。

 袋とじは制作の初期段階からアイデアとしてありました。少し変わった仕掛けを入れたかったんです。HAGISOの売り上げデータを掲載したかったのですが、そのまま紙面に載せると生々しさが出てしまう。だったら袋とじにして、読者が自分で開く体験にしたら面白いなと思って。草木染の栞紐は、本のどこかに手作業を入れたくて考えたものです。HAGISOの由来になった萩の葉を使って、真鶴でひもを染めました。

なぜ、本づくりに手作業を入れたいのですか?

 ひとつは、大手出版社にはできないことをやりたいという思いがあります。それに、これからの本の価値を考えたときに、ただ情報を届けるだけでなく「本棚に入れたくなる」「手元に置いておきたくなる」と思ってもらえる存在であることが大切だと思うからです。情報を届けるだけなら、インターネットで十分です。でも、手作業が入った本なら、簡単には捨てられないのではないかと思うのです。

今の本の価格は、適正だろうか?

川口さんは、本の価格を2000円台に設定しているとお聞きしました。価格については、どのように考えていますか?

 もともと、本の価格が安すぎると感じていました。本が安いと、そのしわ寄せは印刷会社や書店にも響いてきます。だから真鶴出版では、2000円台を基準にしてきました。ただ、最近は業界全体で価格が上がっていますし、この流れは続いていくと思っています。いずれは3000円台が当たり前になると思っているので、『最小文化複合施設』はきちんと利益が確保できる価格で、そして価格上昇の先取りの意味も含めて税込み3300円に設定しました。

「本の価格はいずれ3000円台が基準になると思っています」(川口さん)

「本の価格はいずれ3000円台が基準になると思っています」(川口さん)

真鶴出版では本体価格の65~70%で書店に卸していますが、その条件はどのように決めたのでしょう。

 いろいろと試行錯誤を重ねて、今のところは65~70%で落ち着いています。僕たち自身も書店機能を持っているので実感として分かるのですが、書店を運営していくには、少なくとも30%の利益が必要だと思うんです。なので、基本は70%に設定しています。たくさん仕入れてくださる場合は、その分の送料がかからないので、15冊以上の注文については掛け率を少し下げるようにしています。

出版業界は、「本をつくるために本をつくる」という自転車操業的な構造があります。真鶴出版は制作費や利益をどう考えていますか?

 実際、真鶴出版も自転車操業に近い書籍もありますね。新刊を出して、最初の売り上げで印刷費を支払う書籍もあります。資材も高騰していますし、これからは「たくさん本をつくって大量に売る」というやり方ではなくなっていくはずです。だからこそ、本の価格をきちんと上げて、それに見合うような造本にして、本づくりに関わる人たちが継続して仕事ができる仕組みにしていくことが大切だと思っています。

真鶴出版の本は、どんな方法で販売しているのですか?

 真鶴出版の本はAmazonでは今のところ販売していません。新刊はまず自社のオンラインストアで200部ほど売れます。書店への販促は、メールでの案内とトークイベントが中心で、「一冊!取引所」(出版社のミシマ社が運営する受発注プラットフォーム)も使っています。本当は、もっと全国のいろんな独立系書店に直接営業に行って、つながりをつくっていきたいのですが、まだ実現できていません。たとえば、全国に特に仲の良い書店が12カ所あって、1年に1度それぞれの町で“真鶴出版フェア”ができたら幸せだなと考えたりします。

 取引はフェアなどの例外を除いて、買い切りでお願いしています。委託販売という方法もありますが、販売数の管理と確認の手続きが増えるだけでなく、入金サイクルも必然的に遅くなります。たくさん刷って、たくさん売りたい出版社にはメリットがある方法かもしれませんが、小さく濃く本を届けたい場合は、買い切りだけで良いかなと思っています。

業種の壁を越えると、仕事はもっと面白くなる

真鶴出版は、出版業と宿泊業という異業種を組み合わせています。業態をかけあわせることで、収益は安定するのでしょうか。

 今は出版・宿泊・ショップの3本柱で運営しています。収入の割合は、おおよそ出版が3、宿泊3、ショップ2。そのほかの講演や視察の受け入れなどで残りの2といったバランスです。最近はオンラインも含めて、ショップの売り上げが伸びています。ショップ自体は木・金・土曜日のみの営業で、しかも不定期なのですが、それでもわざわざ真鶴まで足を運んでくださる方がいらっしゃいます。宿は現在2棟あって、初めての方はショップも併設する2号店、リピーターや連泊の方は2025年1月に始めた3号店に泊まっていただいています(1号店は2号店ができたタイミングで閉店)。いまのところ、2号店の稼働率は90%以上のことが多いです。

ショップを併設した2号店の客室(写真提供:真鶴出版)

ショップを併設した2号店の客室(写真提供:真鶴出版)

本棚のある宿はありますが、出版社の宿は珍しいです。出版と宿泊の組み合わせは、真鶴出版ならではですね。

 もともと計画的にビジネスを設計したわけではなくて、やってみたら「けっこう相性いいじゃん」という感じなんです。本屋でいえば、「一見すると何をしているか分からないような本屋」みたいな場所がもっと増えていくといいなと思っていて。たとえば、「本と美容室」のアタシ社は出版業や本屋をやりながら美容室を運営しています。本屋だけじゃなくて雑貨店なども、どんどん業種の垣根を越えていけたら面白い。いろんなものが混ざり合っている場所の方が生き残りやすいと思うし、やっている側も訪れる側も楽しいと思うんです。

取材・文/石川 歩 構成/市川史樹(日経BOOKプラス) 写真/鈴木愛子

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