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綾野剛主演、日本を代表する脚本家・荒井晴彦の監督最新作「星と月は天の穴」が12月19日公開を迎える。吉行淳之介の同名小説が原作。1960年代、苦い離婚経験から恋愛をこじらせる40代小説家の思考と日常、その人生に侵入する女たちとの関係、心理描写を、饒舌に表現した綾野に話を聞いた。(取材・文/編集部、撮影/間庭裕基)

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本作は荒井監督が「映画の仕事をするようになって、いつか映画にしたいと思ってきた」と公言する念願の企画だった。荒井監督作品への出演は2度目となり、今回、主人公の小説家、矢添役のオファーを受けた綾野は、その脚本に書かれたセリフの強さに惹かれた。

「荒井さんの脚本とその言葉と文体に圧倒されました。荒井さんは脚本家として時代を駆け抜けてきた方ですから、今、荒井さんが形にしたいものに、自分が少しでも携わることができるのであれば全力でお応えしたい、そんな気持ちでお受けしました。荒井さんの脚本は本当に美しく、時に滑稽で、文学的で。その活字IQの高さに対峙して、俳優として言葉を読む、言葉を纏うことが、他の現場ではなかなか味わえない血肉に変わるんです」

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ひとつひとつのセリフを大事にした脚本ありきの作品であると理解し、綾野のアドリブはほとんどなく、敢えて肉体で表現することも抑えた。朗読ともとれるような、モノローグだけではない矢添の発する言葉の隅々に、そんな綾野の哲学がにじむ。

「スクリプトの強さというのは本当に何にも代えがたいものです。今回のセリフには、情感も感情も表情も書かれてあるので、基本的には肉体で表現しないということに徹しました。中肉中背、スタンダードで物語のない、なるべく印象に残らない肉体にしたいと考え、ぼんやりして、思想がない感じを意識しました。表情や手もすごく雄弁なものなので、なるべくその存在を無くして、セリフがクリアに届く“拡声器”になる、というイメージで演じました。そして、そのことが、肉体的に感情を持った女性たちとの対比になると思ったのです」

「白黒で撮られるので、そのテクスチャーはカラーと違った印象に変わり、陰影の深度も変わります。見えていたものが見えないとも言えますし、見えるものをより限定して見せているとも言えるので、そういったことを邪魔しない“状態”を考え抜きました。そのためにはセリフを正しく言うこと。情感はすべて書かれているので、自分が足したり補填する必要はまったくありませんでした」

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そして、矢添という人物をこう分析する。

「自分の言葉に対して自分で分析し、説明することを怠らない人です。女性から、好きな人はいるのかとか、結婚はしてないのかと問われても、『だからといってその席が空いてるわけじゃないよ』なんて言ってしまうニュアンスも具体的です。恋愛に対して積極的だと思いますし、観念をちゃんと持っています。言葉をほったらかしにしない。言葉を放られた状態で空中分解するのが嫌なんでしょう。だから相手の言葉も絶対に無視しない。そうすると物語が勝手に進んでいってしまう、そんな面白さがありました」

「咲耶さん、田中麗奈さん、岬あかりさんが本当に素晴らしかったです。お三方が、この作品を“いざなっている”といいますか、3人の作った渦に、僕が巻かれているようでした。結局は矢添自身がいろんな女性に翻弄されて、投げられた言葉を無視せずに、ちゃんと答える。そこに物語が生まれて、空の星のように、どんどん広がっていく。そして、気づいたときには、彼が育んできた感覚と、相手の成長が釣り合わなくて、驚きながら、彼女たちに飲み込まれ、もたれかかられ――その恐怖もありつつ本能的に受動してしまう。面白い人です。2年に1回くらいは、会って話してみたいなと思う人です」と客観的に、自身の演じた愛すべき役柄を振り返る。

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本作は、性的描写が含まれたR18+作品であるが、その表現の豊かさは、ポルノ的ではなく、作家が紡ぐ言葉のような荒井監督の“品の良さ”だと強調する。綾野も作り手として、撮影現場で様々なアイデアを提案した。「性的描写がある作品が特別なのではなく、必要なものにはあって、必要でないものにはない。と、至ってフラット、シンプルに考えています」という。そして、今作の性的描写は“ハイブリッド”だと説明する。

「性的描写を映像化するときは、事前にいろんな確認をします。インティマシーコーディネーターという存在がなかった時代からやり続けてきましたが、大事なのは、目で見える情報は強度があるので、そこに対する明確な姿勢と配慮が必要だということ。今はより演じる側、現場側にとっても良い環境になり、徹底的にアップデートすべきだと思います」

「映っているものだけが評価の対象ではないと思います。荒井さんの監督作品は、R18+だとしても一線を引いている感じがします。それが荒井さんの品の良さだと思います。その品の良さとコーディネーター、現場の姿勢があってこそ、咲耶さん、田中さん、岬さんたちが安心して臨める環境が整ったのだと思います」

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荒井監督作品に出演したことで、大きな変化があったという綾野。今作も確実な手ごたえを感じ、今後はより若い世代にも荒井監督の作品、現場を体験してほしいと願っている。

「それぞれ尺度が違うと思いますが、荒井さんにしか撮れない映画が出来上がったということが、最大の勝利です。荒井組の一員としてみても、唯一無二の世界観に全スタッフキャストが脚本と作家性に誠実に向き合えた、そういう意味で大成功だと思うんです。結果として“目で見る映画”というより、“耳で見る映画”が生み出されています。本当に素晴らしいと思いました」と唯一無二の荒井晴彦作品になったと自信を見せる。

「荒井さんがこのあと何本撮りたいと思ってらっしゃるかわかりませんが、いろんな方に荒井さんの現場を体験して欲しいです。この作品もミニマルな物語ですが、荒井さんの現場を経てから確実な変化がありました。誰かがまたそれを体験することが、後の世代の方々にとって稀有な体験になり、よい影響があると感じています」

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