映画界の冬の風物詩・第46回青龍映画賞授賞式が去る11月19日に汝矣島KBSホールで開催された。今年はともに大作の『NO OTHER CHOICE(英題)』(2026年3月公開)と『ハルビン』(24)とが主要部門を分け合う結果に。スターたちの印象的なスピーチと共に、授賞式を振り返ってみよう。
■日本公開に弾みをつけた『NO OTHER CHOICE』
『NO OTHER CHOICE』は、長年製紙業で働いてきた中年社員マンス(イ・ビョンホン)が突如リストラされてしまったことにきっかけに、再就職を賭けて孤独で奇妙な闘いに身を投じていくブラックコメディだ。
【写真を見る】マンスを演じたイ・ビョンホンも主演男優賞にノミネートされるなど話題の尽きなかった『NO OTHER CHOICE(英題)』 / [c]Everett Collection/AFLO
助演男優賞には、マンスの就活のライバルのク・ボムを演じたイ・ソンミンが選ばれた。イ・ソンミンは「期待していなくて、まさかと思いました。いつも(授賞式に)来ては拍手だけして帰って行くばかりでした」と意外な受賞に驚きを隠せない様子だった。
マンスのライバルとして格闘を繰り広げるボム役のイ・ソンミン / [c]Everett Collection/AFLO
「いつも候補に挙げられると、受賞の感想を準備すべきかどうか悩んだけれど、今回は本当にできませんでした。賞なんてもらえない役柄だったのに、本当にありがたいです。この賞は素敵なキャラクターをプレゼントしてくださった監督のおかげです」。
なお、自分が受賞すると思わなかった理由について、スピーチが終わりステージから終わる間際に「実はパク・ヒスンが候補になると思ってました」と、同じくマンスから目の敵にされる同業者のチェ・ソンチョル役のパク・ヒスンが有力候補だと思っていたことを明かした。そして「ヒスンが取れなくて申し訳ない!ヒスンありがとう!ごめんな!」と共演者を労い、人柄の良さを見せた。
さらに快挙は続き、作品賞、監督賞と重賞を『NO OTHER CHOICE(原題)』が制覇した。監督賞は前作『別れる決心』(22)に続いて受賞となったパク・チャヌク監督は、現在海外で撮影にあたっているためイ・ソンミンが代理でコメントを読み上げた。監督は「私が初めて原作小説を読んだ20年前からずっと抱いてきた夢が叶った結果が『NO OTHER CHOICE』です。この話を韓国映画にできたことで、どれほど幸せで胸がいっぱいだったか分からないくらいです」と、撮り上げたこと自体の喜びを明かした後、「初めて観賞すると単純でコミカルに感じられると思いますが、繰り返し見るたびにますます複雑で悲劇的に感じられるよう作ろうと努力しました」と、作品に込めた思いも付け加えていた。
作品賞は、本作の制作会社モホフィルムの代表ペク・ジソン氏が受け取った。「監督が本作を完成させるまでに20年かかった」と、パク・チャヌク監督と労苦をともにしてきた盟友ならではの言葉を口にした。
■夫婦同時受賞は初!ヒョンビン&ソン・イェジンの喜びの瞬間
今回、最もエポックだった出来事は、ヒョンビンとソン・イェジンの俳優夫婦による同時受賞だ。ヒョンビンは安重根を力演した『ハルビン』で、ソン・イェジンは『NO OTHER CHOICE』でマンスの妻ミリを演じ、それぞれ主演男優と女優賞にノミネートされていた。二人は授賞式前のレッドカーペットのとき、司会より「もしもご夫婦のうちどちらかだけが授賞するとしたら?」と尋ねられたヒョンビンは「私がもらいたいです!」と即答。さらにソン・イェジンも同じ質問に「私ですね!彼(=ヒョンビン)も同じ答えですって?そう言うと思っていました!」とすでに微笑ましく“火花”を散らし注目を集めていた。
仲睦まじく人生の4カットに収まる二人 / 画像はソン・イェジン(@yejinhand)公式インスタグラムのスクリーンショット
主演男優賞のコメントでヒョンビンは、「我が国で生きて、このような場にもいられるのは、我が国を守るために献身して犠牲になった数多くの方のせいではないかと思います。この賞に対する感謝を先にその方々に伝えたいです」と、安重根を含め国のために尽力した先人への敬意を述べた。
日本統治下で活躍した独立運動家の偉人を演じることのこの上ないプレッシャーを明かしつつ、「守るべき価値と忘れてはいけない歴史を観客の皆さんと一緒に共有できて幸せでした」と充実感を口にした。そしてウ・ミンホ監督、共演者、スタッフへの感謝に続き「存在そのものだけでも私にとって本当に大きな力になる妻イェジンさん、息子よ。とても愛しています。本当にありがとうと伝えたい」と、ソン・イェジンへ心からの思いを伝えた。
歴史の英雄は重圧の多い役だったと語ったヒョンビン / [c]Everett Collection/AFLO
『NO OTHER CHOICE』の快挙に連なる形となった、主演女優賞獲得のソン・イェジンは『妻が結婚した』(08)に続いて2度目の受賞となった。「目の前が真っ暗」と驚きを隠せない様子でステージに上がると、「27歳で初めて青龍主演女優賞を頂きました。当時は“女優として生きていくのが大変だ”と言いながら授賞が力になりそうと話したんですが、40歳を過ぎて再び賞を頂くことになりました。7年ぶりの映画でもあり、パク・チャヌク監督の映画だからと思ったけれど、私がうまくやれるか不安でした」と、彼女もまたヒョンビンとはまた違ったプレッシャーを感じつつのスクリーン復帰だったことを口にした。
マンスの妻ミンスを演じたソン・イェジン / [c]Everett Collection/AFLO
そして「結婚して子供の母親として生活しながら、様々な感情をおぼえることが増え、世界を見つめる目が変わっているのを感じます。いい大人になりたいですし、成長しながらいい俳優として皆さんとともにいられる素敵な俳優になりたいです」という今後の意気込みに続き、「最後に私がとても愛する二人の男性…キム・テピョン(ヒョンビンの本名)さん、息子キム・ウジンとこの喜びを分かち合います」と、ヒョンビンへ愛あるコメントで応答した。二人は人気スター賞も揃って獲得し、お祝い尽くしの夜となった。
■青龍映画賞を盛り上げた2人の俳優パク・ジョンミン&ク・ギョファン
命を削るようにして映画を作り、心を尽くして演技をする。それでも、賞に輝くのは一人だけだ。だからこそ授賞式というものは、時に映画人にとって苦い時間でもある。作品賞のプレゼンターに立ったムン・ソリは、まず夫婦同時受賞となったヒョンビンとソン・イェジンを称え、『顔(原題:얼굴)』で主演男優賞、『ハルビン』で助演男優賞にそれぞれノミネートされていながら無冠に終わったパク・ジョンミンを「それで…パク・ジョンミンさんは…?」と“あえて”壇上で名指しした。
『顔(原題)』では一人二役を演じたパク・ジョンミン / [c]Everett Collection/AFLO
無冠ではあったものの、今回の授賞式を輝かせたのはまさにパク・ジョンミンだった。青龍映画賞恒例の祝賀公演には、今年も「멸종위기사랑(Endangered Love)がヒット中のAKMUでスタートし、BOYNEXTDOORや『NO OTHER CHOICE(英題)』のテーマ曲演奏など盛りだくさんだったが、終盤に登場したファサによる「Good Goodbye」のステージが圧巻だった。
曲のハイライトでは、MVに登場したパク・ジョンミンがファサの相手を務め、サビの振りを一緒に踊ると会場は熱狂。青龍映画賞のMCで、パク・ジョンミンとは『BLEAK NIGHT 番人』(10)からの仲良しであるイ・ジェフンは興奮気味に「ぜひメロを撮って欲しい!」と熱くコメントするも、大照れの本人は「そういうこと言うな…!」とでも言いたげに〝シーッ〟とジェスチャー。しかし、このわずか4分弱の公演に、視聴者はあらゆる物語を見出した。やはりパク・ジョンミンは、短い時間でも、またわずかな視線の交錯の中にでも観客に夢や物語を見せる真の俳優だ。韓国メディアの中には「もはや短編映画」「これは千万映画では…!?」と盛り上がる媒体もあったのも納得がいく。
そしてもう一人、今年映画人としてのユーモアで青龍映画賞を盛り上げたのが、短編映画賞を受賞したキム・ソヨン『ロータリーのハンチョル(原題:로타리의 한철)』へ、プレゼンターとして登壇したク・ギョファンだった。青龍映画祭人気スター賞を2023年、2024年と2年連続受賞の栄誉に輝いているクギョファンは、登場するや否や「青龍映画賞から連絡をもらいとても緊張したんです。3回目の(人気賞)受賞ですか?ご覧のとおり、それは起こりませんでした!」と笑いを取り会場の心を掴むと、現在撮影中の自身の短編映画『もしも私たち』に絡めこう切り出した。あらゆる長編映画の原点である短編映画を愛おしむそのコメントには、映画そのものへの愛が満ち満ちていた。
プレゼンターとしてもひときわ輝いていたク・ギョファン / 画像は所属事務所(@namooactors)公式インスタグラムのスクリーンショット
「私は今日も短編映画を撮っていますが、作品を見た友達がこう尋ねました。『映画がなぜそこで急に終わるの?』と。私は友達に『ここで終わるからこそいいんだよ』と答えました。おそらく皆さんが見ているこの瞬間も、私の短編映画に記録できるかもしれません。Ready…Action!人気賞3回目(笑)、本当にありがとうございます。これからこの人気を忘れずにもっと頑張って演技します。そしてソジョン(短編映画『もしも私たち』のヒロイン名)、愛してます!カット!」。
ヨン・サンホ監督の『顔(原題)』は2億ウォン(約2千万)と低予算映画ながら損益分岐点を越え、主演のチョ・ユヒョンが新人男優賞の候補に挙げられていた独立映画『3670(原題)』も好成績を収めた。それでも韓国映画界は、やはりひと頃に比べると厳しい時代と言われている。“韓国のアカデミー賞”と称される青龍映画賞が、再び韓国映画復権の狼煙をあげる起爆剤となることを願う。
■第46回青龍映画賞授賞式 受賞結果
最優秀作品賞:『NO OTHER CHOICE(英題)』
最優秀監督賞:パク・チャヌク監督『NO OTHER CHOICE(英題)』
最優秀女優賞:ソン・イェジン『NO OTHER CHOICE(英題)』
最優秀男優賞:ヒョンビン『ハルビン』
最優秀助演女優賞:パク・ジヒョン『秘顔』
最優秀助演男優賞:イ・ソンミン『NO OTHER CHOICE(原題)』
新人女優賞:キム・ドヨン『アメーバ少女たちと学校の怪談:開校記念日(原題:아메바 소녀들과 학교괴담: 개교기념일)』
新人男優賞:アン・ボヒョン『悪魔が引っ越してきた(原題:악마가 이사왔다)』
新人監督賞:キム・ヘヨン『大丈夫 大丈夫 大丈夫!(原題:괜찮아 괜찮아 괜찮아!)』
脚本賞:キム・ヒョンジュ、ユン・ジョンビン『スンブ:二人の棋士』
撮影/照明賞:ホン・ギョンピョ(撮影)、 パク・ジョンウ(照明) 『ハルビン』
編集賞:ナム・ナヨン『ハイファイブ(原題:하이파이브)』
音楽賞:チョ・ヨンウク『NO OTHER CHOICE(英題)』
美術賞:イ・ナギョン『戦と乱』
技術賞:チョ・サンギョン(衣装)『NO OTHER CHOICE(英題)』
チョンジョンウォン短編映画賞:キム・ソヨン『ロータリーのハンチョル(原題:로타리의 한철)』
チョンジョンウォン人気スター賞:ヒョンビン、ソン・イェジン、アン・ボヒョン、イム・ユナ
韓国映画最大観客賞:『ゾンビ娘(原題:좀비딸)』
文/荒井 南
