「消滅世界」Ⓒ2025「消滅世界」製作委員会


「消滅世界」Ⓒ2025「消滅世界」製作委員会

 毎日新聞「キャンパる」編集部の学生記者として、妊娠・出産を経験した大学生を取材したことがある。「消滅世界」を見て、その時に痛感した現実を改めて思い出した。映画が描くのは、夫婦間の性行為が“タブー”となり、人工授精が当たり前となった未来だ。





「消滅世界」Ⓒ2025「消滅世界」製作委員会


「消滅世界」Ⓒ2025「消滅世界」製作委員会


「中絶しかない」思わせる社会

 「学生が産むことが当たり前で、産んだ後も活躍できる事例があったなら産んでいたかもしれない」

 中絶を選んだ学生は、そう振り返った。在学中に出産をする人はごく少数。大学生の妊娠をタブー視する風潮は根強い。彼女も、つわりがつらくても親や周りの人に隠し、ばれないようにと無理をしていたという。人に話すことができなかった。




Advertisement



 妊娠がわかった当初から、「中絶するしかない」という認識だったそうだ。大学卒業後に就職し、キャリアを積んでから結婚・出産をする。そんな人生設計が「当然」だと思い込んでいたのは、私も同じだった。

 しかし取材の中で、大学を1年間休学して育てている娘のいとおしさを、誇らしげに語る人に出会った。年上のパートナーとの将来を考え、在学中の結婚と出産を決断。夫と出会うまでは、卒業後は就職するものと思っていたが、考えが変わったという。














 彼女の話を聞いて「仕事に影響が出ないのなら、学生のうちに産むという選択肢もあるのかもしれない」と私も初めて考えた。とはいえ、“周囲と違う生き方”を選ぶ勇気は、私にはない。自信を持ってその選択をした彼女の姿がまぶしかった。





「消滅世界」Ⓒ2025「消滅世界」製作委員会


「消滅世界」Ⓒ2025「消滅世界」製作委員会


愛し合うことが非常識な世界

 「消滅世界」の主人公、雨音も“タブー”に苦しめられる。映画で描かれるのは、夫婦間の性行為は非常識で、それぞれが婚外の性的パートナーを持つことが当たり前。子供から大人まで、アニメキャラに本気で恋をする。ほとんどの子供が人工授精で生まれる――という世の中だ。








 雨音は母に「父と愛し合って生まれた」と聞かされて育つのだが、小学生時代にそのことを明かすと「“近親相姦(そうかん)”で生まれた」と同級生にののしられる。

 雨音はアニメキャラに恋をしていると感じる時、自分が友人と同じ“正常”に近づけた気がしている。大人になってからも、家庭内には恋愛感情を持ち込まない、“清潔”な結婚を望んだ。









人生の選択縛る“家族”

 対照的に、雨音の母は、家庭の外にそれぞれ恋人を持ちながら暮らす雨音夫妻を「汚らわしい」と言い放つ。

 時代に取り残された頑固な人のように描かれているが、私はこの母の立場に一番共感できる。現代の日本では、婚外の性的関係は「不倫」として反道徳的行為とされ、ワイドショーでは不倫した著名人が糾弾される。外に恋人がいる関係を“家族”と呼べるのか、という戸惑いは私にもある。

 “タブー”に苦しむ雨音の姿が、現代日本で学生出産を選ぶ困難さと重なった。

 大学を卒業して就職をして、ある程度キャリアを積んでから結婚と出産をする。その“常識”が、想定外の妊娠をした学生に「中絶するしかない」と思わせてしまう空気を生んでいる。私たちが無条件に信じている“家族”の形は思っている以上に強固で、時に人生の選択を縛ってしまう。





「消滅世界」Ⓒ2025「消滅世界」製作委員会


「消滅世界」Ⓒ2025「消滅世界」製作委員会


実験都市の気味悪さと恐怖

 「消滅世界」に、実験都市「エデン」が登場する。そこでは選ばれた住民たちが一斉に人工授精を行い、生まれた子供を国が一括管理、主導して育てている。

 すべての子供が同じように育てられ、誰にでも「お母さん」と寄りつく。「子供ちゃん」と呼ばれているその集団は皆同じように振る舞い、個性が見当たらない。実験室にいるマウスのように、国のために生かされている。エデンの住人は、まるで子供を産む道具だ。

 その光景に、私は言いようのない気味の悪さを覚えた。家族と生殖が切り離され、国家や社会によって再配置されていく。生殖そのものが国家主導の制度へと変質している。恐怖すら感じた。





「消滅世界」Ⓒ2025「消滅世界」製作委員会


「消滅世界」Ⓒ2025「消滅世界」製作委員会


すべての自由が守られる社会を

 しかし少子化が進み、政府が子育て支援に力を入れる現代の日本を思えば、こんな未来もまったく絵空事とは思えない。

 人が人口維持の道具として扱われる社会にはなってほしくない。それが極端に進めば、産まない自由も、中絶を選ぶ自由も奪われてしまうかもしれない。SNSでは同質な意見があふれ返り、妊娠や出産に関する思い込みがまん延している。私も取材開始当初、「学生出産はタブー」という先入観の下、偏った視点で取材し、その難しさのみを取り上げようとしていた。

 そうした社会に漂う“タブー”が、人の選ぶ生き方を押し付けてしまう。産む自由も、産まない自由も、はたまた子供が子供らしく生きる自由も、どれも失われてはならない。全てが守られ続ける世の中であってほしいと、強く願う。(さとうかな)


Leave A Reply