11月29日のフジテレビ系『土曜プレミアム』枠で、『テルマエ・ロマエ II』(2014年)が放送される。
第1作『テルマエ・ロマエ』(2012年)は、興行収入59.8億円の大ヒットを記録し(年間邦画2位)(※)、日本アカデミー賞で阿部寛が最優秀主演男優賞を受賞するなど、批評面でも高い評価を得た。古代ローマ人ルシウスが日本の風呂文化に驚愕するという、ヤマザキマリ原作の一発芸的ギャグ構造を、実写映画として大胆に翻訳したことが、観客の圧倒的な支持につながった。そして、大ヒット作の勢いを受けて企画された『テルマエ・ロマエ II』でも、武内英樹監督によるスーパー・ウルトラ・ダイナミックな演出が炸裂している。

古代ローマ人の主要キャストとして登場するのは、我らが阿部寛をはじめ、北村一輝(負けず劣らず顔が濃い)、市村正親(もはや芸術的に濃い)、宍戸開(静止しているだけで濃い)といった、顔面情報量の高い面々。ここに、外国人キャストが並列に配置される。再現ドラマ以上/歴史映画未満の、異様な空間。この混成キャスティングこそが、武内演出の胆である。
彼らはラテン語ではなくバリバリの日本語で会話をしているが、口の動きと発話のニュアンスが微妙に合っていない。吹き替えドラマのような芝居のズレを、意図的に映像へ取り込んでいる。それによって生まれる、独特のわざとらしさ。これを欠点ではなく、異文化混成の世界観の記号として使うことで、映画は歴史劇の仮装をしたシュールコメディという、世にも稀なバランスを獲得している。

そのズレの操作が最も生きるのが、現代日本へのタイムスリップ演出だ。ルシウスが水中へ沈み、次の瞬間に健康ランドや温泉施設へワープ。武内監督はこの移行ショットに、テノール歌手によるクラシカルな声楽を重ねるという、オペラ的な演出を挿入する。壮大な声楽が鳴り響いた次の瞬間、大量の日本人が肩を並べて湯船に浸かっている……その不条理な落差が、映画全体の“世界の裂け目”を鮮やかに示す。
この「シリアスな壮大さ」と「日本の日常」の往復運動は、武内コメディ演出の最重要ポイント。彼は『のだめカンタービレ』(フジテレビ系)でも、クラシック音楽という文化資本の高い素材を、日常的な人間ドラマへ落とし込んでいた(世界的なドイツ人指揮者フランツ・フォン・シュトレーゼマンを、竹中直人に演じさせるというキャスティングも、今思えば『テルマエ・ロマエ』に近いものがある)。古代ローマと日本のスーパー銭湯を無理やり接続させることで、映画は文化比較コメディから、文明間コラージュの怪作へと変質していく。
筆者が『テルマエ・ロマエ II』で最も驚愕したのは、温泉でクマと松島トモ子が唐突に登場するシーンだ。かつてライオンとヒョウに襲われたことがある彼女が、何事もないようにクマと仲良く混浴。この瞬間、歴史劇として積み上げてきた古代ローマの空気も、日本の日常描写も、ゆるやかに瓦解する。これこそが武内監督の奔放さであり、映画の論理とテレビの論理が衝突した末に生まれる、奇妙な祝祭性なのだ。
