歌声分析

 アーティストの魅力を語るうえで、楽曲だけでなく“歌声”そのものに宿る個性にフォーカスする連載「歌声分析」。声をひとつの“楽器”として捉え、音楽表現にどのような輪郭を与えているのかを掘り下げていく本連載では、技術的な視点からさまざまなアーティストの歌声を紐解いていく。

 連載2回目は、2025年にデビュー10周年を迎えたMrs. GREEN APPLEのボーカル、大森元貴の歌声を掘り下げていく。

「GOOD DAY」独自の滑らかさ、「クスシキ」に宿る自在な発声の妙

 2025年、Mrs. GREEN APPLEはまさに大車輪と形容するにふさわしい活動展開を見せている。現在は、バンド史上初の5大ドームツアー『Mrs. GREEN APPLE DOME TOUR 2025 “BABEL no TOH”』を10月25日から開催中だ。彼らは節目の年にあたり、バンドの核である“ポップスの再構築”をテーマに掲げているように思う。その理由は、今年6カ月連続でリリースされたデジタルシングル群からも見えてくる。今回は連続リリースされた楽曲から、メロディラインで新境地を見せた「クスシキ」、エレクトロニカのアプローチを取り入れた「天国」、彼らの名曲「青と夏」以来、タイトルに“夏”が入った楽曲として話題となった「夏の影」、そして最新シングル「GOOD DAY」をピックアップし、彼の歌声について分析していきたい。

 「GOOD DAY」は、先述した4曲の中では、比較的Mrs. GREEN APPLEの王道のメロディラインと言えると思う。この曲で大森は、母音をあまり強く出さず、息を含ませた発音をしているが、驚くのは息を飲み込んでいるようなニュアンスが加わっていることだ。言葉のエッジを立たせず輪郭を柔らかくすることで、メロディに滑らかさを加えている。大森の歌声はハイトーンの華やかさにスポットが当てられがちだが、本当のすごさは、地声とファルセットの境界、中高音から高音への移行を一息で途切れることなくこなせるところにあると思う。この特徴が歌い出しから発揮されているのが、「GOOD DAY」だ。

Mrs. GREEN APPLE「GOOD DAY」Official Music Video

 最初のブロックは〈小さな優しさで〉というフレーズで終わるが、歌い出しから〈小さな〉までの低音域では、ほとんど母音を感じさせない発声で聴かせ、同じテンポでいきなり高音域に至る〈優しさで〉の“あ行”で母音のコントロールを見せている。ハイトーンももちろん登場するが、語尾で息を抜いて、これまでとは違ったニュアンスで聴かせている部分は、あえて声量を抑えているのではないかと考察する。それでも、芯の太い声圧が残るのは、大森の精密な喉のコントロールがあってこそだ。

 アップチューンの「クスシキ」は、メロディと言葉のマッチングがパズルのように入り組んでいる楽曲。言葉やフレーズ単位ではなく旋律主体で言葉をはめていき、ひとつの言葉の途中で別のコードに展開する。そんなメロディと語感のパズルのような楽曲構成は、このバンドでは決して珍しくないが、「クスシキ」はパズルのピースが極めて細かい。普通のシンガーなら歌っていてリズムがずれたり、歌詞が飛んだりするくらい複雑な設計だと思うのだが、大森はこの“複雑さ”をまったく感じさせず軽やかに歌っている。地声とミドル(地声と裏声の中間)が目まぐるしく変わる発声も、この曲の聴きどころ。

Mrs. GREEN APPLE「クスシキ」Official Music Video

 また、1番と2番では明らかに母音のアプローチがまったく違っているのも面白い。1番では母音をあまり強く押し出してないが、2番で登場するジャジーなアレンジのあたりから、子音と母音を同時に強く聴かせ、音を切るようなアプローチに変わっている。シンコペーションを多用したメロディになっていることで、聴き手は、次の歌声(言葉)を待つ時間があり、サビの歌詞がしっかり印象に残る構造になっている。

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