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 チェットの歌声もトランペットの演奏も、聞いているうち知らず知らずに堕ちる。
 これは自分だけの感覚かも知れないが、ほかのジャズを聴いてもマイルズやコルトレーン(逆に覚醒させられる)、同じウエストコーストのアート・ペッパーやジェリー・マリガンの曲では体験できない感覚。

 度重なる女性遍歴や生涯縁を切れなかった違法薬物に溺れるなか、ホーンを吹くために大切な前歯をチンピラに折られ、ジャズ界のジェームズ・ディーンと持て囃された若き日の美貌もやがて実年齢以上に変貌する。
 それでも最後まで失わなかった唯一無比のヴォーカルの魅力が、自暴自棄の末の自業自得ともいえる彼の末路を悲劇として美しく縁取る。

 お気に入りのドラッグを訊かれて臆面もなく「スピード・ボール」と答える彼を見てると、マスコミに「自分で稼いだカネでクスリをやって何が悪い」と毒づいたという逸話も本当なんだろうと思えてくる。

 チェット・ベイカーとはただの老いぼれジャンキーだったのか、それとも神の歌声を持つ堕天使なのかーー。

 作品の冒頭と巻末で『オールモスト・ブルー』が効果的に使われているのに、作品のタイトルは『レッツ・ゲット・ロスト』。
 撮了後の主役の死を受けてのタイトル変更だったのかも。
 作品中では「一緒に逃げ出そう」と翻訳されていたが、破滅的な生き様や突然すぎる他界を振り返ると「ずらかっちまおうぜ」の言い回しの方が彼に相応しいような気もする。

 家にレーザー・ディスクがあるが一回観たあとプレーヤーが故障し、製造から10年過ぎてて修理してくれないし新機種も発売されないのでもう観られない。半永久的に使えるメディアなんて宣伝してたのは何だったんだ。

 その後、国内ではDVDもBRも販売されずじまいだった本作は、自分にとって幻の作品。リバイバル上映なんて、望外の僥倖。正直言って気持ちが昂り過ぎてて上手くレビューがまとまらない。
 今回の4Kレストア上映に併せて新刷されたパンフレットによればサントラCDも発売されるみたいだし、映像ソフトのリリースも期待していいのだろうか。

 監督のブルース・ウェバーのスタイリッシュな映像も素晴らしいが、断片的にしか曲を使わないジャズのドキュメンタリー映像が多いなか、丸ごと聴かせてくれる曲を幾つも使用しているのも作品の魅力。

『ブルーに生まれついて』(2015)でチェットを演じたイーサン・ホークの歌唱に感動したという人たちにも、本作を観てリアルなチェット・ベイカーの魅力を感じ取って欲しい。

 自分が観に行ったのは土曜の昼間なのに、観客は自分も含めたったの6人。
 1週間で打ち切りになる可能性もありそうだけど、せめてあと2回は観たい。

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