『BEAST –私のなかの獣–(The Beast in Me, 2025)』は、喪失を抱えた作家が隣人の正体を追うNetflixスリラー。ミステリー、人間ドラマ、社会批評が交錯する本作の見どころをネタバレなしで徹底解説!
Netflixで新たに配信された全8話のリミテッドシリーズ『BEAST –私のなかの獣–(The Beast in Me, 2025)』は、息子を失った作家と、妻殺しの疑惑を背負う不動産王が隣人として出会った瞬間から不穏な空気が漂い始める緊張感あふれる心理スリラーだ。
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作家が男の正体を探るうち、物語は捕食者と獲物が入れ替わるかのように予測不能な展開へと突き進んで行く。クレア・デインズ、マシュー・リスという実力派俳優が、傷ついた二人の主人公をそれぞれ濃密な演技で表現している。
目次:
Netflixドラマ『BEAST –私のなかの獣–(The Beast in Me, 2025)』(全8話)作品基本情報

(C)Netflix
(2025年/アメリカ/全8話)
原題:The Beast in Me
配信: Netflix(ネットフリックス)2025年11月13日より配信
ジャンル: スリラー・サスペンス
ショーランナー・脚本:ハワード・ゴードン(『24 -TWENTY FOUR-』、『HOMELAND』)
クリエイター・脚本:ゲイブ・ロッター(『X-ファイル』)
製作総指揮: コナン・オボライエン、ジョディ・フォスター他
監督:アントニオ・カンポス、タイン・ラファエリ、リラ・ノイゲバウア
主なキャスト:
アギー・ウィッグス(クレア・デインズ『HOMRLAND』)著名な作家
ナイル・ジャーヴィス(マシュー・リス『ジ・アメリカンズ』)疑惑の不動産王
ニーナ・ジャーヴィス(ブリタニー・スノウ)ナイルの二番目の妻
ブライアン・アボットFBI捜査官(デヴィッド・ライオンズ)
マーティン・ジャーヴィス(ジョナサン・バンクス)ナイルの父
エリカ・ブレトンFBI捜査官(ヘティエンヌ・パーク)
Netflixドラマ『BEAST -私のなかの獣-』あらすじ

(C)Netflix
短縮版:息子を交通事故で亡くし、深い喪失感の中で執筆も停滞していた作家アギー。そんな彼女の隣に、妻殺しの疑惑を背負う不動産王ナイル・ジャーヴィスが越してくる。互いにぎこちない出会いを果たしたのち、ナイルから“自分を題材にした本を書かないか”と提案されたアギーは、その誘いに乗る。だが、アギーの周囲で不可解な出来事が続き、ナイルへの疑念は深まるばかり。彼は本当に危険な男なのか、それとも悪意ある噂に翻弄されているだけなのだろうか!?
幼い息子を交通事故で亡くして以来、ピューリッツアー賞受賞作家アギー・ウィッグスの生活は一変してしまった。ロングアイランドの一軒家に引きこもり、次作となるルース・ベイダー・ギンズバーグに関する作品に着手していたが、四年が経ってもほとんど執筆は進まぬままだ。妻とは離婚し、古い屋敷はあちらこちらにガタが来ており、経済的にも困窮し始めていた。
そんなある日、隣に不動産王ナイル・ジャーヴィスが引っ越してくる。彼は誰もが知っている噂の男だった。彼の妻が遺書を残したまま行方が知れなくなり、彼が妻を殺した証拠は一切発見されなかったにも拘わらず、彼が殺したのではないかと人々は噂し合っていた。
ナイル・ジャーヴィスはアギーに接近し、ある日二人は一緒に食事を共にすることとなった。ナイルはアギーに彼についての本を書いてはどうかと提案し、アギーを驚かせる。そうすれば彼女は再び世間から注目を集めることが出来、自分も世間に真実を知ってもらえるというのだ。
店を出た時、アギーは不快な人物を目撃する。その若い男こそ、飲酒運転で息子を死なせたテディ・フェニグだった。彼は一向に反省せず、のうのうとこの街で暮らし、しばしばアギーの目の前に現れた。アギーは彼が憎くてたまらなかった。
翌日、テディが遺書を残して行方不明になったというニュースが流れ、アギーは愕然とする。アギーがナイルにテディの話をした途端、テディが自殺するだなんて、これはただの偶然なのだろうか。
アギーは真実を追い求める衝動に駆られナイルに関する本を書くことを決断する。果たして彼は恐ろしい殺人鬼なのか、それとも誤解を受けた同情すべき被害者なのか!?

Netflixドラマ『BEAST -私のなかの獣-』感想と評価

(C)Netflix
ロングアイランドの北岸に位置する町ニューヨーク州オイスターベイ。そこで飼い犬のスティーブと暮す作家のアギー・ウィッグスは、交通事故で幼い息子を亡くして以来、哀しみと怒りに苛まれ、仕事も極度の不振に陥っていた。そんなある日、妻殺しの疑いがささやかれている超富豪の不動産王ナイル・ジャーヴィスが隣に引っ越してくる。ぎくしゃくとした出逢いのあと、ナイル自身を題材とした小説の執筆を提案されたアギーは、その誘いに乗ることを決意する。長きにわたるスランプが嘘のように消え、アギーは作家としての矜持と鋭い筆致を取り戻していくが、そこから物語は一気に加速し、捕食者と獲物が互いに翻弄し合うような予測不能なスリラーへと突き進んでいく。
原作のないオリジナル脚本として、本作の完成度は見事というしかない。疑惑の男が隣人として現れるという不穏な気配は、凶暴な飼い犬の存在、夜中に突如作動するセキュリティシステムの警報など、ささやかな異変が積み重なることでじわじわと増幅されていく。そしてアギーはいつしか、作家であると同時に、ナイルの素性を独自に追う“捜査官”の役割を担い始める。泥酔したFBI捜査官が真夜中に押しかけ、「ジャーヴィスに関わるな」と忠告する場面をはじめ、彼女の前に投げ込まれるいくつかの謎はアギーのナイルに対する疑惑を深めるものとなって行く。アギーが憎み続ける交通事故の加害者が遺書を残し姿を消すという出来事は、偶然なのか、それともナイルが関連しているのか――。
一方で、ナイルの元妻の両親は彼を擁護しており、アギーが抱える“黒”のイメージは少しずつ揺らぎ始める。二人の間には友情のようなものさえ芽生えるが、それは錯覚なのだろうか。
そうしたミステリーの面白さと共に本作の厚みを支えているのは、アギーを中心としたキャラクター描写の細やかさだ。アギーは息子を奪われた痛みから抜け出せず、加害者が法的に裁かれなかった現実に長く囚われ続けている。彼女の怒りと執着は、自省から目をそらすための防衛に近く、彼女自身も「正義」のキャラクターとは言いがたい。劇中で彼女が語る「悪党がいなければ、自身と向き合わなければならない」という言葉は、本作の主題そのものだろう。さらに、広すぎる家が老朽化し崩れ始めている描写は、彼女の心が抱える断片化と崩落を象徴しており、物語に静かな陰影を与えている。こうした複雑な精神の揺らぎをクレア・デインズは多様な表情を駆使して精緻に表現している。
対するマシュー・リスもまた、魅惑的で不穏な“敵役”を冷徹に演じきっている。底知れない危険を感じさせると同時に優しく温厚にも見えるその存在は、アギーを、そして観客をも絶えず翻弄する。デインズとリス、この二人の完璧な演技合戦が作品の緊張感を最後まで支えていると言ってもよいだろう。
さらに、『ブレイキング・バッド』、『ベター・コール・ソール』のマイクことジョナサン・バンクスがナイルの父親として登場し、目的のためには手段を選ばない圧倒的な権力者像を体現している。彼らがニューヨーク・マンハッタンで推し進める「ジャーヴィス・ヤーズ」計画は、ハドソン・ヤーズを思わせる大規模開発であり、ジェントリフィケーションに直面する実際の都市問題を想起させる。市議会議員オリビア・ベニテスが市民の側に立って反対する姿と、しかし最終的に権力に呑み込まれてゆく過程は、富と権力の構造がいかに脆弱な人々を排除していくかを鋭く描いている。
このように『BEAST ―私のなかの獣―』は、サスペンスとしての引力だけでなく、痛みを抱えた人物の心理劇、さらに現代アメリカ社会への批評性が緻密に組み合わされた作品でもあるのだ。ミステリーとして観ても、人間ドラマとして観ても、いずれの側面でも高い満足度を得られる、密度の濃いリミテッドシリーズに仕上がっている
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