2025年11月18日更新
2025年11月21日よりTOHOシネマズシャンテほかにてロードショー
生き延びるために巡らす陰謀と策略の予測不可能な展開に膝を打つ新たな傑作
こんなチャン・イーモウ(張芸謀)映画はこれまで見たことがない。新作「満江紅 マンジャンホン」の面白さと新たな美学に打ちのめされた。
1987年に名作「紅いコーリャン」で鮮烈なデビューをして以来、「菊豆」「紅夢」「秋菊の物語」「活きる」「上海ルージュ」「あの子を探して」「初恋のきた道」「HERO」などの作品で、原色に染まる色彩美と力強いカメラの構図などの圧倒的な芸術性、人々の心を揺り動かす物語により国際的な評価を得て、中国映画界第五世代の名匠のひとりとして世界の映画に多大な影響を与えてきた。

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2000年に入ってからは、北京オリンピックの開閉会式の総監督を務めて物議を醸したり、オペラの演出や商業映画のアクション大作を手掛けるようになると、作品によっては賛否分かれることが続いていただけに、「満江紅 マンジャンホン」はそんなネガティブなイメージを一気に吹き飛ばしたと言える。
本作は、裏切りと策略が渦巻く、12世紀の中国の南宋(なんそう)朝廷を舞台にした壮大な歴史陰謀サスペンスだ。北方の強国・金に奪われた領土の回復を目指しながら、非業の死を遂げた名将・岳飛の遺詩に着想を得て、失われた密書をめぐる陰謀劇の行方を壮大なスケールで描き、脚本完成までに4年の歳月をかけて撮りあげたという。
その綿密に練り上げられた脚本力もあり、冒頭からラストまで息つく暇もなく、目が離せない。主な舞台は南宋の宰相廷内。謎や陰謀をめぐって、まるでマスの目の迷路のような廷内を蟻のように行ったり来たりする武将や兵士たちを俯瞰や手持ちカメラ、ドリー撮影でイーモウ監督は縦横無尽に緩急をつけてリズミカルに捉えていく。緊迫感に満ちていながらどこか滑稽な展開が観るものを惹きつけて離さない。
宰相・秦檜の他に、主要人物は若き武将、下級兵士(効用兵)、宰相に仕える何殿(総管)と武殿(副総管)の4人。金国との和平交渉に臨む前夜に金国の使者が殺害されたことで、夜が明けるまでに犯人と南宋の皇帝に渡るはずだった極秘の手紙(密書)を探し出すように命じられる。見つけ出せなければ自らが処刑されてしまうという状況の中で、それぞれが生き延びようと陰謀と策略をめぐらすのだが、先の予測できない展開が連続していく。人間は生き延びるためなら何でもする。必死になればなるほど、サスペンスでありながら喜劇の様相を呈してくるのが本作の大きな魅力だ。
そして、この廷内の密室劇とも言える展開を支えているのが5人の俳優たち。秀作「少年の君」で大注目されたイー・ヤンチェンシーが立身出世を目指す若き武将、中国の国民的俳優シェン・トンが胸の内に思惑を秘めた下級兵士を演じ、何殿のチャン・イー、武殿のユエ・ユンポン、そして秦檜を演じたレイ・ジャーイン(「ゴッドスレイヤー 神殺しの剣」)との腹の探り合いの会話劇、二転三転するかけあいに魅了される。陰謀や策略が明らかになっていくにつれて浮かび上がってくる主人公たちの本当の想いに、いつしか胸を熱くすることだろう。
中国でチャン・イーモウ監督作史上歴代ナンバーワンの興行収入(約900億円超)を記録し、芸術性も併せ持つ歴史劇の新たな金字塔を打ち立てたのも納得。157分があっという間の傑作である。
(和田隆)
