『国宝』映画公式サイトより
第17回TAMA映画賞授賞式が15日、パルテノン多摩 大ホールで行われ、李相日監督の「国宝」が最優秀作品賞を受賞した。興行収入は170億円を突破し、実写邦画歴代2位に到達。1位「踊る大捜査線 THE MOVIE 2」(173.5億円)との差はわずか約3.5億円と迫った。
主演の吉沢亮(31)が史上初となる2年連続最優秀男優賞、少年期の主人公を演じた黒川想矢(15)が最優秀新進男優賞を受賞し、作品は計3冠を獲得した。
歌舞伎の“400年の芸能”を映画で再構築した「国宝」
「国宝」は、任侠の家に生まれながら上方歌舞伎の名門に引き取られ、芸に人生を捧げる立花喜久雄の半生を描く。歌舞伎という国宝級の伝統芸能をどう映画で表現するかという課題に、李監督は10年という長い構想期間をかけて向き合った。
身体の緊張、所作の磨き上げ、舞台の光と影。その本質を映像で立ち上げようとする試みは、「伝統芸能を映画化した作品」の枠組みを超え、観客の内面に直接届く物語として高く評価された。
興行面でも、公開から158日間で170億円を突破。歴代1位の「踊る大捜査線 THE MOVIE 2」(173.5億円)に約3.5億円差まで迫り、2000年代以降の邦画市場では例を見ない伝統文化映画のヒットとなった。文化性と大衆性が交差した成功は、近年の邦画界における大きな転換点といえる。
吉沢亮、史上初の2年連続最優秀男優賞
吉沢亮(31歳)が手にした最優秀男優賞は、TAMA映画賞史上初の「2年連続受賞」という快挙となった。前年の「ぼくが生きてる、ふたつの世界」に続く栄冠であり、俳優としての深化と成熟を裏づける結果となった。
吉沢が主演した「国宝」は、吉田修一の同名小説を原作に、極道の息子として生まれながら歌舞伎の世界に飛び込んだ喜久雄の50年を追う物語。稀代の女形へと成長する主人公の内面と身体性を描いた本作で、吉沢は圧倒的な存在感を示した。
選考委員は「命を削るように役と向き合う姿は演技とは思えない高みへと達し、その美しさに息をのみました」と評価。伝統芸能の複雑な所作や身体表現、凄絶なまでの集中力が、喜久雄という人物に“実在の重さ”を与えたと評された。
授賞式で吉沢は、これまでのTAMA映画賞との縁を振り返り、「僕にとって(新進男優賞は役者人生で)初めていただいた映画賞でしたので非常に心に残っていて、特別な思いがTAMA映画賞にはあります。今回、最優秀男優賞ということで非常に嬉しく思います」と笑顔を見せた。
さらに、「『国宝』は尊敬している監督・キャストの皆様とハードな3か月間の撮影だったんですけれども、皆様と共に乗り越えて、たくさんの素晴らしい景色を見させていただいているなぁと思っている日々でございます」と語り、作品に関わったスタッフへの感謝と達成感を述べた。
役作りについても、吉沢は“濃密な時間”を明かした。
すり足から始まった歌舞伎の稽古は約1年半に及び、撮影では一つの演目を「最初から最後まで撮った」という。しかし劇中で使われたのはごく一部で、「まぁまぁまぁ、そうだろうなとは思っていたんですけど、非常にもったいない」と会場を笑わせる余裕も見せた。
吉沢は近年、役の幅を大きく広げてきた。コメディー映画「ババンババンバンバンパイア」では450歳のバンパイアを、昨年公開の「ぼくが生きてる、ふたつの世界」では聴覚障害者の両親を持つ青年を演じ、現在放送中の連続テレビ小説「ばけばけ」では英語教師役を務めている。
この一年を振り返り、「手話をやって、歌舞伎やって、英語やって、次はミュージカルで歌があって…。何かしら重いものを背負った状態で何かを演じていることが多いので、そろそろ何も背負わない役をやりたい」と本音をこぼす場面もあった。
それでも最後には、「何かに打ち込みながら芝居をさせていただくのは勉強になりますし、素晴らしいキャスト・スタッフさんと共にいい作品をやるという経験を立て続けにできている感じがして、幸せな日々だと思います」と充実感を明かし、「これからもいただいたお仕事を一つ一つ丁寧に、一生懸命向き合いながら、皆さんにいいと思ってもらえる作品を届けられるように頑張っていきたい」と力強く語った。
2年連続最優秀男優賞という歴史的な受賞に加え、吉沢自身の言葉が示したのは、役者としての誠実さとさらなる飛躍への覚悟だった。
黒川想矢、15歳で最優秀新進男優賞
黒川想矢(15歳)は、5歳から芸能活動を開始した早熟の実力派だ。
2021年の『剣樹抄~光樹公と俺~』で存在感を示し、2023年には是枝裕和監督作「怪物」で重要な役を演じ、一躍注目を集めた。同作で日本アカデミー賞新人俳優賞やブルーリボン賞新人賞を受賞し、映画界に確かな足跡を残した。
「国宝」で黒川が演じたのは、喜久雄の少年期。
幼さの中に宿る憧れ、困惑、感情の揺れを、表情と佇まいで繊細に表現した。成長後の吉沢演じる喜久雄へと“つながる”存在として、序盤の物語に厚みを与える役回りを丁寧に演じ切った。
李監督は黒川について「運良く吉沢君、黒川君も表彰された。彼らの献身がなかったら実現しなかった」と語り、黒川の演技が作品の完成度に不可欠だったことを示した。
黒川自身も授賞式で「撮影後も歌舞伎の稽古を続けています」と語り、作品をきっかけに伝統芸能への理解と興味を深めていると明かした。
15歳という年齢で大作映画の中心人物を担い、確かな演技力を示した黒川の受賞は、邦画界の未来を担う存在としての期待を強く裏付けた。
10年越しに描いた女形の一代記 李相日監督が吐露した“極限と余白”
授賞式で李相日監督は、作品完成までの道のりについて尋ねられると、「もう、今、スッカラカン」と率直に語った。
その言葉には10年間にわたる創作の蓄積と消耗、そして一つの物語を締めくくった者だけが知る虚脱感がにじんでいた。
「国宝」は、女形の美と狂気、その裏側に潜む“芸で生きる覚悟”を追いかけた作品である。
監督は企画段階から、歌舞伎という400年の歴史に触れながら、単なる芸能の再現に終わらせず、身体の緊張や声の響きまで含めた“人間の芯にある美”をどう映すかを考え続けてきたという。
長期のリサーチ、稽古の立ち会い、歌舞伎関係者への聞き取り、脚本の再構築。その積み重ねが10年という年月になった。
「女形の一代記を撮りたいと思って10年…注ぎ続けたものが形になり、思わぬほど評価された」と続けた監督は、その瞬間を迎えたことへの安堵と、創作を終えた者が感じる“余白”を静かに噛みしめていた。
「全てのものが出てしまった。水を得るために休養したい」と漏らした一言は、達成の裏側にある“次の作品へ向けた静かな準備期間”の必要性を物語る。
また、興行面で170億円に到達し、歴代1位の173.5億円に肉薄したことに対し、李監督は「数字が騒がれたりしますけど、たくさんの心に届いたこと、皆が喜んでいます」と語った。
評価や記録よりも、作品が静かに届いたことの方が重要だという姿勢には、作り手としての誠実さと、文化を扱う作品ならではの視点が宿っていた。
「国宝」という題材は、過去の遺産をただ伝えるのではなく、今を生きる観客にどのように響くかを問うものでもある。
10年を費やして辿り着いた監督の言葉は、作品そのものが背負ったテーマと響き合い、伝統芸能と映画表現をつなぐ“橋”としての役割を鮮やかに浮かび上がらせていた。
TAMA映画賞が映す“世代の継承”と邦画界の現在地
TAMA映画賞はこれまで、「万引き家族」「花束みたいな恋をした」「ドライブ・マイ・カー」など、後に邦画界を牽引する作品をいち早く評価してきた。
「国宝」の3冠は、文化性の高い作品が幅広い観客に受容される現在の潮流を象徴している。
成熟した俳優・吉沢亮と、未来を担う黒川想矢。
伝統芸能を描く大作で2人がそろって評価されたことは、映画界における世代の継承を示す象徴的な出来事となった。