朝日小学生新聞 奥苑貴世

『シークレット・オブ・シークレッツ』の翻訳のために用意された部屋で、インタビューに応じる越前敏弥さん=9月、東京都内

ダン・ブラウンさん最新作を翻訳 越前敏弥さんに聞く

外国のお話などが、日本語に翻訳された本を読んだことがありますか? アメリカ(米国)の作家、ダン・ブラウンさんによる世界的ベストセラー『ダ・ヴィンチ・コード』『インフェルノ』などのシリーズ最新作『シークレット・オブ・シークレッツ』の日本語版(どれもKADOKAWA)が11月6日に発売されました。訳を手がけたのは、文芸翻訳家の越前敏弥さん。世界が注目する新作の翻訳は、インターネット環境などをほとんど使わない「秘密の部屋」で行われたそうです。(奥苑貴世)

きびしい管理下の原稿 スマホ禁止で2か月半

シリーズ6作目となる『シークレット・オブ・シークレッツ』は8年ぶりの新作で、世界中のファンが楽しみにしていました。米国では9月に出版されました。

越前さんは、シリーズ作品すべての日本語翻訳を手がけています。これまでは米国で出版後、その本を元に翻訳を始め、数か月後に日本で発売していました。

今作はできるだけ早く日本語でも読めるようにと、米国での出版前に原稿を受け取り、翻訳を始めることができました。ただし、きびしい原稿管理のもとです。

元原稿も紙に印刷 紙に印刷した元の原稿で翻訳を進めます(写真は一部)=9月、東京都内

ネットは1台だけ インターネットにつながったパソコンは調べ物用の1台だけ。資料は印刷して使います=9月、東京都内

越前さんはふだん、自身のオフィスで翻訳をしています。しかし今回は、特別に翻訳用の部屋が用意されました。元の原稿はデータではなく紙を使い、部屋の外には持ち出せません。部屋の中ではスマートフォンなどは使えず、日本語の原稿を書くためのパソコンも、インターネットにつながっていません。

仮眠用のベッドも 部屋に用意された簡易ベッド。「夜は家に帰って寝ていましたが、きびしいスケジュールの中、仮眠を取ることもありました」と越前さん=9月、東京都内

越前さんをふくむ6人の翻訳家が「密室」のような空間で約2か月半、日本語版で上下合わせて約800ページ分の翻訳に取り組みました。9月に翻訳を終え、その後まちがいがないかなどを調べる校正作業をして、発売となりました。

『ダ・ヴィンチ・コード』著者の新作

大学教授のロバート・ラングドンが活躍するミステリー小説。映画にもなった『天使と悪魔』『ダ・ヴィンチ・コード』など「ラングドン・シリーズ」の最新作。シリーズでは、歴史や宗教、科学技術などをあつかったテーマが特徴です。

『シークレット・オブ・シークレッツ(上)』(KADOKAWA)

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『シークレット・オブ・シークレッツ(下)』(KADOKAWA)

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外国の文化と出合える翻訳小説

これまで出版されたダン・ブラウン作品と越前さん=9月、東京都内

世界的ベストセラーシリーズの訳を手がける、文芸翻訳家の越前敏弥さん。翻訳家の仕事や、翻訳小説の魅力を聞きました。

翻訳で英語を読む時間はごく一部

Q(質問) 越前さんは、主にアメリカやイギリスなどで出版された、英語の本の翻訳を手がけています。小説などを訳す、文芸翻訳はどんな仕事ですか?

A(答え) じつは、英語の文章を読む時間はごく一部なんです。英語を読む時間が全体の2割、調べている時間が3割、日本語の文章を考えている時間が5割くらいです。

例えば『シークレット・オブ・シークレッツ』はお話の舞台がチェコの首都・プラハです。チェコ語の地名や単語、地理などは、知らないものもあります。たくさん調べたり、専門家に聞いたりしました。

新作にはチェコ語の単語も出てくるので、物語の内容がわからないようにした手書きのメモを作り、専門家にたずねに行くこともありました=9月、東京都内

そして、日本語でどう読者に伝えていくかを考えます。文化がちがう外国のお話は、日本の読者にはわかりにくいこともあります。けれども、説明をつけすぎると読みにくいし、物語の「スピード感」が落ちてしまう。できるだけさりげなく、おぎなえるように考えています。文章を書くことが、英語を読むのと同じか、それ以上に重要なのです。

知らない世界のお話読んでみて

Q 翻訳小説は知らない地名や聞きなれない名前が出てくるなど、少し難しく感じてしまう人もいるかもしれません。

A 最初はハードルが高く感じるかもしれません。でも、知らない世界のことが書いてあるものは、本来おもしろいはず。新しいこともたくさん学べます。そしてお話そのものがおもしろいと、聞きなれない言葉があっても、自然と読めちゃうのではないかと思います。

Q 外国語の勉強をしている子どもたちもいます。アドバイスはありますか?

A 言語には読む・書く・聞く・話すがあります。ぼくは英語を読む・書くに比べると、残りの二つはそんなに得意ではありません。一方で、英語で話すのは得意だけれど、読むのは苦手という人もいます。全部が同じくらい完璧にできなくてもいいんじゃないかなと思います。

もう一つ知ってほしいのは、最近は人工知能(AI)の翻訳など、機械を使って、ある程度のコミュニケーションはとれるようになっていますよね。ちょっとしたやりとりは、機械に任せてもいいのかもしれません。

でも、外国の人と出会って、友だちになって、本当に親しくなることを考えたとき、相手の文化を知っていることは大切だと思います。例えば同じ映画や音楽、本などを知っていると、それがきっかけで何倍も仲良くなれるでしょう。

本当は元の言語で楽しめるといいのですが、多くの人にとっては難しい。だから、わかりやすく日本語に訳したものに、ぜひふれてほしいです。翻訳はそのための仕事だと思っています。

小学生におすすめ! 越前さんが翻訳した本

『ロンドン・アイの謎』(創元推理文庫)

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『新訳 思い出のマーニー』(角川つばさ文庫)

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越前敏弥(えちぜん・としや)

1961年、石川県生まれ。東京大学文学部を卒業。1998年から文芸翻訳家として活躍し、訳書に『ダ・ヴィンチ・コード』などラングドン・シリーズ、『Xの悲劇』など多数。著書に『翻訳百景』(どれもKADOKAWA)などがある。

(朝日小学生新聞2025年11月6日付)

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