映画・ドラマ・アニメなどの映像コンテンツ制作から技術提供、配信・流通向けサービスまで幅広く展開するIMAGICA GROUP。創業90周年を迎えた2025年を、100年の節目に向けた新たな挑戦の出発点とし、IP創出を含めた事業構造変革を進める。聞き手=武井保之 Photo=逢坂 聡(雑誌『経済界』2025年12月号より)
長瀬俊二郎 IMAGICA GROUP社長のプロフィール

IMAGICA GROUP 社長 長瀬俊二郎
ながせ・しゅんじろう 上智大学経済学部卒業後、ITコンサルティング会社勤務等を経て、2012年にイマジカ・ロボットホールディングス(現:IMAGICA GROUP)に⼊社。15年にMIT Sloan School(マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院)への留学を経て、17年から⽶国拠点グループ会社の経営に参画。22年4月にロボット社長に就任。24年4月よりIMAGICA GROUP社長に就任(現職)。
社長就任から1年で手がけた株式非公開化と成長戦略
―― グループ会社のロボット社長時の前回の取材は、制作を手がけた『ゴジラ-1・0』の公開前でしたが、社会的な大ヒットを宣言されており、実際に「第96回アカデミー賞」視覚効果賞受賞など、その通りの結果になりました。
長瀬 映像表現などのクリエーティブを含めた作品のクオリティには絶対的な自信がありましたが、予想以上の結果です。アカデミー賞視覚効果賞受賞という歴史的な快挙には驚きました。日本の映像技術が本場のハリウッドや世界に認められたことをうれしく思います。
―― 2024年4月にIMAGICA GROUPの社長に就任し、1年がたちます。
長瀬 この1年は主に、創業90周年からスタートする新たな成長戦略の策定に取り組んでいました。その戦略のもと、新体制をスタートさせることが社長就任後のまずやるべき仕事であり、それを粛々と進める一方、裏側では、MBOによる株式の非公開化を検討し、この6月に成立を発表しています。
非公開化は、映像を主軸にしたビジネスに転換点が訪れていることや、組織の構造改革が必要なことから、迅速な意思決定が行える体制にすることが主な目的です。その中でも大きな変化は、短期的な収益に左右されすぎることなく、中長期的な視点で本質的な価値を追求できるようになることです。新しいことにどんどん挑戦しなくてはいけないビジネス環境のなか、自分たちの判断でスピード感を持って動くことができるようになりました。
―― 今年5月には、国際映画祭受賞を視野に入れた映画企画を募集する「オリジナル映画製作プロジェクト」を、長瀬社長の主導で発足させました。新しい挑戦のひとつでしょうか。
長瀬 ロボットの社長時代に企画の原型が動き出していました。それが今年始動し、グループの社長としてプロジェクトを進めていきます。
グループ内からオリジナル企画を募集し、欧州三大映画祭(カンヌ、ベルリン、ベネチア)への出品および受賞を目指して、毎年1本作品を選定、製作します。まずこれを5年間継続することで、才能あるクリエーターの発掘、育成を図るとともに、IMAGICA GROUPの創造力と表現力を世界に向けて発信していきます。当社は製作費として、上限7千万円の出資し、このプロジェクトを主体的に進めていきます。昨年から今年にかけて第1弾の企画を募集し、5月にカンヌにて『マリア』を発表しました。現在は、第2弾の募集を開始しています。

『第78回カンヌ国際映画祭』内ジャパンパビリオンでの「オリジナル映画製作プロジェクト」記者発表会の様子
©Kazuko Wakayama
映画業界への恩返しと未来への投資
―― 原作権利保有から映像制作、2次・3次利用まで、すべてを自社で完結させるビジネスモデルの構築に向けて、総合映像グループのIMAGICA GROUPがオリジナルIP創出へ本格的に動き出したように見えます。
長瀬 グループ全体として、IPを開発し、それを保有、活用、提供していく方針はあります。とくにアニメ分野に力を入れていきたい。しかし、今回のプロジェクトは、その方針とは別で、いわゆる儲かるIPの創出を目的にしているわけではありません。
本プロジェクトの狙いのひとつは、グループの3つの制作会社(ロボット、ピクス、オー・エル・エム)のプロデューサーと、監督や映像作家、脚本家などクリエーターとのネットワークの幅を広げ、海外でも活躍できるプロデューサーを育成していくことです。例えば、長編映画の製作に興味を持つ広告業界のプロデューサーが、映画制作の企画を持つクリエーターと新たに手を組み応募している例もあります。モチベーションもクリエーティブのレベルも高く勢いのある方々との新たな仕事のきっかけになることは、グループ全体にとって大きなメリットがあります。本プロジェクトは、そういったネットワーク構築や若手クリエーターの育成のための未来への投資として位置づけています。
―― カンヌ国際映画祭での会見では、映画業界への恩返しにも言及していました。
長瀬 映像産業に90年関わり、さまざまな機会をいただいてきたわれわれが、次世代の映像産業のために何ができるかを検討してきました。そして、新たな才能や作品を発掘し、そのクリエーターたちがグローバルな舞台で活躍できる環境をつくることに貢献していくという結論に至り、このプロジェクトを発足させました。
―― 国内市場に目を向けると、大手映画会社による人気シリーズなどの大作映画が毎年大ヒットする一方、インディペンデントのオリジナル企画にはなかなか製作費が集まりにくく、とくに若手クリエーターは企画の成立に苦労している現実があります。そのような中、オリジナル企画への支援には、原作があるものばかりに資金やリソースが集まる映画業界へのアンチテーゼもあるように感じました。
長瀬 そういう気持ちがないこともありませんが(笑)、主眼はそこではありません。ただ、本プロジェクトに対していろいろなリアクションをいただくなかには、「自分で企画した作品をつくる機会があることが本当に心強い」というクリエーターの声や、業界関係者の方から「こうした企画があることで映画業界の活性化にもつながるのでありがたい」といった声も寄せられています。これはとてもうれしいことです。
第1弾には88企画の応募がありました。グループ会社の現場のプロデューサーたちのもとには、その後もさまざまな話が寄せられています。本プロジェクトが業界活性化の一翼を担っていくことができれば幸いです。
アニメIPの成功事例もマネタイズが課題
―― 創業90周年を迎えたこの1年は、どのような位置づけになりますか。
長瀬 われわれは創業から60年ほどはフィルムのビジネスを主力として手がけてきました。そのなかで、90年代の後半からはメディアの変遷とともに苦境を迎え、生き残りをかけて、時代のニーズにあわせた事業および会社の変容を断行してきています。昨年4月に社長に就任して以来、社員に伝えているのは、好調な事業を継続するだけではなく、何もないところからトライしなくてはいけないということです。
すでにグループ全体が、既存の事業領域にとらわれず、新しいビジネスを開発しなければいけないタイミングに来ています。うまくいかないことがあっても、多様な事業で支え合い、リスクを分散できる体制を整えているからこそ、できるだけ多くのトライをしていきたい。今年はグループがここから10年、20年、100年と継続していくための種まきの1年です。
―― これから新たに注力していく事業を教えてください。
長瀬 いくつかありますが、ひとつはアニメを中心にしたIP開発です。それを利活用した事業を積極的に展開していきます。とくにそこからの幅広いマネタイズのスキルを磨いていかないといけないと考えています。グループ会社のイマジカインフォスが原作小説を出版している『薬屋のひとりごと』がいまヒットしていますが、人気作品からの展開力をさらに強化して、より大きな収益につなげていくことがグループ全体で取り組むべき課題です。
―― IMAGICA GROUPが手がけるIPビジネスの特徴や強みはどう考えますか。
長瀬 制作機能を持っていることが大きな強みになっています。例えば、アニメ産業全体で制作ラインの空きがない状況が問題としてありますが、グループ内で緊密に連携し複数のリソースを活用することで、通常より短期間で作品を完成させたケースなどがあります。
事業構造変革で重要になる非労働集約型事業への転換
―― ここから先の10年で取り組むべき課題を教えてください。
長瀬 IPはヒットの成否が読みづらいビジネスでもあります。一方、編集(映像・音声)や配信・流通向けサービスなどの映像制作技術サービス事業は、すでに高いマーケットシェアを有しており、大きな成長余地は限られるものの、安定的に収益を生み出す基盤となっています。映像コンテンツ事業の制作受託も安定していますが、市場変動の影響を受けやすい性質があります。これらの領域で安定的に事業を継続する一方、IP開発のほかに、柱となる事業をもう1本育てないといけないところです。
―― 新しい種はもう育っていますか。
長瀬 具体的な成長戦略の内容は社外には開示していませんが、私たちは今、次の10年を見据えた新たな挑戦に着手し始めています。その取り組みのひとつとして、エンターテインメント以外の産業系事業の強化を進めています。例えば、自社で開発・製造するハイスピードカメラは、学術研究や産業装置の検査など市場が限定されていました。今後は、この開発技術と製品をより広範な産業分野へと展開していくことで、新たな市場の開拓と事業領域の拡張につなげていきたいと考えています。従来のグループ内の事業とは異なる分野のスキルや知見が必要になりますので、その人材確保と若手育成が課題になります。その場合は、事業買収も含めて検討していきます。
もうひとつ重要なのは、労働集約型ビジネスからの転換です。映像制作に携わるグループとして、これまで人的リソースに支えられたビジネスが中心でしたが、これからは知的労働やIPを軸にした非労働集約型の事業領域を、より一層強化していく必要があると考えています。
今後は、そうした新たな領域がグループ全体事業の中でもより大きな比重を占めていけるよう、IPビジネスを中心とした取り組みを拡大していきます。

IMAGICA GROUPのフォトロンが自社開発・製造する「FASTCAM Orion S40」。最新センサー技術でノイズを抑え、100万画素・毎秒3万7500コマの撮影を可能にしたハイスピードカメラ