【33分探偵・堂本剛】【勇者ヨシヒコ・山田孝之】ニュースステーションで流れた5分のVTRが人生のターニングポイント!?|銀座7丁目劇場での出会いが人生を変えた!?|【福田雄一 × 馬場康夫】〈後編〉

もう皆さん、あの、鳥がバタバタ落ちてんのご覧いただけるでしょうか?副大さに お願いします。ありはございます。ありございます。念願叶いました。ようやく でも結構昔からそじけてんですね。 そうなんですよ。僕はでも僕はあのバさんが僕を認識する前から多分僕はバさんのことを存じあげて。 えっと、僕大学の 4年生、 大学の話 はい。大学の4年生の時に うん。 あの、僕就職するつもりなかったんです。もう舞台のあの劇団やってたんで、 ちょっといきなり消えちゃいますけど、 その前がゴルファーなろうと思って そうです。プロゴルファーなろうと思ったんです。 僕小学5年生からやってんですけど はい。 もう中学生とかの時にお父さんに連れてもらうんですけど、もう隠白い目で見られましたもんね。 本当 子供がゴルフやってんじゃねえよっていう顔をされましたよ。 そういう時代。 そういう時代です。 うん。ま、 で、本当に石川り涼君が出たところでもうあっという間にあ、ジュニアに広がったんですよね。 ああ、なるほど。 で、それからもう学校とかにゴルフとかでき始めたんですけど、僕らの時はもうそんなジュニアでゴルフやってるとかってもほぼほぼいなかったんで。 そうか。まあでも高校にはないでしょうね。ゴルフ部って ないです。ないです。でも特に僕都知だったんで全然なくてうん。 なんであ、ただゴルフ場ありそう。 はい。なんでゴルフ上にはあの通ってた時期があるんですけど、 あのわゆるゴルフ部とかはないんで自分でやるしかなかったんです。 で、大学はちゃんとゴルフ部に入りたいっていうことを先生に言ってで、正常受けて受かったんで正常あのゴルフ部に入ろうと思ったんですね。 そしたらゴルフ部の部費が毎月 12万なんすよ。それで それはすごい話だな。 で、当時僕が住んでたアパートが 5 万円なんで。で、あの合宿、夏に画宿がありますって、画宿に入る時に、えっと、大体 50万ぐらいかかりますって言われて、 で、もう、えっと、 4 年間でトータルするとちょっと何千万っていうになっちゃうんだけどみたいなこと言われた時に無理ですって言ったんですよ。 うん。ちょっと僕はちょっとこれ大学の 学費を払ってもらった時にも本当にもう 本当に親に住まないと思ってるんでこれ 以上親にこんなにお金払えって言えないで すって言ったら正常の学生さんが金なら なんとかなるでしょう。 いやいやいや、あんたたちなんとかなるかもしんないけどうち違うから。で、もうあの、えっと、もう親父にあのゴルフできなさそうだと東京で。 うん。 で、ちょっと 1 回実家に戻っていいですすかって言ったんです。 うん。 で、実家でゴルフやらせてもらもらえませんかって言ったら親父が、えっと、じゃあ 1年間だけやるって言って、で、その 1 年間で目が出なそうだなと思ったら諦めろって言われたんですよ。 え、ていうことは1年間学したの? いや、あの、旧学せずに実家に戻ったんで、 1年生の時に6単位しか取れなかった。 まあ、でも6タ取るだけ立派ですね。 で、もう秋口ぐらいに、あの、もうダメだって言って親父に諦めろって言われて、で、お前東京戻れって言われたんですよ。で、アパートもそのままにして実 でもゴルフやめたら正常に入った意味がなくないですか? あの、そうなんです。それであの、もう戻ってきて、もうなんですかね、もう本当に小学 5 年生からやってきたことがこう挫折するってなかなかのもんなんですよ。 そうか。 で、もうかなりの感じでなんかつみたいになっちゃって、 もう 部屋であの昼間から雨閉めて 5前の部屋で はい。朝から晩まで うん。 あのテレビしか見てないっていう日毎日も大学にも行かずそれで本当にあの当時まだあのまだ今報道ステーションがまだニュースステーションだったじゃないですか。いや、久さんが司会だった。 はい。はい。 で、あの頃って金曜日ってニュースじゃなくてバラエティ番組だったじゃないですか。 出レ そうだっけ? そうなんですよ。金曜日だけニュースじゃなくて、あの、割とバラエティ的なことをやってたんですよ、で。 で、その時に はい。 あの、本当にたまたまなんですけど、あの、今衝撃場会がブームですっていう特集やってたんですよ。 はい。はい。けど で、そん時に衝撃場の、え、同員のベスト 5紹介しますっていうVT だったんですよ。 うん。 で、そん時に、ま、出てきたのは僕の記憶ではその、えっと、夢の郵民者と第 3部隊と、 えっと、SE と青い鳥とどっかだったと思うんですよね。 で、その VTR見た瞬間に うん。 僕小学生の頃に男の友達 5、6 人集めて自分でコとかいてお楽しみ会であのまかいっつも鳥をやらされてて クラスでことうん。 はい。で、もうだいぶヒーロー扱いで、 あの、もう他のクラスの終わったやつらが廊下で見てるぐらいの人気目だったんですよ。 お、すごいな。 で、それをもう自分でコ自分で書いて自分あの演出してやってたんです。 うん。 で、そのVTR を見た瞬間にうわ、俺こんなの大好きだったな、昔と思ったんですよ。 おもう血が騒いがたというか はい。あの、もうだからもうゴル始めてから完全にこう記憶から消してたんだと思うんです。自分のそのそういうことが好きだっていうのは。うん。 でもそのV キアを見た瞬間にもうわ、俺こんな好きだったなって思い出して うん。 で、本当に忘れらんないんですけども、小前のアパート全然出ないのにもう玄関速攻出て近くのコンビニで当時ピア雑誌じゃ、雑誌じゃないですか。 雑誌めくってで演劇めくって でもうさっきニュースステーションで見た あのトップフ5 しか知らないんですよ。劇団わーって一たらめくってたら本田劇場で第 3部隊やったんですよ。 はい。さんのとこですね。 はい。 で、本田劇場なんですけど、僕正常の学生の癖で下北沢に 1 回も降りたことがない引きこもり人間だったんですよ。で、うわ、下北沢かと思っ 行けるかなみたいな。 いわゆる正常のチ奴らが行ってる街だなと頑張っていくしかないと思って本当次の日もう電話してどうやら本田劇場の階段にぶ当日けが取れるらしいって 知ってその日に当日で並んで第 3 部隊のモダンホラーっていう部台を見たんですよ。 はい。 それがもうショック。もうもうなすら覚えてないですよね。 ショックすぎて。 うん。 で、もうもう相当来たんだと思うんですよ。 もう次の日にもう木の国書店に行って はい。 高神司さんのもう戯局とかエッセとかも全て買い込んで ああ、あの頃だって色々なとこに例載もされてたからいっぱいあったんですよね。 いっぱいありました。 で、次の日から読みさるんですよ。 はい。 それでうわ、もう、もう僕はもう衝撃場の演劇をやろうと思って、 で、正常大学の演技部に入ったのがきっかけです。 なるほど。 はい。 でもゴルフをやっていた、ま、中学高校自体は全くそのお笑いがかけたということは封印してい、あの、お笑い番組はもうとにかく好きでしたけど、もう絶対見てましたけど、あの、ずっとやっぱりドリフも見てたし、やっぱりトンネルの影響も強いですし、 あの、ダウンタンさんの影響とかもすいんですけど、テレビは見てたんですけど、やっぱり自分でやろうっていうことは全くなかったんですよね。 そういうもんなんだ。 忘れちゃったんと思うんですよ。あの、小学校の頃のあの栄光を。 うん。 いや、結構気持ちよかったですよ。本当にもう僕らの番になるともう本当他のクラスのやつらがもう窓の外からこうやって見てるっていう状況だったんで、ま、ただゴルフで挫折して本当にあのニュースステーションのたった 5分のVTR 見てなければ多分この人生日開けてないと思うんで で見てえ小神さんにまずはまって演劇部に入って で劇団を立ち上げるとかされたんですか? はい。 えっと、それが、えっと、大学要は上級生がいるんで、 あの、まず、ま、脚婚と演出やりたいってなったんですけど、まず役者やれって言われたんで、 うん。 もうこうなったら、あの、どうしても小さんに近づきたいから、 もうわ田の劇権に行こうと思って、 あの、正常大演劇部にちょっと修行に行ってきますって言って、 えっと、わ稲田の劇権に入ってたことがあるんで、 そこはあの、小神さんが早稲田時代にいらっしゃったとこなんですか? そうです。あの、わ稲田の演劇研究会ってあの、あの大行動の裏にテト立てて やってたとこですね。本当小神さんがいらっしゃってうん。 そこはなんか多流試合というか他の大学を受け付けてくれるとこだったの。 そうなんです。あの劇はどんな大学でも入れるんですよ。 ああ。 はい。 ラッキーなのがその僕で僕その当時衝撃場で一番好きな役者さんが古田荒田さんと池田なシさんだったんですよね。 あ、はいはい。 で、この2 人が僕にとってはもうもうスターだったんで で劇権に入った時にちょうどなしさんが演出してる舞台を劇権のアトリエで稽古したんです。 はい。 で、激の 稽古の当たりにしたってことね。 そうです。それでもうあのあ、全然見てもいいよって言われるんですよ、稽古。 うん。うん。 で、前もうな瀬さんがいるから目の前に うん。 もう見たくて もう毎日作業終わったらもう成さんの稽古見に行く。で、もう見学生の僕 1人しかいないんですけど。 うん。うん。 多分相当なさん気持ち悪かったと思うんですけど。なんだこいつと思うけど。 その後仕事されてます。池田なさ しました。 覚えてらっしゃらなかったですか? えっと、覚えてらっしゃらなかったです。 その時の ただ見てただけじゃ ただあの僕長男になるシって名前つけたんで すげえ 好きすぎて え字も同じ? え、字が違います。違う。 はい。字が違うんですけど、なルシって名前つけて意外に珍しい名前ですからね、なるシって。 はい。はい。で、33 分探偵の時に初めて作品に出ていただいて ど本通し君のね。 はい。はい。もうド緊張しましたけど。 うん。 で、その後にあのスパマロってミュージカルに出ていただいたんですよ。 いや、もう結構もうお仕事はさせていただいたんですけど はい。 うん。 ま、でも古田さんがまだまだ吉彦に [音楽] 1回出てもらったぐらいか。 あ、ま、まだお仕事1回ぐらいって感じ。 そうですね。で、大学出てからいきなりもうテレビ会ですか? あ、それであのプロゴルファーなかった僕新務記者泣いて親父に言てたんですよ。 お したら親父がもう新聞記者絶対やめろって言ってたんですね。 ああ、 もうこんな辛い仕事は絶対やるべきではないっていう話。 いつかネットに食われるからなんてそういうことだね。 ま、そうですね。でもその頃言ってたかな?親父が。 そう言ってたらすごいですけど、 もう新聞の時代は終わるからみたいなことは言ってましたね。 あ、そうなんだ。 はい。 それでもうあの新聞記者やめなさいって言ったんですけど、あの大学 4 年卒業する手前になって俺ちょっと演出かになるわって言ったら 新聞記者でもいいんじゃない? 僕が親でもそういうそう演出家ならね。 はい。はい。で、それで朝日新聞と日経新聞と また、 えっと、共同信者、 ま、もうスリートップ受けてますね。なんか 受けたんです。 うん。 で、えっと、面接で君は何がやりたいんだって聞るんですけど、僕は基本的にお笑いをやりたいですって言ってて、で、共同者にいたっては バ鹿なんじゃない。 共同信者のあの面接であの君はあのうちの会社に何がいたいんですかっていうにちなみに共同者っていう会社は何をする会社ですか?そしたらもう爆笑してて面接感が [笑い] [音楽] それは爆笑してますね。 はい。 爆笑した後に君はテレビに行った方がいいなって言われて [笑い] もうねだって死亡同機で命かけるのでみんな 何やってる そう君はテレビた方がいいながって うん えっとじゃあやる入るとしたらもう制作会社に入るしかないっていう時期だったもう時期的に はい でもう好きな番組を作ってる うん 会社だけ受けようと思って えっとやっぱり猫が好きを 作ってたイースト。 うん。 えっと、IQ エンジンを作ってた共同テレビ。 うん。 えっと、さのク色作ってた。 ほら、 日本テレ枠 お の3者。 お だけ受け さの靴をご覧いたしたってことですね。 彼のさの屈辱なんてどんだけ見たか。お、 ありがとう。あの、それで、 えっと、ちなみに言うと共同テレビとイーストは書類で落ちたんですよ。 書類で落ちてで、日本テレワークだけセミナーに来なさいって言われたんですよ。 うん。 で、すいませんって言ったら、えっと、たった 1 人デスクで仕事したのが田中け一二一二さんなんです。 [笑い] あれと思って 料理の鉄人とかね、後にも 田中け一さんじゃないかなと思って。 で、よく言われたのが、あの、ふちゃんは学生だけど、あの、ちゃんと考える作業しなきゃだめだよって言われて、あの、企画書いたら僕持ててあげるからみたいなこと言ってくれるんですよ。 うん。 で、もうわ、これが可さの職の中け一なのかって思って。 で、もうそっからもう本当に僕懐ついて、 もうそうなんだ。 もう田中さんと僕の関係ってもう田中さんがなんか気候したら僕は突っ込むみたいな完全な形になっちゃってでもう僕その学生バイトはしてますけど照るわけに入社するかどうかちょっとわかんなかったんですけど そうなんだ。まだで入社したんですか? はい。社長に入ってくんないかっていう入社の面接の時に入ってくんないかっていう。 それ田中さんのおかげじゃないですか? そうですね。 うん。 もう田中一はあの日本の宝だから話したくないんだと。 うん。 ただ田中一を扱える人間はいないと。 うん。 で、お前しか田中け一の心を開けるやがないからとりあえず入ってくんねえかって言われて、ちょっと考えさせてくださいって言って中さんに相談したんですよ。 うん。 で、田中さんちょっとあの入ってくんないかって言われましたって言って その扱えるのはお前だけっていうことは隠し はい。うん。 で、えっと、ただ僕は、えっと、放送作家になりたいんです。 うん。 で、なんでかって言うと、やっぱり放送作家は割とこうフレキシブルだって思ってたので、 ま、あと後にそうじゃないってことはるんですけど、だいぶ割とフレクシブに仕事できると思ったんで、劇団を続けられると思ったんですよ。 なんで放送作になりたいんです。そして劇団を続けたいんですって言ったら田中さんが、えっと、当時田中さんについての小山君藤さんじゃないですか。 あ、はい。 で、あのふちゃんの気持ちわかるだけも、えっと、とりあえず放送作家って結構難しいからなるの。 うん。 あの、ここにいれば、あの、毎週くんちゃんの書いた現稿とか読めるから勉強になるよ。 うん。お、 で、テレ枠なんて入ってやだったらすぐやめちゃいて言ったの。 で、もうあの、だからあの、くんちゃんから学べることは学びなって言われて、 お、いい先輩ですね。 はい。 なんで僕はその藤さんが書いてくるそのブックメーカーのナレーションあるじゃないですか。 VTRの はい。 もう藤さんが書くナレーションってもう髪がかって面白いんですよ。 うん。 だから僕は放送作家始めてからナレーション嫌だつって断る作家さんいっぱいいるんですけど 僕やっぱ郡藤さんのことが頭にあるんで ナレーションは割と進んで書いてましたね。 もう立ちの頃が本当に そんなに僕との仕事場と近いとってる。 そう、そうなんです。だから僕ずっとバさんっていうお名前だけはずっと聞いててうわ、あのスピーツ 2 名前書いてた人バさんっていうのかてそりゃ驚きだ。もうずもう本当にホイの方がずっと読んでましたからね。 それでテレバクって何年ぐらいしちゃったんですか? テレバクをえっとブックメーカーが終わって次にあの田中さんがブラストマンっていう番組やるんですよ。 あ、はいはい。で、 なんでなんでこんな肉体系の方に行ったんだろうと僕もある時ましたよね。それも僕打ち合わせ出てましてずっと。 あ、そうですか。ブラストマンも で、ブラストマンをやったんすけど、あの途中でちょっとコンセプト買えようって言って、あのふちゃんちょっとスタジオにフルタイヤを全面的に巻きたいんだと。で、えっと、ただこのフルタイヤにかけるお金はない。 うん。 ただで集めてこい。 はい。なんとかしてくれです。 で、あの、僕自分でいいのもあるんですけど、結構優秀な ADだったんですよ。 で、頑張ってリサーチして はい。 所沢にフルタイヤの収席場みたいのがあって、で、えっと、ただでいいですよ。ただ運搬はしませんので勝手に取りに来て勝手に返しに来てくださいっていうのが条件だったんです。 うん。うん。 で、そんな仕事なんで他の先輩の ADさん全然ってくんないんですよ。 だから僕毎週収録の前の日にニトラックで所沢まで行って、こんなでっかいタイヤニト tントントラックにいっぱいになるまで積み込んで 2tって普通面で運転できんの? できます。できます。2ドまでできます。 2 ドまでか。 はい。 で、あの撮影の日が渋スタまもないですけど、渋に行ってで、みんなで下ろしてもらって、 で、あの、終わったらみんなで積み込んでで、次の日僕所沢まで行って 1 人で下ろすっていうのを毎週やたんですね。 そしたらもう本当に今日でえっと番組が終わるんで今日で収録最後ですっていう日に朝渋さであのタイヤ下ろしてたらもう腰が全く動かなかったんですよ。 はい。 それ労働のため はい。多分 うん。 で、あれ動かないってなって、もうこっから動かないんですよ。 で、多分もう何が運がいいのか悪いのかああいう番組だったんでトレーナーさんがいたんですよね。あ、 であ、田中さんすいませんって言って、あの、もう 体が動かなくなりました言ったら、あ、じゃあちょっとトレーナーさんに見てもらいなって言われてうん。 針打たれたんですよね。 針打たれてテイピングさせたんですよ。 じゃ、なんか治ったんです。 で、あ、治りましたって言って、で、もうその時僕風呂足切ってたんで、で、もう 1日風呂足切ってで、 一時的だろうな、それ。 そうなんですよ。 で、タイヤ積み込んで自分地にあのニトントラックで帰ってコイパー機止めて で次の朝起きたら下半身にもうし感覚がないんです。 ああ でもびっくりして うん。 なんか完成になったんじゃないかと思ってでうちのお母さんのなんですけどうん。うん。 電話してちょっと起きたら、あ、昨日これこれこんなことがあって、 えっと、針売ってもらったんだけど、今日起きたらもうね、ねっても痛くないみたいな話したら多分寝てる間にあのちょっと神経が圧迫ってしびれてるだけだからちょっとしたら治るよって言われて しばらくしたらものすぐ激数に襲われて うん。はい。 で、あの、もう動けないんです、もうとにかく うん。 で、もう電話して田中さんちょっと動けなくていいなですって言って うん。 で、もうそっからもうずっと動けないんですよ。 うん。うん。 で、あの、診断してもらったらもうかなり柔の追板ヘルニアだったんですよね。 [音楽] ああ。 でも、えっと、医者さん、お久に言われたのは多分ちっちゃい頃からゴルフやってたことが大きいって言われました。 ああ、なるほどね。うん。 はい。もうちっちゃい頃から個心負担かかってるからもそれで行っちゃった可能性高いって言われてでもう 椅子に吸われなくなっちゃったんですよ、その時。 はい。 あまりにもひどすぎて。 それでちょっと田中さんに言って、もうちょっとあの椅子に座れないので会社に行けませんって言ったらじゃあ半年ぐらい休みなって言われたんですけど でその間給料払ってくれるって言うんですよ。 うん。うん。 で、なんかすごく申し訳なくてもう ん。 寝ててもなんか気がきじゃないんですよ。 うん。 で、そん時にもうちょっとこういうのも、あの、ちょっと耐えられないので うん。 やめさせてくださいって言ってやめました。 うん。ああ。 え、それがじゃあそんなに立ってないですよね。あのブラストマンだったら はい。なんで半年しかいなかったです。入社して。 そうか。 でやめて それからもうえっともう仕事できない感じだったんでもう椅子に座れないんで。 うん。 だからもう2年ちょっとうん。 3 年ぐらい無職で。え、作家ぐらいはやってなかったんですか? やってないです。もう何にもできなかったです。 も全然もういわゆる作家の足りもないままやめちゃったんで うん。 もう何にも食がないまま ずっと過ごしてでそまでもその時にあの実家に帰らざるなくてご飯も食べれないんで 実家に帰ってそん時に親父がま、あの言ってくれるんですよ。もうおの慌てることないと なんか男は30 ぐらいになんないとやりてえこと見つかんないんだよって言うんですよ。 だから、あの、30までは、あの、お前の 家賃とか全部生活で全部俺が払ってるから 30なるまでになんとか自分がやてこ探せ みたいなことを言ってくれるんです。だ からもう、あ、そうなんですかつって、 もうじゃあ30になるまでに頑張ります みたいな感じで、もう本当にだから僕は 30歳で僕結婚するんですけど、それまで ずっと親父からもらってるからそりゃ敬語 になりますね。 もうずっと親父の金で家賃生活費をうまくなってましたね。 仕事復活したきっかけばなテレビでしやっぱり えっとあのずっと劇団を続けてたんですけどなんか作家の足掛かりないからないかなと思ってる時にあの吉本工業が銀座に劇場を作るんですよ。 はい。7丁場 でそこに あの作家演出家募集って書いてあったんで 吉本にあの面接続けに行って ああそう募集で行ったわけうん そうですって言ってで舞台経験ありますかって言うからめっちゃありますって言ったら合格して うんうん で銀座劇地入るんですけどでもう銀座団長劇場でえっといわゆるさもまももう全部いらさいましたもう作家もやったし演出家もやった その時、そのインザナの名劇場で吉本出てた人た、 えっと、オープニングの、え、キャラクターがあの天然素材でした。 ああ、 99 上がり消し隊藤原とかがで、えっと、天然素材もオープニングのキャラクターだけでもうすぐ卒業するんですよ。 はい。 で、えっと、その後に出てくるのがいわゆる僕がずっと座席作家をやっていた楽とかこり子とか ロンドロンドンブーツとか そこで彼らと仲良くなって作家業の足りができるっていう感じ。 なるほどね。もう はい。ただあの僕この7 丁目場を首になってでまたフリータに戻るんですよ。 で、もう半年ぐらい経った時にもうこんな業界だなと思って、 もうやめよう。もう一般の仕事に着こうかなって思った時に 本当に僕本当生きて もう今も昔も嬉しくて泣いたの初めてだったんですけど、あの突然がかかってくるんですよ。極ト部の加藤から。 うん。 で、加藤があのちょっと単独ライブをやることになったんでちょっと奥田さん手伝ってもらっていいですか?ていう電話かかってくるんですよ。 うん。うん。 俺はもう会社なんか関係ないんだ。もう奥田さんとやればそれでいいんだて加藤さんが言ってくれ。 なんという男になる。 でもそれで嬉しくて泣きましたね。で、えっと完全にその楽ト部の作家として作家演出家としてうん。 復色させてもらって、 それであのうん。 極楽トのそのライブ用の VTR みたいなのを編集してる場とか稽古場とかにまあ暇で遊びに来たのがこの田中君だったんですよ。 [音楽] うん。 で、もう ちょっと後輩ですか? ちょっと後輩です。 ああ、そうなんだ。 で、ここにこ田中君がもうしょっちゅ来るんすよ。で、もうそこで田中君ともめっちゃ仲良くなってで、田中君があのさんうちのライオにもついてくれへんかなっていう風になって、 [音楽] そっからも極楽と小心り子についてうん。 はあ。 やり始めるんですよ。 それはまあだけどお笑いの超叩き上げですね。それで それでもうあのみるみるち 2人2組とも売れていったんで でもう2 組が番組やるってなったらク田さん入ってくれへんかなって入るっていうのが僕の作家の入り口ではありますね。 なるほど。 はい。 [音楽] チャンネル登録、高評価、コメント よろしくお願いします。

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今回は・・・
脚本家・映画監督【福田雄一】さんとの対談〈後編〉をお送りします。

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福田監督最新映画「新解釈・幕末伝」12月19日(金)公開予定!
詳細はこちら ⇒ https://new-bakumatsu.jp/
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▽福田雄一さんとの対談〈前編〉はこちら

▽福田雄一さんとの対談〈中編〉はこちら

00:00: 「福田雄一」|2人の接点は35年前!?
00:52: 「福田雄一」|プロゴルファー志望だった!?
04:35: 「福田雄一」|ニュース番組のVTRが「ターニングポイント」!?
11:00: 「福田雄一」|作家になるまでの意外な道のり!?

▽紹介した作品はこちら   
・「33分探偵」(ドラマ)
・「勇者ヨシヒコと魔王の城」(ドラマ)

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出演:馬場康夫(株式会社ホイチョイ・プロダクションズ)
制作・著作:ソニーマーケティング株式会社
撮影・編集:中原嘉仁・菅野智

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